第87話

文字数 6,749文字

 「…国王の狙い? …どういう意味だ?…」

 「…あのお姉さんといることで、アムンゼンは、邪悪な心を失う…国王の座を狙うことも、諦める…」

 「…」

 「…アムンゼンは、あのお姉さんを評して、あのお姉さんと、葉尊を、結婚させたのは、葉敬のたくらみだと、見抜いた……葉尊の邪悪な心をなくす、たくらみだと、喝破した…でも、自分のことだと、あのアムンゼンも気づかないようね…」

 「…」

 「…あのお姉さんといっしょに、いると、おおげさに言えば、魂が浄化される…世俗にまみれた心が、すっきりと、洗われる…だから、あのお姉さんといる限り、悪いことは、できない…」

 リンダの言葉に、

 「…」

 と、オスマンが、言葉を失った…

 「…」

 と、答えんかった…

 だが、少しばかり、時間を置いて、

 「…リンダ…オマエ…」

 と、呟いた…

 「…リンダ…オマエ…国王陛下と繋がりがあるのか?…」

 「…私を誰だと、思っているの…」

 リンダが、答える…

 「…私は、リンダ・ヘイワース…ハリウッドのセックス・シンボルよ…」

 リンダが、堂々とした口調で、言った…

 それから、少しばかり、間があった…

 「…そうか…そういうことか…」

 オスマンが、呟いた…

 「…そうか…リンダ…オマエ…国王陛下とも、繋がっていたのか…」

 なぜか、楽しそうに、言った…

 「…さすがは、リンダ・ヘイワース…ハリウッドのセックス・シンボルは、伊達じゃないな…色気だけじゃなく、おつむもあると、いうことだな…」

 「…そういうこと…」

 リンダが、答えた…

 「…リンダ…オマエは、あらかじめ、国王陛下とも、繋がって、オレたちの動静を窺っていたわけだ…」

 「…」

 「…いや、その様子では、本物の前国王とも、繋がっている可能性も、高いな…」

 「…それは、ご想像に、お任せするわ…」

 リンダが、笑いながら、言った…

 が、

 次に、オスマンが、言った言葉に、そのリンダの笑いも、凍った…

 「…リンダ…」

 「…なに、オスマン?…」

 「…あまり、調子に乗らない方が、いい…」

 「…どうして、そんなことを、言うの? …私は、調子になんて、乗ってないわ…」

 「…だったら、言葉を変えよう…あまり、やりすぎない方がいい…」

 「…ちょっと、どういうこと? …オスマン…アナタ…顔色が、変わって…」

 「…アラブの至宝と呼ばれた叔父さんは、おそらく、すべてを、見抜いている…」

 「…アムンゼンが?…」

 「…そうだ…たぶん、見て、見ぬふりをしているだけだ…」

 「…ウソ?…」

 「…叔父さんは、狡猾だ…以前、オレを、国王にして、サウジアラビアの実権を握るクーデターを起こしたと、言っても、オレも、それが、ホントなのか、今もって、よくわからない…」

 「…なんですって?…」

 「…叔父さんは、結果的に、サウジアラビアを追放されて、この日本のセレブの保育園に、やって来た…だが、そこで、叔父さんは、この日本にいる、世界中のセレブの子弟と、関係を築くことができた…知り合うことが、できた…サウジアラビアにいては、できないことだ…」

 「…」

 「…だから、今では、それが、叔父さんのホントの目的だったのかも、しれないと、思い直しているところだ…」

 「…ウソ?…」

 「…リンダ…オマエも、叔父さんを甘く見ないことだ…そのきれいな顔も、見事なカラダも、叔父さんが、本気で、怒り出せば、どうなるか、わからないゾ…」

 「…だったら、私が、オスマン…アナタと、密かに繋がっていたことは…」

 「…当然、気づいているだろ? …ただ、見逃してくれているだけだ…」

 「…」

 「…叔父さんが、オレや、リンダ…アンタを見逃して、くれているのは、おそらく、あのマリアや、あのお姉さんのおかげだ…」

 「…マリアやお姉さんのおかげ…」

 「…マリアは、正真正銘の3歳の子供…その3歳の子供が、保育園で、叔父さんをしっかりと、面倒を見てくれようとする…だから、叔父さんは、マリアに感謝して、気持ちが優しくなった…それに、なにより、マリアの母親のバニラさんや、バニラさんと繋がりがある、リンダ、アンタに、厳しく接することが、できなくなった…」

