第39話

文字数 4,699文字

なんだか、大変なことになった…

 なんだか、わからんが、大変なことになった…

 私は、思った…

 なぜか、わからんが、この矢田が、騒動に巻き込まれる…

 なぜか、知らんが、この平凡な矢田が、騒動に巻き込まれる…

 この平凡そのものの矢田が、騒動に巻き込まれる…

 いつものことだった(笑)…

 いつものことだったのだ…

 なぜ、神様は、この矢田にこのような試練を与えるのか?

 私は、悩んだ…

 なぜ、神様は、この矢田に試練を与え続けるのか?

 私は、悩んだ…

 一体、この矢田が、なにをしたというんだ?

 一体、この矢田が、なにか、悪いことをしたというのか?

 悩み続けた…

 すると、リンダが、

 「…お姉さんが、ホント、羨ましい…」

 と、ほざいた…

 …この私が、羨ましいだと?…

 一体、なにが、羨ましい?

 私は、頭に来た…

 下手をすれば、殺されるかも、しれんのに、なにが、羨ましい、だ?

 「…ホント、このお姉さんは、誰からも気に入られ、誰からも、愛される…ルックスも平凡、頭も平凡…だけど、その人柄で、誰をも、魅了する稀有な存在…アムンゼンも、お姉さんが、心配で、駆け付けたなんて…普通、アムンゼンほどの地位にある人間が、自ら、やってくるなんて、あり得ない…普通は、警護の者を派遣するだけ…それが、自ら、やって来る…いかに、お姉さんが、アムンゼンに愛されているか、わかる…」

 リンダが、悔しそうに、言った…

 私は、それを、聞いて、唖然とした…

 まさに、まさか、だ…

 私は、そんなふうなことは、これまで、一度も、考えたことは、なかった…

 いや、

 考えたことが、ないでは、ない…

 が、

 実感がなかった…

 これまで、似たようなことは、何度も、言われてきた…

 が、

 実感が、なかった…

 しかし、今、初めて、リンダが、悔しそうな顔をした…

 それを、見て、少しばかり、実感が、持てたのだ…

 これは、誰でも、同じだろう…

 例えば、だ…

 今の時代ではなく、江戸時代のような時代の、どこか、田舎の小さな村に生まれたとする…

 そこで、

 「…アナタのような美人は、見たこともない…きっと、江戸に行っても、アナタが、一番の美人だよ…」

 と、言われたとする…

 が、

 普通は、それを、真に受ける人間はいない(笑)…

 それを、心の底から、信じる人間はいない…

 普通は、ただのお世辞だと思うだろう…

 が、

 しかし、実際に江戸に行って、自分が、一番の美人だと、わかれば、仰天する…

 それと、似ている…

 なぜなら、たった今、リンダが、悔しそうな表情で、私を語ったからだ…

 世界中に知られた美女が、この矢田を羨ましいと、語ったからだ…

 しかも、その言葉に、ウソは、ない…

 ウソは、ないと、断言、出来た…

 だから、少しばかり、そうなのか?

 と、信じることにした…

 あくまで、少しばかりだ…

 そして、そんなリンダを見て、葉問が、

 「…オマエも、まだまだだな…」

 と、言った…

 「…なにが、まだまだなの?…」

 「…このお姉さんに、嫌われた…」

 「…それが、どうしたと、言うの?…」

 「…リンダ…いかに、オマエが、女の色気をたっぷりに、セックス・アピールを振りまこうと、このお姉さんには、勝てない…」

 「…」

 「…オマエが、いかに、アムンゼンに気に入られようと、このお姉さんには、勝てない…アムンゼンが、このお姉さんと、リンダ・ヘイワースのどっちを取るかと、言えば、間違いなく、このお姉さんを取る…」

 「…お姉さんを取る?…」

 「…それが、わからないほど、オマエは、愚かではないはずだ…」

 「…」

 「…そして、そんな権力者に気に入られた、このお姉さんに、嫌われたということは、リンダ…すぐに、オマエのファンクラブにも、伝わるゾ…それが、どういうことか、わかるか?…」

