第54話

文字数 4,345文字

 私は、大声で、

 「…だったら、葉尊は、私が嫌いなのか?…」

 と、聞きたかった…

 が

 さすがに、聞けんかった…

 聞けんかったのだ(苦笑)…

 だから、悩んだ…

 なんて、言っていいか、悩んだ…

 すると、だ…

 いきなり、太郎が、

 「…キー…」

 と、鳴いた…

 甘えるように、鳴いたのだ…

 事実、太郎は、葉問に抱かれながら、葉問に、甘えていた…

 それは、私の目にも、すぐに、わかった…

 私の細い目にも、すぐに、わかったのだ…

 そして、葉問は、まるで、赤ちゃんをあやすように、太郎を、あやしていた…

 私は、それを、見て、

 「…葉問…オマエ、随分、太郎をあやすのが、うまいな…まるで、人間の赤ん坊をあやすように、あやすな…」

 と、言った…

 わざと、言ったのだ…

 すると、葉問が、

 「…ありがとうございます…」

 と、太郎をあやしながら、言った…

 その言葉を聞いて、私は、すかさず、

 「…オマエ、もしかして、人間の赤ん坊をあやした経験があるんじゃないか?…」

 と、言った…

 皮肉を言ったのだ…

 「…どういう意味ですか? …お姉さん?…」

 「…葉問…オマエは、女にモテる…あっちの女、こっちの女と、色々な女と、関係しただろ? となれば、子供もできるさ…」

 私は、力を込めて言った…

 が、

 葉問は、私の質問を軽く受け流した…

 「…赤ん坊は、マリアがいます…」

 「…なんだと? …マリアだと?…」

 「…マリアは、今、3歳…3年前に、生まれました…当時は、ときどきですが、マリアをあやしたことがあります…」

 葉問が、言った…

 まるで、ディーン・フジオカのように、爽やかに、言ったのだ…

 私は、それを、聞いて、

 「…ウソを言うんじゃ、ないさ…」

 と、言いたかったが、言えんかった…

 なぜなら、それは、たぶん、ホントのことだからだ…

 ホントのことだから、言えんかった…

 が、

 同時に、ウマいと思った…

 葉問の受け答えが、実に、ウマいと、思った…

 すると、だ…

 「…どうしました? …お姉さん?…」

 と、葉問が、聞いた…

 私の気持ちを逆なでるように、言った…

 なぜ、私の気持ちを逆なでるかと言えば、葉問が、軽く笑いながら、言ったからだ…

 まるで、私を挑発するように、笑ったからだ…

 だから、許せんかった!…

 許せんかったのだ!…

 「…その笑いは、なんだ? …葉問!…」

 私は、怒鳴った…

 葉問に対する怒りが、爆発した…

 「…私をバカにするんじゃないさ…」

 「…お姉さんをバカにする? …どうして、そう思うんですか?…」

 「…オマエが、女にモテモテだからさ…」

 「…それと、ボクが、お姉さんをバカにするのと、なんの関係が…」

 「…おおありさ…」

 「…なにが、おおありなんですか?…」

 「…オマエは、どうせ、美女とイチャイチャしてたんだろ? だから、平凡なルックスの私をバカにするのさ…平凡なルックスの私を下に見るのさ…」

 私は、怒鳴った!…

 怒鳴ったのだ!…

 だが、葉問は、冷静だった…

 憎いほど、冷静だった…

 太郎をあやしながら、

 「…お姉さん…」

 と、ゆっくり、私に話しかけてきた…

 「…なんだ?…」

 「…ボクは、なにも、言ってません…お姉さんが、勝手に、自分の妄想を口にしているだけです…」

 「…妄想だと?…」

 「…そうです…」

 「…妄想なんかじゃないさ!…」

 私は、怒鳴った…

 「…私の言っていることに、間違いは、ないさ!…」

 「…だったら、証拠はありますか?…」

 「…証拠だと?…」

 「…そうです…ボクが、なにを、思っているかの証拠です…」

 「…そんなものは、あるわけないさ!…」

 「…では、それは、お姉さんの一方的な思い込み…あるいは、妄想です…」

 葉尊が、断言する…

 理詰めで、断言する…

 私は、悔しかった…

 悔しくて、仕方がなかった…

 この葉問に言い負けたのが、悔しくて、仕方がなかったのだ…

 すると、葉問が、

 「…お姉さんにも、意外な面があったんですね…」

 と、意外なことを、言った…

 「…どういう意味だ?…葉問?…」

 「…お姉さんが、自分のルックスに言及したのは、初めて、聞きました…」

 「…」

 「…でも、安心しました…」

 「…なにが、安心したんだ?…」

 「…お姉さんも、普通のひとだと、わかったからです…」

 「…私は普通さ…ずっと前から、普通さ…生まれたときから、普通さ…」

 「…いえ、普通じゃ、ありません…」

 「…なに? …普通じゃないだと?…」

 「…普通の人間は、お姉さんのようには、いきません…」

 「…なにが、いかないんだ?…」

 「…誰からも、好かれること…リンダや、バニラのような世界的に有名な女優やモデルにも、葉敬やアムンゼンのような大物にも、好かれる…これは、お姉さん以外の誰も、できないことです…」

 「…」

 「…でも、そんなお姉さんが、自分のルックスにコンプレックスを持っているように、言う…それを、聞いて、安心しました…」

 葉問が、穏やかに、言う…

 それを、聞いて、私は、どう言っていいか、わからんかった…

 そもそも、この葉問が、私を褒めてるのか?