 「…」

 「…そして、なにより、あのお姉さんだ…あのお姉さんは、太陽…イソップ物語の北風と太陽の物語じゃないが、あのお姉さんと、接すると優しくなる…悪いことができなくなる…邪(よこしま)な心を、持つことが、できなくなる…北風が、吹けば、上着を掴んで、離さないが、太陽が、強烈に照りつけば、暑くて、上着を脱ぐのと、いっしょだ…脅しても、金を積んでも、口を割らない人間も、あのお姉さんと、いっしょにいると、簡単にしゃべりだす…つい、気を許す…なにより、あのお姉さんは、楽しい…面白い…3歳のマリアが言ったのが、本当だ…」

 「…」

 「…リンダ…アンタが、そんな色気たっぷりの恰好で、男をたぶらかすより、あのお姉さんと、いっしょに、いることの方が、男女とも、楽しくなる…いかに、外見が、美しくても、叶わない…この日本のことわざにあるだろ?…」

 「…どんなことわざ?…」

 「…美人は、三日で飽きる…」

 オスマンが、笑いながら、言った…

 そして、その言葉に、リンダは、絶句した…

 そして、

 「…ブスは三日で慣れる…」

 と、オスマンが、続けた…

 「…いえ、あのお姉さんは、ブスじゃないわ…平凡よ…」

 「…平凡?…」

 「…そう、絵に描いたように、平凡…私やバニラが、おかしいのよ…」

 「…なんで、おかしいんだ?…」

 「…自分で言うのも、なんだけれど、たまたま美人に生まれた…ただ、それだけ…」

 「…」

 「…オスマン…それは、アナタも同じ…」

 「…どう、同じなんだ?…」

 「…イケメンに生まれた…」

 「…」

 「…でも、それを、生かせる人間は、男女とも、ごくわずか…大抵は、男女とも、学校や、会社で、ちやほやされるだけ…私やバニラのように、そのルックスを生かして、有名になることができるのは、ごく一握り…この日本の宝くじで、一億円が、当たるようなもの…」

 「…」

 「…そして、それは、オスマン…アナタも同じ…」

 「…どう、同じなんだ?…」

 「…オスマン…アナタ…サウジアラビアの王室で、一番のイケメンでしょ?…あるいは、一、二を争う美形でしょ?…」

 「…なんだ? …いきなり? …それが、どうした?…」

 「…つまりは、アナタも利用されたのよ…」

 「…オレが、利用? …どう、利用されたと、言うんだ?…」

 「…サウジアラビアの国王にならないかと、アムンゼンに口説かれた…声をかけられた…」

 「…それが、どうした?…」

 「…国王になるには、一番、大事なのは、なに?…」

 「…なんだ? …いきなり?…」

 「…ルックスよ…見た目…能力じゃない…」

 「…能力じゃないだと?…」

 「…若く、背が高い、イケメンのアナタが、国王になれば、サウジアラビアの格が上がる…アムンゼンは、そう、思って、アナタに声をかけた…陰で操るのは、アムンゼン…それなら、能力は、必要ない…」

 「…それは、リンダ…アンタの想像だろ? …単なる妄想に過ぎない…」

 「…あら、そうかしら?…」

 「…証拠があるのか?…」

 「…アンナ…」

 リンダが、突然、言った…

 私は、その名前に聞き覚えがあった…

 あの太郎を飼っていた女だ…

 あの太郎と、この矢田が初めて会ったのは、マリアの通うセレブの保育園の遠足というか…

 セレブの通う保育園ゆえに、豪華なサロンバスを数台連ねて、動物園に見学に行った…

 そのサロンバスの車内で、私は、初めて、太郎に出会った…

 太郎は、猿…

 いきなり、サロンバスの中に、猿が現れたから、皆、驚いた…

 車内は、てんやわんやの大騒動になった…

 「…どうして、こんな場所に猿が?…」

 誰もが、思った…

 誰もが、口にした…

 そのとき、あのアンナが、現れ、

 「…申し訳ありません…バスケットの中に、いたのに、逃げ出して…」

 と、説明した…

 そして、

 「…今日は動物園に行くから、この猿を動物園に預かってもらおうと、今日、このバスケットに入れて、連れてきました…私も、先日、偶然、この猿に、街中で、出会って…」

 と、説明した…

 そして、私は、その説明を信じた…

 が、

 考えてみれば、怪しすぎる説明だった(笑)…

 街中で、偶然、猿に出会うだろうか?

