第86話

文字数 4,038文字

 結局、その後は、飲み会になった…

 アムンゼンの目論見は、成功したわけだ…

 無事、サウジアラビアの前国王の偽者を捕まえることが、できた…

 だから、安心したわけだ…

 だから、私も安心して、たっぷり酒を飲んだ…

 いやというほど、酒を飲んだ(笑)…

 昔から、

 「…吐くまで、飲むのは、矢田ちゃんだけ…」

 と、周囲の人間たちに言われていた…

 だから、その本領をいかんなく発揮したわけだ(笑)…

 私は、体力の続く限り、酒を飲んだ…

 この矢田の159㎝のカラダでは、ありえんほど、酒を飲んだのだ…

 当然、気分が、悪くなった…

 あまりにも、大量に、酒を飲みすぎて、急性アルコール中毒になる、一歩手前だった…

 倒れる寸前だった…

 そんな私を見て、

 「…ちょっと、お姉さん…大丈夫?…」

 と、リンダが、私を心配した…

 「…ぜ、ぜ、ん、だいじょう、ぶ…なんか、じゃない、さ…」

 私は、言った…

 酔っ払って、舌をもつれさせながら、言った…

 思いっきり、カラダを揺らしながら、言った…

 「…お姉さん…カラダが、ちっちゃいのに、私やリンダと、同じペースで、酒を飲むからよ…」

 と、今度は、バニラが、言った…

 「…な、なんだと? …ど、う、い、う意味だ?…」

 「…私やリンダは、白人だから、アルコールに強いけど…日本人の、お姉さんは、アルコールに強くないから…」

 「…な、ん、だ、と? …ど、う、い、う、意味だ?…」

 「…日本人と、白人は、生まれつき、カラダが違うの…外見もだけれども、私たち白人は、生まれつき、アルコールに強い…真逆に、日本人は、アルコールに強くない…」

 バニラが、指摘する…

 事実、その通りだったのだろう…

 眼前のバニラも、リンダも、私と、同じように、酒を浴びるように、飲んでいるが、ちっとも、酔っているようには、見えんかった…

 まるで、水やジュースを飲むような感じだった…

 たしかに、二人とも、少しばかり顔が、赤らんでいたが、それだけだった…

 それに比べ、この矢田は、もはや、立っているのも、しんどかった…

 フラフラとしているのは、自分でも、わかった…

 「…矢田ちゃんの、カラダが揺れている…」

 マリアが言った…

 「…矢田ちゃん、大丈夫?…」

 「…だい、じょう、ぶ…なんか、じゃない…さ…」

 私は、言った…

 「…も、う、ダ、メさ…」

 私が、言うと、アムンゼンが、

 「…矢田さん、別室で、休んで下さい…太郎の面倒は、ボクが、見ます…」

 と、言った…

 「…た、ろ、う、のめんどう…だと?…」

 「…そうです…」

 「…な、ん、で、そ、そんなことを?…」

 「…だって、お姉さん…いつも、そのお猿さんのひもを、握っているじゃない…」

 バニラが、言った…

 「…別室で、休むのに、そのお猿さんまで、連れて行く気?…」

 もっともな、言い分だった…

 なにより、この太郎は、元々は、アムンゼンが、飼っていた…

 だから、アムンゼンが、面倒を見るのが、当たり前だった…

 「…そ…そうか、わかった…さ…」

 私は、言った…

 「…太郎を頼むさ…」

 私は、言って、太郎の首に繋がった、ひもを、アムンゼンに渡した…

 「…そ、ん、な、こと、より、アムンゼン…オマエは酒を飲まんのか?…」

 「…ボクは、子供です…3歳の幼児のカラダしか、持っていません…だから、酒は、飲めません…なにより、サウジアラビアは、イスラム教徒…成人でも、酒は、飲みません…」

 「…な、ん、だ、と?…」

 「…もちろん、それが、原則ですが、建前でも、あります…隠れて、飲んでいるものも、多いです…」

 「…そ、う、か…」

 私は、言った…

 言いながら、実は、気分が、悪くなった…

 太郎をアムンゼンが、見てくれると、言ったので、ホッとも、したのだろう…

 私は、まるで、スイッチが、切れたように、その場に倒れた…

 いきなりだった…

 自分でも、そんな自分に驚いた…

 つまりは、そんな自分を冷静に見ている、もうひとりの自分が、いたわけだ…

 さすがは、矢田トモコ…

 自分で、自分を褒めた(笑)…

 が、

 そこで、一切の記憶が、途切れた…

 意識が、なくなった…

 私は、夢の中にいた…

 私は、夢の中に、いたが、具体的には、どんな夢を見ていたのか、わからんかった…

 ただ、なんとなく、気分が、良かった…

 おそらく、現実に、事件が、終わったことが、大きかったのかも、しれない…

 すべては、アムンゼンが、偽者の前国王を捕まえるために、仕組んだ、お芝居…

 それも、前国王の偽者を捕まえたことで、終わった…

 それで、私も、ホッとしたことが、大きかったのかも、しれない…

 だから、内容は、よくわからんが、幸せな夢を見た…

 そういうことかも、しれない…

 夢は、現実を反映するというか…

 現実に、不安があったり、不機嫌な目にあったりすると、それが、夢に現れることが、多い…

 つまりは、夢の中にまで、嫌な目に遭った現実が続くわけだ…

 真逆に、現実が、楽しいと、夢の中にまで、その楽しさが、反映される…