 それとも、けなしているのかも、わからんかった…

 どっちだか、わからんかったからだ…

 が、

 私が、そんなことを、考えていると、葉問が、

 「…それで、いいのかも、しれません…」

 と、ポツリと呟いた…

 「…なにが、それで、いいんだ?…」

 「…お姉さんが、自分のルックスにコンプレックスを、持っていることです…」

 「…それが、どうして、いいんだ?…」

 「…誰もが、一番では、ありません…」

 「…一番じゃない? …なにが、一番じゃないんだ?…」

 「…ルックスや頭、それに、家柄等です…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…誰もが、大半は、平凡です…ルックスを例にとれば、仮に、この場に100人、女性が、集まっても、周囲が、目を、見張るような美人は、一人もいないものです…」

 「…葉問…なにが、言いたい?…」

 「…周囲が目を見張るような美人は、例えば、3千人、あるいは、5千人に、一人です…」

 「…3千人、5千人に、一人だと?…」

 「…そうです…」

 葉問が、自信たっぷりに言う…

 私は、それを、聞いて、

 …それは、本当かも、しれん…

 と、思った…

 たしかに、この矢田も、35年生きているが、この目の前の葉問の言う通り、美人は、3千人や5千人に、一人ぐらいしか、いない…

 要するに、街中や、ショッピングモールで、偶然、出会って、

 「…この子、カワイイ…」

 とか、

 「…このひと、キレイ…」

 とか、いうのは、その程度の割合だと、いうことだ…

 私が、そんなことを、思っていると、

 「…でも、それは、あくまで、顔だけです…ルックスだけです…」

 葉問が、続ける…

 「…ルックスだけだと?…」

 「…そうです…」

 「…だったら、ルックス以外に、なにがある?…」

 「…身長…生まれ…学歴、その他、色々あります…」

 「…色々だと?…」

 「…リンダや、バニラを見れば、わかるはずです…」

 「…リンダや、バニラを、見て、なにが、わかる?…」

 「…二人とも、お姉さんに憧れています…」

 「…私に憧れているだと? …ウソを言うな!…」

 「…ウソでは、ありません…」

 「…なんだと? …ウソじゃないだと?…」

 「…二人とも、言うまでもなく、美人です…だから、周囲の人間が、思う以上に、ルックスの威力を知っている…美人の持つ、力を知っている…」

 「…」

 「…ですが、そんな二人から見て、ハッキリ言えば、平凡なお姉さんが、どこでも、誰にでも、好かれる、愛される…これは、普通に考えれば、ありえないことです…しかも、本人に、なんの自覚もない…」

 「…どういう意味だ?…」

 「…さっきも、言ったように、他人に気に入られようと、お姉さんは、思って、行動していない…にも、かかわらず、周囲の人間から、気に入られている…」

 「…」

 「…だから、二人とも、驚くと共に、お姉さんを、尊敬しているんです…」

 「…私を尊敬だと?…」

 …バカな?…

 …あのリンダと、バニラが、私を尊敬だと?…

 …リンダは、ともかく、あのバニラが、私を尊敬?…

 …ありえん!…

 …絶対、ありえん!…

 「…ふざけるんじゃ、ないさ…葉問…リンダは、ともかく、バニラが、私を尊敬するはずないさ…」

 「…いえ、尊敬しています…」

 「…ウソを言うんじゃないさ…バニラのどこが、私を尊敬していると、言うのさ…尊敬しているなら、どうして、あんな態度を取るのさ…」

 「…バニラは、お姉さんに甘えているんです…」

 「…私に甘えているだと?…」

 「…そうです…」

 「…ウソを言うんじゃ、ないさ…アレが、私に甘えている態度か? 違うだろ、葉問?…」

 「…だったら、お姉さん…バニラが、一度でも、お姉さんに、手を出したことは、ありますか?…」

 「…それは、ないさ…」

 「…でしょ? …もし、バニラが、本気で、怒れば、お姉さんと、カラダの大きさが、まるで、違いますから、下手をすれば、お姉さんは、殺されます…」

 「…なんだと? …この矢田が殺されるだと?…」

 「…バニラはヤンキー上がり…おまけに、格闘技の経験もあります…バニラが、本気になれば、大抵の男は、歯が立ちません…」

 葉問が、あっさりと、言った…

 そして、その言葉に、ウソは、ないと、思った…

 葉問の言葉に、ウソはないと、思ったのだ…

 現に、今さっきまで、バニラは、この場に、私を守るために、いた…

 この矢田を守るために、いた…

 バニラが格闘技に精通していたからだ…

 だから、この矢田を守るために、いた…

 ここに、いた…

 「…美人は、きっかけに、過ぎません…」

 と、葉問は、続けた…

 「…きっかけだと?…」

 「男なら、誰でも、大抵は、美人を見れば、憧れます…女もまた、しかり…イケメンを見れば、憧れます…でも、それは、最初だけ…」

 「…最初だけ?…」

 「…付き合えば、頭が悪かったり、性格が、悪かったり、家が、貧乏だったりすれば、気持ちが、萎えます…当初の気持ちが、冷めます…」

 「…」

 「…だから、美人も、イケメンも、入り口に過ぎないのです…」

 葉問が、力説する…

 私は、この葉問の言葉を聞きながら、ウマいことを、言うと、思った…

 言葉に説得力があった…

 が、

 それは、この葉問がイケメン…

 ルックスが、いいからだと、気付いた…

 なんだかんだ言っても、ルックスは、重要…

 やはり、イケメンが、

 「…ルックスは、入り口に過ぎない…」

 と、力説するから、説得力がある…

 ブザメンでは、説得力に欠ける…

 そういうことだ(笑)…

 私は、思った…

 思ったのだ(笑)…

               
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