 「…どういうこと?…」

 「…たちまち、オマエのファンクラブから、脱退者が、相次ぐだろう…アラブの至宝と呼ばれたアムンゼンに、見限られたという情報は、瞬く間に、世界中のセレブの間に、知られることになる…すると、どうなると、思う?…」

 「…どうなると、言うの?…」

 「…ハリウッドのセックス・シンボル…リンダ・ヘイワースが、作ったセレブの間の情報網=リンダ・ヘイワースのファンクラブ…そのファンクラブに登録したセレブのメンバーは、必ずしも、オマエのファンじゃないことは、オマエも、知っているだろ?…」

 「…私のファンじゃない? …だったら、なぜ、私のファンクラブに?…」

 「…情報を得るためさ…セレブの間にしか、知られていない情報を…」

 「…」

 「…リンダのファンクラブに入ることで、他の世界中の金持ちと知り合いになれる…それを、目的で、リンダ・ヘイワースのファンクラブに入る金持ちも、後を絶たない…が、そのリンダ・ヘイワースのファンの中でも、一、二を争う金持ちのアムンゼンが、リンダ、オマエを、見限ったという情報は、すぐに、ファンクラブの連中にも、知られるだろう…すると、オマエのファンクラブに入ることで、セレブの有力者と、知り合いになろうとする金持ちは、軒並み、ファンクラブを脱退するだろう…後に残るは、純粋に、オマエのファンだけ…リンダ・ヘイワースのファンだけ…だが、果たして、それが、何人、残るか?…」

 葉問が、意地悪気に、言った…

 言ったのだ…

 だから、私は、急いで、リンダを見た…

 今は男装をしている、リンダ=ヤンを見た…

 その顔は、蒼白だった…

 明らかに、表情が、変化していた…

 いや、

 ただの変化ではない…

 愕然とした表情だった…

 きっと、今、この葉問が、言った言葉が、リンダの予想を遥かに、超えていたからだろう…

 きっと、今、この葉問が、言った言葉が、リンダが、予想もしなかった言葉だったろう…

 そして、なにより、この葉問の言葉に、説得力があったからだろう…

 私は、思った…

 私は、考えた…

 リンダは、蒼ざめた顔で、身動きひとつしなかった…

 それは、今、言った葉問の言葉の衝撃を表していた…

 リンダは、ジッと葉問を見据えていた…

 ジッと、葉問を睨みつけていた…

 一分…

 あるいは、

 二分だろうか?

 私にとっては、とてつもなく、長い時間だった…

 私にとっては、とてつもなく、長く感じられた時間だった…

 ようやく、リンダが、口を開いた…

 「…葉問…今、アナタが言ったこと、これまで、考えたこともなかった…」

 リンダが、白旗を上げたように、言った…

 「…オマエが、バカだからだ…」

 あっさりと、葉問が、言った…

 「…バカ?…」

 「…そうだ…少しばかり美人に生まれたからって、調子に乗り過ぎだ…だから、周りが、見えなくなる…」

 「…」

 「…オマエのセレブのファンクラブの会員たち…決して、オマエ目当てじゃない…オマエと寝たいわけじゃない…目的は、他にある場合も多い…よく覚えておけ…」

 葉問が、突き放すように、言った…

 リンダは、その言葉を聞き、落ち込んだ様子だった…

 「…わかった…葉問…ご忠告感謝します…」

 と、言って、目の前の葉問に頭を下げた…

 同時に、リンダの目から涙が、こぼれ落ちた…

 きっと、今、葉問が、言ったことが、よほどのショックだったのだろう…

 それは、わかる…

 なにしろ、この矢田とて、考えもせんことだったからだ…

 リンダが、衝撃を受けた理由は、わかる…

 なにしろ、リンダは、美人だ…

 世界中に知られた美人だ…

 それが、ファンクラブに入会した人間が、実は、自分目当てではない…

 ファンクラブに入会している、他の金持ちと知り合うことが、目的だったとは、想像もせんかったに違いない…

 だから、余計に衝撃が、大きかったのだろう…

 が、

 この葉問は、容赦がなかった…

 「…アムンゼンが、リンダ…オマエを見限ったという情報が、オマエのファンクラブに伝わったら、イギリス王室のウイリアム皇太子は、どう出るかな?…」

 と、葉問が、続けた…

 「…どう出るって?…」

 「…ウイリアム皇太子の狙いもオマエだけじゃない…セレブの情報網に連なる金持ち連中に繋がるのも、目的だ…オマエが、アムンゼンから、見捨てられた情報が、ウイリアム皇太子の耳に届けば、彼もまた、オマエを見捨てるに違いない…」

