第58話

文字数 5,013文字

 葉尊か?

 私は、あらためて、考える…

 葉尊=私の夫だ…

 が、

 正直、わからん…

 正直、よく、わからん…

 同居する夫で、ありながら、実は、私にとって、一番、わからん人間だった…

 どんな人間か、わからん人間だった…

 他の連中…

 葉尊の父、葉敬…

 その葉敬の愛人、バニラ…

 バニラの友人であり、モデルの先輩でもある、リンダ…

 そして、葉尊のもう一つの人格である、葉問…

 彼ら、彼女らは、どんな人間か、わかる…

 実際に、接して、どんな人間か、わかる…

 が、

 もっとも、身近な人間であり、私の夫である、葉尊が、どんな人間か、掴めん…

 掴めんのだ…

 結婚して、半年…

 いっしょに、暮らし出して、3か月経つが、わからん…

 どんな人間か、わからん…

 いうなれば、謎というか…

 実態が、掴めん…

 葉尊が、どんな人間か、実体が、掴めん…

 ただ、おとなしいだけの男では、ないことは、わかる…

 いや、

 この世の中に、ただのおとなしいだけの人間は、存在しない…

 大抵は、身近な親しい人間には、別の顔を見せるものだ…

 身近な親しい友人や、家族には、別の顔を見せるものだ…

 結構、我が強かったり、ひとの悪口を言ったり、別の顔を見せるものだ…

 が、

 葉尊には、それがない…

 だから、不気味というか…

 イマイチ、信用ができんのだ…

 そういえば…

 そういえば、以前、矢口のお嬢様…

 私そっくりの外見を持つ、矢口トモコが、

 …葉尊に気をつけろ、矢田!…

 と、いうようなことを、遠回しに言ったことを、思い出した…

 あのとき、矢口のお嬢様は、私に、

 「…なにか、あったら、矢田…オマエは、葉問さんを頼れ、あるいは、リンダさん、バニラさんを頼れ…」

 と、真顔で、言った…

 真剣な口調で、私に言った…

 そして、矢口のお嬢様には、悪いが、私は、それを、見て、思わず、吹き出す寸前だった…

 なぜなら、矢口のお嬢様は、外見が、私そっくり…

 私そっくりだったからだ…

 この矢田には、威厳もなにも、ない…

 童顔で、巨乳で、幼児体型の六頭身…

 まるで、子供が、そのまま、大人になった感じ…

 ただ、大人だから、胸が大きいだけだ(笑)…

 そして、矢口のお嬢様は、そんな私と、まるで、鏡に映ったように、似ている…

 身長、顔、胸の大きさと、似ている…

 二人が、並べば、厳密には、少しは、違うが、誰が、見ても、双子か、兄弟姉妹に見える…

 それほど、私と矢口のお嬢様は、似ている…

 だから、そんなお嬢様が、真顔で、
 
 「…なにか、あったら、矢田…オマエは、葉問さんを頼れ、あるいは、リンダさん、バニラさんを頼れ…」

 と、私に言っても、吹き出す寸前というか…

 呆気に取られて、言葉も出んかった(笑)…

 まるで、自分が、言っているみたいだからだった…

 なにより、この矢田は、軽い…

 人間が、軽い…

 そして、同じように、矢口のお嬢様も、人間が、軽かった(笑)…

 矢口のお嬢様は、この矢田と違って、東大を出ていると、聞いたが、人間が、軽かった(笑)…

 なにより、とてもではないが、東大を出ているようには、見えんかった…

 が、

 世の中、そんなものかも、しれん…

 頭が、良く見える人間が、必ずしも、頭が、よくないように、頭が、よく見えない人間が、頭が、いいことも、ある…

 それが、わからないのは、大半が、自分が、頭が、いい人間と、一度も、接したことがないからだ…

 だから、わからない…

 極端な話、東大を出れば、すぐに、ひとを束ね、集団を、まとめたり、どんな仕事でも、簡単にできると考える…

 あるいは、東大を出れば、長身で、容姿端麗で、お金持ちで、異性に、モテモテと考える…

 偏差値が高い=容姿端麗と、考える…

 少し考えれば、そんなことは、ありえないのだが、それが、わからない…

 そして、よせばいいのに、それを口にする…

 だから、バカ丸出しなのだが、それが、わからない…

 誰も、注意しないからだ…

 私は、さまざまな職場を転々として、そんな人間を見たことがある…

 初めて、見たときは、ショックというか…

 開いた口が、塞がらんかった(笑)…

 それほどのショックだった…

 が、

 それは、職場が、サイテーだから…

 だから、そんな人間が、ウジャウジャいた…

 誰も、信じんかも、しれんが、ウジャウジャいた(爆笑)…

 だから、この世の中に、そんな人間が、いることが、わかる…

 そして、そんな人間の思考は、極めて、シンプルだった…

 極めて、シンプル=単純だった…

 要は、仕事ならば、与えられた仕事が、できるか、否か?

 それだけだった(笑)…

 そして、それが、その人間の他人を評価する判断基準のすべてだった…

 例えば、ウーバーイーツならば、一日に何件、配達できるか?

