第63話

文字数 3,739文字

 と、そこまで、考えて気付いた…

 サウジアラビアの前国王が、なぜ、この矢田と、会いたいと、言ったか? だ…

 それを、考えた…

 考えてみれば、それは、この矢田を味方につけるためだった…

 この矢田は、アムンゼンと仲がいい…

 そのアムンゼンが、言うには、今、サウジアラビアでは、アムンゼンの父である、前国王と、兄である、現国王が争っていると、聞いた…

 そして、それを、仲裁できるのは、アムンゼンだけだと…

 アムンゼンは、外見こそ、小人症で、3歳の子供にしか、見えないが、頭脳は、明晰…

 ずば抜けている…

 それゆえ、アラブの至宝と、呼ばれている…

 アラブの至宝=宝と、呼ばれている…

 それは、サウジアラビア一国のみならず、アラブ世界全体を、見ても、宝と呼ばれるほど、優れた頭脳の持ち主だからだ…

 だから、兄である現国王と、父である、前国王の争いを止めることができるのは、アムンゼンだけだと、周囲から、見られている…

 それゆえ、アムンゼンに、自分の側についてもらうべく、現国王と前国王の側近が、この矢田に近付いてくる…

 そんな情報をアムンゼンが、知ったから、アムンゼンは、太郎と、大道芸人の旅を続けていた、この矢田の元に、やって来た…

 この矢田の身を守るべく、やって来たのだ…

 が、

 まさか、直接、前国王から、この矢田に会いたいという連絡が来るとは、思わんかった…

 思わんかったのだ…

 これは、意外というか…

 ありえんことだった…

 同時に、考えたことは、アムンゼンに相談することだった…

 あのアムンゼンに、相談して、どうするべきか?

 指示を仰ぐことだった…

 私は、太郎を抱きながら、そう、気付いた…

 そう、気付いたときだった…

 「…お姉さん…」

 と、葉尊が、声をかけた…

 私は、反射的に、

 「…なんだ?…」

 と、告げた…

 「…お姉さんは、バニラを頼るべきです…」

 と、葉尊が、言った…

 「…バニラを頼れだと?…」

 「…そうです…」

 「…どうして、バニラを頼れと、言うんだ?…」

 「…バニラは、信頼できます…バニラは、信頼するに、足る女です…」

 「…バニラが、信頼できるだと? どうして、そう言い切れる?…」

 「…ボクが、やって来るまで、バニラは、全力で、お姉さんを護衛していたでしょ? バニラは、信頼できる女です…」

 葉尊が、言った…

 が、

 私は、なんだか、気に入らんかったというか…

 なぜ、葉尊が、そんなことを、突然、言うのか?

 わからんかった…

 そもそも、この葉尊とバニラの関係は、微妙なはずだ…

 すでに、何度も説明したように、バニラは、葉尊の父、葉敬の愛人…

 葉敬とバニラの間には、マリアという3歳の娘がいる…

 そのバニラは、まだ21歳で、29歳になる、葉尊より、8歳も年下…

 だから、葉尊とバニラの関係は、微妙…

 葉尊にとって、自分より、8歳も年下の女が、自分の父親の愛人では、面白いはずがないからだ…

 それが、今、

 「…バニラを頼れ…」

 とは?

 一体、どういうことだ?

 もしや、さっきも、思ったように、この葉尊は、この矢田とバニラを、サウジアラビアの前国王の元へやり、私たちふたりを亡き者に、するつもりか?

