第81話

文字数 4,809文字

 「…お姉さん…殿下が原因って、一体?…」

 恐る恐る、バニラが、言った…

 恐る恐る、バニラが、口を挟んだ…

 当たり前のことだった…

 「…おかしいのさ…」

 私は、言ってやった…

 「…なにが、おかしいの?…」

 バニラが、聞いた…

 「…このアムンゼンが、言った、アムンゼンの父親と、兄が、争っているという話…ネットを調べても、全然、そんな話は、出てこないのさ…」

 「…出てこない?…」

 「…そうさ…」

 「…でも、それは、サウジの王室のことだから…例えば、イギリス王室の内部で、なにか、争いが、起こっても、それが、外部に漏れることは、考えづらい…それと、同じじゃ…」

 「…私もそう考えたさ…」

 「…だったら…」

 「…でも、違う可能性もあるさ…」

 「…違う可能性って?…」

 「…そもそも、このアムンゼンの父と兄が争った事実など、ない可能性もあるのさ…」

 「…そんな…」

 「…そんなもこんなもないさ…あるいは、アムンゼンの父と兄が争ったとしても、大した争いじゃない…例えば、オマエとリンダのどっちが、美しいか? と、言っても、ただの口論…それだけのことさ…」

 「…だったら、殿下は、一体?…」

 「…マッチポンプさ…」

 「…マッチポンプって?…」

 「…自作自演…火のないところに、煙をたてる…おそらく、たいした争いでもない、自分の父親と兄の争いを、自分が、止めたと宣伝する…それが、目的さ…」

 「…ウソ?…」

 「…ウソじゃないさ…そうだろ? …アムンゼン?…」

 「…それは、矢田さんの勝手な憶測です…」

 「…かもしれんさ…だが…」

 「…だが、なんですか?…」

 「…オマエ…もしかしたら、今まで、そうやって、権力を拡大したんじゃないのか?…」

 「…どういう意味ですか?…」

 「…どんな小さなことでも、自分が、やったと、喧伝する…あるいは、ひとの手柄を横取りする…誰かが、やったことを、さも、自分が、やったとか…あるいは、自分が、やれと命じたとか、言って、とにかく、自分の手柄にする…」

 「…」

 「…私も、バイトや派遣社員や、契約社員で、さまざまな会社で働いて、そんな人間を何度も見たことがあるさ…」

 「…ホント? …お姉さん?…」

 と、バニラが、びっくりした様子で聞いた…

 「…ホントさ…ウソじゃないさ…」

 「…ウソじゃない?…」

 「…そうさ…でも、周囲の人間は、皆、気づいているさ…気づいていないのは、本人だけさ…」

 「…気づいていないのは、本人だけ…」

 「…そうさ…本人は、うまくやっているつもりでも、周りは、みんな知っているさ…同僚も、部下も、上司も、皆、知っているさ…でも、そういう人間は、とりあえず、使えるのさ…」

 「…とりあえず、使えるって?…」

 「…例えば、この仕事を任せておけば、うまくやることができる…だから、調子に乗る…でも、ホントは、それをやるために、誰かの力を借りたりしても、決して、自分からは、他人の力を借りたとは、言わない…言えば、自分の評価が下がるからさ…」

 「…」

 「…そして、それを、皆、周囲の人間が、気づいている…言うなれば、テストで、毎回、カンニングをしているのと、同じさ…実力では、60点でも、カンニングをして、いつも、80点の点数を取っているのと、同じさ…」

 私は、言った…

 私は、断言した…

 「…そして、アムンゼン…それが、オマエさ…」

 「…ボク?…」

 「…そうさ…オマエはそうやって、小さなことでも、自分の手柄にして、着々と、権力の階段を上って来たんじゃないのか?…会社で、言えば、最初は、課長だったのが、部長になり、取締役になるのと、いっしょさ…」