 葉問が、冷酷に言った…

 その瞬間、明らかに、リンダのカラダが、固まった…

 あまりの衝撃に、固まった様子だった…

 葉問の言葉が、あまりにも、思いがけない言葉だったからだ…

 ウイリアム皇太子が、リンダを見捨てる…

 この言葉が、リンダにとって、なにより、衝撃だったのは、わかる…

 リンダのセレブの情報網=ファンクラブのウリは、ウイリアム皇太子が、いること…

 世界中のセレブの間でも、ひと際、有名人だったからだ…

 そして、もし、ウイリアム皇太子が、リンダを見捨てれば、それは、リンダ・ヘイワースのセレブの情報網の崩壊を意味する…

 それは、同時に、表向きは、リンダの人気は、変わらんかも、しれんが、遠からず、その人気も、凋落する可能性が高い…

 リンダを推す、世界中のセレブが、一気に、リンダから離れれば、それは、まず、リンダを推すスポンサーに現れる…

 スポンサーが、我先に、リンダを見捨てるだろう…

 そして、そんな事態になれば、リンダの人気は、完膚なきまでに堕ちるに違いない…

 それは、リンダの人気の終焉に違いないからだ…

 だから、リンダは、焦った…

 焦ったのだ…

 「…リンダ…オマエも、もう少し、客観的に自分を見るようになれ…」

 葉問が、言った…

 「…オマエは、確かに、美人だが、その美貌も、いずれ衰える…それを忘れるな…」

 「…ハイ…わかりました…」

 リンダが、涙をこぼしながら、言った…

 涙をポタポタ流しながら、言った…

 葉問の言葉が、よほど、衝撃的だったのだろう…

 私は、こんなリンダを見たことが、なかった…

 完膚なきまでに、打ちのめされたリンダ・ヘイワースを見たことが、なかったのだ…

 すると、だ…

 私が、抱いていた太郎が、いきなり、私の元から離れた…

 リンダのカラダに抱き着いたのだ…

 リンダが、

 「…キャー!…」

 と、声を上げた…

 が、

 反射的に、リンダが、この矢田同様、太郎を抱き上げることになった…

 すると、だ…

 太郎が、ペロペロと、リンダの頬を舐めだした…

 リンダの顔に流れた、涙を舐めだしたのだ…

 私は、驚いた…

 まさに、まさか、だ…

 まさか、太郎が、リンダの涙を舐めるために、この矢田の元から、離れるとは、思わんかった…

 思わんかったのだ…

 「…このお猿さん…私の涙を舐めるために、私に抱き着いたの?…」

 リンダが、驚いた…

 「…このお猿さん…私を慰めて…」

 リンダが、言った…

 そして、言った途端…さらに、リンダの両目から、涙が溢れ出た…

 うれし涙が、溢れ出た…

 それから、リンダは、ギュッと、太郎を抱き締めた…

 「…ありがとう…お猿さん…ありがとう…」

 と、言って、抱き締めた…

 私は、唖然とした…

 なぜなら、この太郎、もしかしたら、この葉問より、凄い、プレイボーイかも、しれんと、気付いたからだ…

 わずか、一瞬で、ハリウッドのセックス・シンボルの心を掴んだ…

 もしかしたら?

 もしかしたら、この矢田も、この太郎の術中にはまったのかも、しれん…

 ふと、気付いた…

 太郎が、あまりにも、簡単にリンダの心を掴んだからだ…

 これまで、この矢田の恩人…いや、猿だから、恩猿と思っていた太郎だが、このとき、初めて、太郎に対する、疑念が、湧いた…

 疑念が、湧いたのだ…

               
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