 思ったのだ… 

 そして、そんなことを、考えながら、ジッと、葉尊を見た…

 太郎を抱きながら、目の前の葉尊を見た…

 すると、だ…

 目の前の葉尊が、いつのまにか、葉問に変わっていたことが、わかった…

 「…オマエは、葉問!…いつのまに?…」

 私が、驚いて、言うと、私の膝の上に乗った太郎が、嬉しそうに、

 「…キー…」

 と、鳴いた…

 私は、太郎が、嬉しそうに、鳴いたことで、あらためて、目の前の人物が、夫の葉尊ではなく、葉尊のカラダを持つ、葉尊のもう一人の人格である、葉問だと、確信した…

 太郎は、葉尊は、嫌うが、葉問は、好きだからだ…

 だから、二人が、入れ替わったことを、確信したのだ…

 そして、

 「…今、バニラを頼れと言ったのは、オマエか、葉問?…」

 と、聞いた…

 「…ハイ…」

 葉問が、頷いた…

 「…どうして、そう、言った?…」

 「…バニラは、信頼できるからです…」

 「…信頼できるだと? …あの女が、か?…」

 「…そうです…」

 「…どうして、そう思う?…」

 私が、聞くと、葉問が、

 「…バニラは、単純だからです…」

 と、笑った…

 「…単純だからだと?…」

 「…ハイ…バニラは、直情型…思い込めば、一直線…根が単純です…」

 なんだか、バニラを褒めてるのか、けなしているのか、わからんことを、言った(笑)…

 「…なにより、根は、善人です…」

 「…バニラが、善人だと?…あのバニラが、善人?…」

 これまた、一気に、この葉問の信用が、消し飛ぶことを、言った…

 あのバニラが、善人のはずがない(笑)…

 あれは、バカだ!…

 ただのバカだ!…

 バカだから演技もできんから、直情型で、行動する…

 一直戦で、行動する…

 それだけだ…

 私の葉問を見る目が、一気に冷めた…

 私の葉問に対する評価が、一気に下がった…

 それが、私の表情に出たのだろう…

 「…どうしました? …お姉さんは、ボクのバニラに対する評価が、気に入らない様子ですね…」

 と、葉問が、聞いた…

 「…当り前さ…バニラは、バカと言っては、言い過ぎかも、しれんが、顔だけの女さ…顔がいいだけの女さ…信頼できる女ではないさ…」

 「…お言葉ですが、お姉さん…そのバニラが、葉尊が、来るまで、お姉さんを真摯に守ったのを、お忘れですか?…」

 「…それは…」

 私は、言い淀んだ…

 たしかに、その通り…

 その通りだからだ…

 バニラは、私を真摯に守った…

 それで、バニラを、見直した…

 まさか、あれほど、真摯に、バニラが、私を、守ってくれるとは、思わんかったからだ…

 だから、驚いた…

 同時に、感激した…

 普段、いつも、この矢田に向かって、暴言を吐き、生意気な口を利く、バニラとは、別人が、そこにいたからだ…

 だから、驚いたし、バニラの評価が、変わった…

 バニラが、あれほど、真剣に私を守るのを見て、

 …だから、この女は、モデルとして、成功したんだ…

 と、思った…

 どんなことも、成功することは、並大抵の努力では、できない…

 まして、バニラは、世界的なモデルとして、成功した…

 だから、その努力は、半端ないに違いないからだ…

 私を守るときの集中力が、半端なかったからだ…

 うっかり話しかけることも、出来ん…

 それほどの集中力だった…

 成功するには、才能や運の問題も、あるのは、わかる…

 才能や、運が、なければ、いくら努力しても、成功は、できないからだ…

 それは、例えば、東大に、受かるか、否か?

 と、同じ…

 いくら、努力しても、頭が、良くなければ、東大には、受からない…

 それと、似ている…

 が、

 成功をしても、その成功を続けるのは、また、努力に、他ならない…

 いったん、成功しても、努力を続けなければ、すぐに、その座から、引きずり降ろされるというか…

 他の人間に、その座を奪われるだろう…

 それは、マラソンに例えれば、わかる…

 自分が、先頭グループの一人で、いても、油断すれば、すぐに、先頭グループから、脱落するだろう…

 東大に入っても、勉強を続けなければ、すぐに、周りの人間から、おいてきぼりをくらうだろう…

 当たり前のことだ…

 周りが、わかることが、自分だけ、わからないということになる…

 つまりは、どんなときも、努力は、必要だということだ…

 私は、考えた…

 そして、私が、そんなことを、考えていると、葉問が、

 「…お姉さんも、バニラのことが、少しは、わかったようですね…」

 と、笑った…

 が、

 私は、葉問の、その言い方が、気に入らんかった…

 たしかに、バニラのことは、わかる…

 バニラのことは、評価できる…

 が、

 葉問の笑いが、気に入らんかった…

 なんだか、バカにされている…

 なんだか、下に見られている…

 そんな感じがしたのだ…

 だから、

 「…葉問…その笑いは、なんだ?…」

 と、私は、怒鳴った…

 「…なんだ! …その笑いは!…」

 と、怒鳴った…

 私は、頭に来たのだ…

 が、

 それが、いかんかった…

 私の膝の上に乗った太郎が、

 「…キー…」

 と、哀し気に鳴いた…

 私は、慌てて、太郎を見た…

 すると、太郎が、哀し気な表情で、私を見ていた…

 まるで、私を責めるかのようだった…

 たった今、怒鳴った私を責めるかのように、思えた…

 太郎は、私の息子だった…

 その息子から、見れば、母親の私が、いきなり、怒鳴り出したのが、嫌だったに、違いない…

 これは、人間に例えれば、わかる…

 誰もが、母親といっしょにいて、突然、その母親が、誰かと、ケンカを始めれば、嫌だと、思わないものは、いないだろう…

 それと、同じだ…

 だから、太郎の気持ちに、気付くと、私は、太郎を抱き締めながら、

 「…すまんかったさ…太郎…」

 と、詫びた…

 「…怒鳴ったりして、すまんかったさ…オマエを哀しませて、すまんかったさ…」

 と、繰り返した…

 私にとって、太郎は、もはや、私の息子だった…

 35歳の矢田トモコにとって、初めて、出来た子供だった…

               
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