 「…随分な言い草ですね…矢田さん…」

 「…それとも、オマエ…もしかして…」

 「…もしかして、なんですか? …矢田さん?…」

 「…もしかして、まだ国王になることを、諦めてないんじゃ…」

 私は、言った…

 わざと、言ったのだ…

 が、

 それは、図星だった…

 その証拠に、アムンゼンの顔色が、変わった…

 まるで、自分の隠してきたことが、暴露されたような表情になった…

 まるで、他人に隠しておきたい秘密を暴露されたような表情になった…

 つまりは、極めて恥ずかしいと、思える表情になったのだ…

 若い男女で言えば、

 「…オマエ…誰々を好きだろ?…」

 と、いきなり、みんなの前で。暴露されたような表情になったのだ…

 だから、わかった…

 私の発言に、間違いが、ないことが、わかったのだ…

 「…やはり、そうか?…」

 私は、言った…

 「…おかしいと、思ったのさ…」

 「…なにが、おかしいの? …お姉さん?…」

 と、バニラが、聞いた…

 「…出来過ぎなのさ…」

 「…出来過ぎ?…」

 「…そうさ…私がオマエと、ケンカをして、家を飛び出した…そこに、この太郎が、現れた…そして、私は、太郎のおかげで、十日間だけれども、生きることが、できた…太郎が、芸をしてくれたからさ…だから、大道芸人として、生きてゆくことが、できた…そして、十日して、このアムンゼンが、突然、やって来た…」

 「…」

 「…私も、生きるのに、必死だから、最初は、よくわからなかったさ…このアムンゼンは、この矢田の身が、心配で、やって来たと、言ったし、最初は、それを信じたさ…このアムンゼンが、言うには、アムンゼンの父親のサウジアラビアの前国王と、兄の現国王が、ケンカをして、それで、下手をすれば、サウジアラビアの国を真っ二つに割るような、大騒動になるかも、しれんと、言った…そして、それを収めることが、できるのは、自分だけだと、言ったのさ…」

 「…」

 「…そして、私は、それを信じたさ…疑いもなく、信じたさ…でも、おかしいのさ…」

 「…なにが、おかしいの? …お姉さん?…」

 「…だって、考えてみれば、わかるさ…」

 「…なにが、わかるの?…」

 「…このアムンゼンが、私の元にやって来たのは、私を守るためだと、言ったのさ…」

 「…お姉さんを守るため?…」

 「…そうさ…このアムンゼンは、父である、前国王と、兄である、現国王の争いを止めることが、できるのは、自分だけ…そして、矢田さんは、このボクが、親しくしているのは、周知の事実…だから、矢田さんに、父である、現国王と、兄である、現国王の側近たちが、近づいてきて、矢田さんを、自分たちの味方にしようと、もくろんでいる…矢田さんを、味方につければ、ボクを味方にできるからだと、言ったのさ…だから、父や兄の側近たちから、私を守るために、やって来たと、言ったのさ…」

 「…」

 「…でも、不思議なのさ…」

 「…なにが、不思議なの?…」

 「…だって、そんな大層なことを、言ったわりには、誰も、私の元にやって来ることは、なかったのさ…それどころか、しまいには、バニラ…オマエまで、私のボディーガードで、やって来たさ…それで、私は、気づいたのさ…」

 「…なにを、気づいたの?…」

 「…ひょっとしたら、私が、踊らされているかもと、気づいたのさ…このアムンゼンに、
踊らされているかもと、気づいたのさ…」

 「…お姉さんが、踊らされている?…」

 「…そうさ…私の情報は、すべて、このアムンゼンから、得ている…だから、それを、信じて、行動していたさ…でも、それが、もし、ウソだったら、どうだ?…」

 「…ウソ?…」

 「…そうさ…このアムンゼンが、言ったことが、ウソだったら、私は、そのウソを信じたことになるさ…それで、気づいたのさ…もしや、私は、このアムンゼンに騙されているかも、しれんと、気づいたのさ…」