 それが、その人間の他人を評価する基準のすべてだった…

 例え、東大を出ていても、自分より、できなければ、自分より、劣っていると、心の底から、思う…

 その仕事が、その人間に合わなかったり、苦手だとは、考えもしない…

 学校を卒業し、社会に出れば、東大も、高卒も、関係ない、と、心の底から、思う人間だった…

 が、

 さすがに、そんな人間は、滅多にお目にかかれない…

 そして、そういう人間は、会社ならば、ずっと、上に上がれず、入社以来、立場が変わらないのだが、それが、わからない…

 ずっと、同じような仕事をさせられることになるのが、わからない…

 事実、風の噂で、その通りだったと、聞いた(笑)…

 なにより、そんな人間ほど、上昇志向が、強かった…

 これが、一番の驚きだった…

 東大を筆頭に、いい大学を出た人間が、上昇志向が、強いのは、わかる…

 が、

 真逆に、学歴が、ない人間が、上昇志向が、強いのは、驚きだった…

 そして、そんな人間を見ると、やはり、物事をシンプルに考えているのが、わかる…

 要するに、学歴では、負けたが、仕事では、自分より、頭のいい人間に、負けないと、考える…

 たしかに、ウーバーイーツに代表されるように、単純な仕事なら、自分より、頭のいい人間に勝てるかも、しれないが、上に昇るには、頭が、必要…

 企画書を書いたり、他人に指示を出したり、することが、必須だからだ…

 が、

 頭が悪ければ、企画書を書いたり、他人に、指示を出したりするのが、難しい…

 それが、わからない…

 それが、できないのが、わからない…

 私は、そんな人間と初めて、接して、驚いたと同時に、生まれて初めて、学歴について、考えた…

 正直、学生時代、どこの高校を出たとか、どこの大学に、入ったとか、他人の偏差値は、気になった…

 が、

 それだけ…

 偏差値が高い大学を出た人間に会うと、凄いと思ったが、正直、それだけだった…

 が、

 今、例に挙げた人間を見て、生まれて、初めて、学歴の重要さというか…

 他人の能力について、気付いた…

 あるいは、考えさせられた…

 これは、この矢田が、何度もいうように、短大を卒業後、就職もせず、バイトや派遣、契約社員など、さまざまな職場を転々としたからだろう…

 だから、そんな人間に出会えた…

 そして、この矢田と同じように、さまざまな職場を転々とした人間は、今の世の中、大勢いる…

 そして、すべからく、口にするのは、一言…

 「…この世の中、実に、色々なひとがいる…」

 と。

 この言葉が、すべて…

 すべてだった(笑)…

 そして、歳を取って、気付いたことは、それは、やはり、コンプレックスの裏返しでは、ないかと、いうことだった…

 学歴で、劣るから、仕事では、自分より、学歴が高い人間には、負けない…

 そう、豪語する…

 あるいは、

 言葉に出さすとも、態度に出す…

 それは、本人が、意識しようと、意識しまいと、学歴に対するコンプレックスに、他ならない…

 そして、問題なのは、仕事は、必ずしも、学歴に直結しないという事実だった…

 例え、高卒でも、与えられた仕事によっては、東大卒に、勝てる…
 
 先に挙げたウーバーイーツを例に取るまでも、なく、それが、当たり前だ…

 が、

 頭の悪い人間には、それが、わからない…

 なにより、そういう人間は、繰り返すが、物事をシンプルに考える…

 物事を単純に考える…

 要するに、末端の実務を担当して、それが、簡単にできれば、次のステップを踏めると、考える…

 わかりやすい例で、言えば、次は、5人をまとめる主任に昇格して、その次は、課長、そして、部長と、まるで、階段を昇るように、簡単に出世できると、考える…

 そして、もう一つ…

 もう一つ、気付いたことは、他人の頭のレベルが、まるで、わからないことだった…