 要するに、楽しい夢を見るわけだ…

 だから、私は、浮かれていた…

 寝ていて、意識はないが、なんとなく、浮かれていた…

 が、

 どこからか、声が、聞こえてきた…

 「…ちょっと、どういうつもり?…」

 という声が、聞こえてきたのだ…

 私は、その声に、聞き覚えがあった…

 私は、その声の主を知っていた…

 その声の主は、リンダだった…

 ハリウッドのセックス・シンボル、リンダ・ヘイワースだった…

 「…なんだ?…」

 と、男の声…

 私は、その声にも、聞き覚えがあった…

 あのアムンゼンの甥のオスマンの声だった…

 「…あの男が、サウジアラビアの前国王の偽者だったなんて、聞いてなかったわ…」

 「…敵を騙すには、まず味方からというだろ?…」

 「…」

 「…最初から、あの男が、偽者だと、知っていれば、リンダ…アンタの行動にも、現れる…」

 「…それは、どういう意味?…」

 「…偽者だと、知っていれば、それが、態度に現れるだろ?…」

 「…」

 「…当たり前のことだ…」

 私は、その声を聞きながら、ある謎が、解けたと、思った…

 このリンダが、あのサウジアラビアの前国王の偽者と、いっしょに、このお屋敷にやって来たのは、オスマンが、関与したわけだ…

 つまりは、リンダの持つ、セレブのネットワークでは、なかったわけだ…

 そして、それを、考えると、以前、私が、アムンゼンと、いっしょに、太郎を交えて、大道芸人の旅をしているときに、いきなり、このリンダが、やって来たわけが、わかった…

 あのとき、

 「…どうして、ここが、わかった?…」

 と、私が、リンダに聞くと、

 「…蛇の道は蛇というやつよ…お姉さん…」

 と、答えて、リンダは、ごまかした…

 が、

 それは、ウソ…

 当然、私が、アムンゼンと、太郎と、ネットカフェに泊まっていることを、誰かに、聞いたに違いない…

 誰かに、教えてもらったに違いない…

 そして、それを、リンダに教えたのが、オスマンだったわけだ…

 考えてみれば、当たり前だった…

 このオスマンは、アムンゼンの甥にして、アムンゼンの最側近…

 いつも、行動を共にしている…

 それは、アムンゼンを護衛するのが、一番の任務だからだ…

 なぜなら、叔父のアムンゼンは、小人症で、30歳にも、かかわらず、外見は、3歳の子供にしか、見えないからだ…

 だから、誰にでも、簡単に誘拐されてしまう…

 それゆえ、常に、アムンゼンのそばにいる…

 が、

 あのときは、いなかった…

 私と太郎とアムンゼンが、ネットカフェに泊まって、大道芸人の旅をしているときは、いなかった…

 私は、それを、思い出した…

 私が、そんなことを、考えていると、

 「…ああ言えば、こう言うね…オスマン…」

 と、リンダが、笑った…

 続けて、

 「…ねえ…オスマン? …あの前国王…ホントに偽者だったの?…」

 と、仰天のセリフを言った…

 …なんだと?…

 …偽者じゃない、だと?…

 …だったら、アレは、本物?…

 …本物の前国王?…

 私は、驚いた…

 私は、ビックリした…

 「…バカな…どうして、そう思う?…」

 「…権力欲よ…以前、アムンゼンは、クーデターを起こして、オスマン…アナタを国王にして、自分が、陰から、アナタを操ろうとしたでしょ?…」

 「…」

 「…だからよ…」

 リンダが、告げる…

 すると、オスマンが、

 「…叔父さんは、バカではないよ…」

 「…どういう意味?…」

 「…機はまだ熟していないと、思っている…」

 「…」

 「…天の時、地の利、人の和が、揃ってないと、思っている…」

 「…」

 「…だから、いずれ、時が来れば…」

 「…それは、無理…」

 リンダが、断言した…

 「…どうして、無理なんだ?…」

 「…あのお姉さんよ…」

 「…あのお姉さん…矢田さん?…」

 「…そうよ…」

 「…彼女が、どうかしたのか?…」

 「…あのお姉さんが、いる限り、無理?…」

 「…どうして、無理なんだ?…」

 「…あのお姉さんの前で、悪いことは、できない…」

 「…悪いことは、できない…どうしてだ?…」

 「…あのお姉さんは、根っからの善人…」

 「…それが、叔父さんとなにか、関係あるのか?…」

 「…おおありよ…オスマン…アナタ…あのお姉さんの前で、悪人になれる?…」

 「…それは…」

 オスマンが、言葉に詰まった…

 「…でしょ?…」

 「…善人の前では、悪人になれない…」

 「…うまいことを、言うな…」

 「…誰しも、善の部分と悪の部分を持っている…私も、オスマン…アナタも、同じに持っている…」

 「…」

 「…でも、あのお姉さんの前では、決して、悪の部分は、見せれない…善の部分しか、見せれない…」

 「…」

 「…だから、アムンゼンも、あのお姉さんといっしょにいる限り、善人を演じるしか、ない…クーデターを起こせない…案外、それが、国王の狙いかも…」

 リンダが、仰天の事実を言った…

               
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