 「…」

 「…いわば、一人芝居さ…このアムンゼンは、ないことを、まるで、あったかのように、言い、私たちを、騙して、いたのさ…そうだろ? …アムンゼン?…」

 私は、聞いてやった…

 が、

 アムンゼンは、黙った…

 「…」

 と、無言だった…

 「…」

 と、なにも、答えんかった…

 いや、

 答えられんのかも、しれんかった…

 私やバニラは、ジッとアムンゼンを見た…

 すると、しばらく経つと、

 「…ないものを、あったかのように、言うですか?…」

 ゆっくりと、アムンゼンが、口を開いた…

 「…そうさ…」

 「…それは、誤解です…父と兄の争いは、たしかに、ありました…」

 「…だったら、オマエは、それを利用して、おおげさに、話したに違いないさ…」

 「…」

 「…オマエは、利口さ…まるっきり、ないことを、さも、あったかのように、言うより、あったことを、大げさに、誇張して、言った方が、有利だと、気づいているのさ…」

 「…」

 「…話が、面白い人間が、そうさ…要するに、あった話を、盛って話す…本当にあったことを盛って、話を面白おかしく誇張する…それと、同じさ…」

 私は、断言した…

 断言したのだ…

 「…だから、オマエが、言うように、まるっきりない話じゃなくても、おかしくないさ…むしろ、ある話を、多少、大げさに、誇張して話した方が、真実味を増す…そうだろ?…」

 「…」

 「…とにかく、アムンゼン、今のオマエの表情が、すべてさ…」

 「…すべて?…」

 「…鏡を見ろ…動揺している自分の顔が、わかるゾ…」

 「…」

 「…私が、オマエのウソに気づいたのは、つい、さっきさ…」

 「…つい、さっき?…」

 と、バニラ…

 「…そうさ…私が、バニラ…オマエとリンダに比べて、ルックスが、劣ると、このアムンゼンに言われて、怒ったことさ…」

 「…それが、どうして?…」

 「…私が、オマエやリンダにルックスが、劣るのは、当り前さ…でも、面と向かって言われれば、誰でも、頭に来るさ…それで、このアムンゼンに怒ったら、アムンゼンが、動揺した…だからさ…」

 「…だから?…」

 「…要するに、ホントは、隠したい、なにかがあって、もしかしたら、それに、私が、気づいたのかも、と、思ったのさ…そうだろ? …アムンゼン?…」

 「…」

 「…私が、怒ったのは、もしかしたら、その事実に、私が、気づいたと、思ったのさ…」

 「…お姉さんが、気づいた…」

 「…そうさ…このアムンゼンは、利口さ…なにしろ、カラダが、小さいとは、いえ、3歳の幼児を演じているぐらいさ…でも、それを、以前、私が、見抜いたさ…だから、きっと、このアムンゼンは、覚えていたのさ…」

 「…お姉さんが、見抜いたことを、覚えていた…」

 「…そうさ…きっと、それが、このアムンゼンのトラウマになっていたに違いないさ…だから、もしかしたら?…」

 「…もしかしたら、なんですか? …矢田さん?…」

 「…オマエ…もしかしたら、最初から、私を見張るために、自分の父親と兄の話をダシにして、私を見張っていたんじゃ、ないのか?…」

 私は、気づいた…

 気づいたのだ…

 そして、私は、ジッと、アムンゼンを見た…

 3歳の幼児の外見を持つ、ホントは、30歳のアムンゼンを、見た…

 見たのだ…

 「…そうか…そうだったのか? …」

 私は、言った…

 「…なにが、そうだったの? …お姉さん?…」

 と、バニラ…

 「…このアムンゼンにとって、この矢田が、最初から、要注意人物だったのさ…」

 「…要注意人物って?…」

 「…このアムンゼンのもくろみに、私が、気づくのを、恐れたのさ…前回、このアムンゼンが、ホントは、30歳の大人であることを、私に見抜かれたから…きっと、それ以来、このアムンゼンにとって、この矢田は、危険人物だったのさ…だから、あれこれ、理由をつけて、私の近くに自分の身を置いた…要するに、私を監視していたのさ…そうだろ? …アムンゼン?…」

 私は、言ってやった…

 すると…だ…

 「…随分な言い草ですね…矢田さん…」

 と、アムンゼンが、言った…

 そして、その顔は、それまでとは、違った…

 明らかに、理知的な顔になった…

 真剣な表情になった、アムンゼンの顔が、そこにあった…

               
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