 会社で、誰々と接していたり、あるいは、直接話したことがなくても、ある人間が、べつの誰かと、話していたりする…

 それは、例えば、仕事の話ではなく、趣味の話や、芸能の話など、なんでもいい…

 ハッキリ言えば、たわいもない雑談をしている…

 が、

 大半は、その話の中身で、なんとなく、その人間の頭の中身が、わかるものだ…

 例えば、高卒か、大卒か?

 大卒でも、早慶レベルか日大レベルか、など…

 なんとなく、わかるものだ…

 が、

 それが、できない…

 そして、それが、できなければ、誰かに、聞くなり、教えてもらうなど、すれば、いいのに、そんなことは、考えもしない…

 目の前の仕事が、できるから、オレは、凄い…

 目の前の仕事が、できるから、学歴は、負けても、仕事では、負けない…

 と、本気で、考える…

 また、そういう人間は、大抵が、性格が悪い…

 いつも、誰か、他人の悪口を言っていたり、性格が、良くないことが、誰にも、一目でわかる…

 それゆえ、周囲の者が、誰一人、教えてくれない…

 そういうものだ…

 そして、当時は、そこまで、思わなかったが、35歳になった今となっては、そういう人間が出来上がった背景を考える…

 そういう人間が、生まれた環境を考える…

 ハッキリ言えば、両親が、同じように、いつも他人の悪口ばかり、言っていたとか…

 あるいは、

 家が、貧乏で、劣悪な環境で、育ったとか?…

 当時は、そこまで、考えなかったことを、考えるようになる…

 そして、

 そして、だ…

 その人間が、結婚して、子供ができれば、やはり親と同じように、いつも、他人の悪口を言ってばかりいるのか?

 とか、

 やはり、会社に入れば、自分なら、簡単に、出世できると、考えるのか?

 とか、

 考えるようになる(笑)…

 要するに、血…

 血=DNAだ…

 だとすれば、それは、遺伝…

 間違いなく、遺伝だ…

 が、

 劣っていれば、必ずしも、人生で、成功できないわけでもなく、真逆に、優れていれば、必ず、人生で、成功するわけでもない…

 学歴、性格、ルックス、家柄等、劣っていても、社会で成功することは、あるし、その真逆に、学歴、性格、ルックス、家柄等、すべてに、優れているにも、かかわらず、社会で、成功できないものも、また多い…

 そこが、実に、悩ましいというか?

 ある意味、非情だと、思う…

 神様が、非情だと、思う…

 なぜって、学歴が高くて、ルックスも性格もよければ、社会で、成功させたいと、誰もが、思うだろう…

 が、

 必ずしも、そうとは、ならない…

 ルックスや性格も悪く、頭が、悪くとも、社会で、成功するものは、多い…

 そして、また、そこに努力の有無は、あまり、関係ない…

 ハッキリ言えば、運命なのかな?

 と、思う…

 頭が良かろうと、悪かろうと、宝くじを買えば、当たるか、どうかは、関係ない…

 それと、似ている…

 そして、それを言えば、私も同じ…

 この矢田トモコも同じ…

 まったくの平凡な人間にも、かかわらず、台湾の大金持ちと結婚した…

 が、

 それでも、この先は、わからない…

 誰にも、わからない…

 葉尊と離婚するかも、しれないし、会社が、倒産するかも、しれない…

 そんなこと、あるわけないじゃん…

 ということが、世の中には、結構あるものだ…

 だから、わからない…

 この先、なにが、起こるか、わからない…

 そして、そんなことを考えると、足がすくむと、同時に、どこか、ワクワクした…

 平凡な人生は、つまらない…

 わかりきった人生は、つまらないからだ…

 だから、ワクワクした…

 だから、ドキドキした…

 そして、それは、いつのまにか、葉尊の裏の顔を見てみたい…

 そんな欲求に繋がった…

               
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