 いや、

 もし、出会ったとしても、そんなに簡単に、捕まえられるものだろうか?

 普通に、考えれば、ありえない…

 最初から、誰かが、飼っていたに決まっている…

 いや、

 誰かではない…

 おそらく、あのアンナが、太郎の飼い主で、おかしくない…

 私は、あらためて、そう、気づいた…

 が、

 と、いうことは、どうだ?

 あのアンナという女は、アムンゼンの配下…

 アムンゼンの部下…

 いまさらながら、気づいた…

 なぜなら、太郎は、アムンゼンの飼っていた猿だからだ…

 だが、なぜ、あのアンナという女の名前が、リンダの口から出た?

 それが、わからんかった…

 が、

 その答えは、すぐに、わかった…

 「…リンダ…オマエ…アンナを知っているのか?…」

 と、オスマンが、直球で、聞いたからだ…

 「…かつての、モデル仲間よ…」

 あっけなく、リンダが、答えた…

 …それで、か?…

 私は、納得した…

 リンダは、今は、ハリウッドのセックス・シンボルと呼ばれる女優だが、元は、モデル…

 バニラと同じモデルだ…

 だから、あんなにキレイだったんだ…

 と、私は、思った…

 それに、なにより、あのアンナは、おそらく、私と同じぐらいの年齢…

 歳は、35歳ぐらい…

 だから、29歳のリンダが知っていても、おかしくはない…

 真逆に、バニラでは、無理…

 バニラは、まだ21歳…

 だから、バニラが、35歳のアンナと同じモデル仲間でも、知っている可能性は、リンダよりも、低い…

 歳が離れすぎているからだ…

 だから、活躍する時期が、違う…

 それゆえ、余計に、リンダが、アンナを知っていたのは、納得した…

 「…そうか、そういうことか…」

 オスマンが、言った…

 オスマンが、納得した…

 「…それで、わかった…」

 「…なにが、わかったの?…」

 「…叔父さんは、リンダ…アンタのファンだ…だからだ…」

 「…なにが、だからなの?…」

 「…叔父さんは、あのルックスだ…だから、リンダ…アンタのような金髪碧眼の美女に、弱い…アンナも、同じタイプ…そういうことだ…」

 その言葉を聞いて、今度は、リンダが、絶句する番だった…

 「…そうだ…そういうことだったんだ…」

 リンダが、呟いた…

 「…なにが、そういうことだったんだ?…」

 「…突然、アンナから、私に連絡がきたわけ…」

 「…どういうわけだったんだ?…」

 「…あのアンナは、アムンゼンの命を受けて、私に、お姉さんと、あのお猿さんが、どうなっているか? 見張らせたかったんだと、思う…」

 「…見張らせたかった?…」

 「…アムンゼンの命を受けて、あのお猿さんを、お姉さんに預けたけれども、うまくいくか、心配だった…それで、私に様子を聞いて、うまくいったから、アムンゼンは、お姉さんと、合流した…」

 「…」

 「…つまり、最初から、私たち全員、アムンゼンの手のひらで、踊らされていたわけね…」

 リンダが、言った…

 納得したように、言った…

 「…さすがは、アラブの至宝と呼ばれた頭脳の持ち主…最初から、すべて、シナリオを書いて、その通りに、周囲を動かした…」

 「…いや、たぶん、それは、ない…」

 「…どうして、ないの?…」

 「…あのお姉さんだ…」

 「…あのお姉さんが、どうかしたの?…」

 「…あのお姉さんは、不確定要素だ…」

 「…不確定要素? どういう意味?…」

 「…あのお姉さんが、現れると、思いがけないことが、起こる…それが、一番、わかりやすいのは、あの猿だ…」

 「…あのお猿さんが、どうかしたの?…」

 「…あの猿は、叔父さんではなく、あのお姉さんを選んだ…」

 「…どういう意味?…」

 「…あの猿に、叔父さんと、あのお姉さんが、それぞれ別の指示を下せば、あの猿は、叔父さんではなく、あのお姉さんの言うことを聞くだろう…」

 「…お姉さんの言うことを聞く?…」

 「…あのお姉さんと、あの猿は、出会って、わずか、十日やそこらだった…それでも、数年前からの飼い主である、叔父さんよりも、あの猿は、あのお姉さんを選んだわけだ…叔父さんにとっては、ありえない屈辱だったに違いない…」

 「…」

 「…そして、だからこそ、あのお姉さんは、叔父さんにとって、不確定要因なんだ…あのお姉さんの行動で、結果が、どうなるか、さっぱりわからなくなる…」

 「…」

 「…もっとも、だからこそ、叔父さんは、あのお姉さんに、心惹かれるのかも、しれない…」

 「…どうして、心を惹かれるの?…」

 「…先が、読めないからだ…叔父さんの頭脳をもってしても、あのお姉さんの行動が、読めない…だから、惹かれるんだ…」

 「…」

 「…しかし、そう考えると、この先が、面白くなってくるな…」

 「…なにが、面白くなってくるの?…」

 「…叔父さんは、アンタやアンナのような金髪碧眼の美女が好き…叔父さんは、いっちゃ、悪いが、あのカラダだから、アンタのような長身の美女に惹かれる…それが、一転して、あのお姉さんに、心を奪われるなんて…面白すぎだろ?…」

 オスマンの言葉に、リンダは、

 「…」

 と、絶句した…

 「…」

 と、言葉もなかった…

 「…つまりは、このリンダ・ヘイワースとあのお姉さんを秤にかければ、アムンゼンは、お姉さんを選ぶというわけね…」

 リンダが、落胆した口調で、言った…

 「…そうなるな…」

 「…美人は、三日で飽きる…ブスは、三日で慣れる…けだし、名言ね…」

 …なんだと?…

 …この矢田が、ブスだと?…

 …ふざけて、もらっては、困る!…

 …たしかに、リンダから、見れば、ブスかも、しれんが、この矢田トモコ、35歳…

 これまで、数え切れないほど、男からコクられた経験がある…

 いや、

 数え切れないといえば、言いすぎだが、何度かは、ある…

 それを、ブスとは?

 許さんゾ!!

 許さんゾ、リンダ!

 今に見てろさ!!

 その伸びきった高慢ちきな鼻を、この矢田トモコが、へし折ってやるさ!…

 私は、そう、心に誓った…

 天地神明に、誓った…

 が、

 声が、出んかった…

 カラダも、動かんかった…

 とにかく、飲みすぎたのだ…

 いや、

 カラダは、動いたが、少しでも、動かせば、途端に気分が悪くなった…

 だから、ホントは、二人のやりとりを聞きながら、うっすらと、目を開けて、二人を見たかった…

 もしかしたら、私と、同じ部屋には、いないかも、しれんが、見たかったのだ…

 が、

 できんかった(涙)…

 そんなことを、すれば、今にも、吐きそうだったからだ…

 そして、そんなことを、考えていると、いつのまにか、睡魔に襲われ、眠ってしまった…

 そして、今度は、目が覚めると、すっかり、昨日の出来事を忘れていた…

 いや、

 全部は、忘れていないが、二日酔いで、頭が、痛すぎた…

 だから、覚えていることも、あるが、覚えていないこともある…

つまりは、全部を覚えているわけでは、なかった…

 ただ、私が、目が覚めて、しばらくすると、

 「…矢田さん…大丈夫ですか?…」

 と、アムンゼンが、太郎を連れて、私が、寝ている部屋にやって来た…

 「…大丈夫さ…」

 私が、言うと、太郎が、嬉しそうに、

 「…キー…」

 と、鳴きながら、私に抱き着いてきた…

 私は、嬉しかった…

 涙が、出るほど、嬉しかった…

 太郎が、私になついていることが、なにより、嬉しかった…

 すると、それ以外のことが、すべて、どうでも、よくなった…

 昨夜、リンダとオスマンが、なにか、しゃべっていたようだが、そんなことは、どうでも、よくなった…

 とにかく、太郎が、私の胸に抱き着いてくれたのが、嬉しかったのだ…

 「…太郎は、幸せです…矢田さんに、好かれて…」

 アムンゼンが、言った…

 その声には、若干、嫉妬が、含まれていたように、感じた…

 が、

 気にせんかった…

 私にとって、太郎が、一番だからだ…

 だから、リンダも、オスマンのことも、気にならんかった…

 そして、それは、バニラも、マリアも、だった…

 昨日もことも、そうだが、この先のことも、同じ…

 なすが、ままというか…

 なるようになれ、だ!…

 私は、ただ、太郎が、かわいかった…

 かわいかったのだ…

 だから、ほかのことは、どうでもよかった…

 ただ、太郎といる、今が、いい…

 今が、幸せ…

 それだけだった(笑)…

               
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