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文字数 2,119文字
こんにちは。
明知探偵事務所の調査員をやってる、小早川 秀吉 っス。
なかなか格調高い名前だと思わないっスか!?
なのに、事務所のみんなは、この名前で呼んでくれたことがないっスよ。
みんなして「チャボ!」って呼ぶっス。
いや、最初は、きちんと呼んでくれたっスよ?
記憶が確かなら、あれはボクが明知探偵事務所に就職するちょっと前、5年前のこと。
当時、ボクは大学を出て就職した某ブラック企業で、社畜やってたっス。
いえ、ホントは、ちゃんと営業部第二営業課第三営業係に所属していた、筋金入りの営業マンをしてたっス。
ここまで『営業』って念押しされるような部署で、バリバリ営業していたかと言うと……してなかったっス。というか、出来なかったっス。
営業部第二営業課は、第一営業課のフォローをする部署で……ぶっちゃけ、第一営業課の社員達が後先考えず取りまくってきた顧客に対して、『話が違う!』だの『無理強いされた』だの、クレームの嵐に対応することがメインの、後始末部隊で。
……就職して2年目のボクは疲弊していたっスよ、もう。
あ、一応取り扱っているのは、高級羽布団に浄水器、浴槽に入れるだけで健康になれる不思議な温泉石……聞いただけで、胡散臭いっス! ヤバいっス!
大学にきていた求人票には、「求む! 高齢者に優しい若者。わが社はお年寄りに愛と安らぎをお届けする大手ヘルスケアメーカー直営に近い委託販売業者です」って書いてあったっスよ。
直営に『近い』って、何なんスか?
何で、ボクはこんな怪しい会社の求人に引っ掛かってしまったんスか?
まあ、焦りもあったっス。
実は、大学四年生の時、ボクは結婚したっス。
当時2年くらい付き合っていた彼女が、まあ、天から赤ちゃん授かって。ボクも、彼女のことは大好きだったんで、いずれは結婚したいと思っていたっスから、慌てはしても、嫌ではなかったっス。大喜びっス。
ただ、困ったのが。
この時点で、まだ就職が決まっていなかったことっス。何とか親に頼み込んで、大学を卒業するまでは世話になることができたっスが。
出産予定日は、大学卒業後になってたんで、とにかくキッチリ就職して、晴れて親子三人暮らせるようにしなくては……という焦りがあったっス。
詐欺紛いの、しかもお年寄り相手に口八丁手八丁で売り付けてくる第一営業課の連中に、半ば騙されて契約したお客さんが、慌てて連絡してきても、クーリングオフ出来ないように契約解除を引き伸ばすのが、第二営業課の役目だったっス。因みに、第三営業係は温泉石担当っス。
布団や浄水器に比べれば、まだ金額が安いとはいえ、中に某有名温泉の効能が凝縮された火山岩、がうたい文句の軽石詰め込んだだけの100均でも売ってるようなメッシュの袋っす。
外装がチープなのは、高級な火山岩をなるべく安くお手頃な価格で販売するため、と言う詭弁を繰り返して、万には届かないとはいえ、原価100円プラスアルファの、全くデタラメなタダの石ころを詰めた洗濯ネットを売り付けて、返品させないようにのらりくらりと電話口で応対する……疲弊しすぎて、良心の呵責も感じなくなってきた頃。
「……キミさ、このままだとヤバいよ?」
電話で納得してもらえず、警察に訴える、と大騒ぎしたお客さんの家に、慌てて伺って、何とか穏便に済ませて貰うようお願いして、返金してきた、その帰り。
ふと、いい匂いがして、そっちを見たら……美味しそうなメニューの並んだレストランが、目の前に。
楽しそうな笑い声と、笑顔の溢れる、店内が見えて。
そう、フレンチ風定食屋の明知屋っす。
そう言えば、昼飯まだだったな……と、ふらふらと店内に引き込まれ……気が付いたら、明知屋名物のひとつ、「和風ハンバーグランチ」を食べていたっス。
……フレンチ風定食屋の看板、必要っスか? 今さらっスが。
でも、うまかったっス。久しぶりに、ちゃんとしたご飯、食べた気がしたっス。
家に帰れば、妻は育児で忙しく、適当に食べて、とテーブルに置かれた冷めたおかずを自分でレンチンして、モソモソとただ、咀嚼してお腹に入れるだけの日々。
そう言えば、もうずっと前から、妻や子供の顔をしっかり見ていない。
会話も、してない。
そう気が付いたら、ポロポロ涙が出てきたっス。
泣きながらハンバーグを食べて。
「泣くほどうまいだろ、ここの飯は」
突然、隣のテーブルのお客さんが話しかけて来たっス。
「……あのさ、余計なことかも知れないけど、……キミさ、このままだとヤバいよ」
突然、何を言い出すんスか!? この人。
この人……メチャクチャイケメンな、人。
うわっ、芸能人? ちょっと場違いなくらいカッコいい男の人。
「……もう、急にそんなこと言ったら、ビックリするじゃない? スミマセン、この人、ちょっと色々見えちゃって」
「だって、ハルが真っ青じゃないか。それに、こんな若い男の子が可哀想だよ。ハルとそう歳も変わらないだろうに。このままじゃお先真っ暗だ」
「それでも言いようってものがあるでしょ?」
……そう、これが土岐田瑛比古さんと、まだご存命だった美晴さんとの、初めての出会いだったっス。
明知探偵事務所の調査員をやってる、
なかなか格調高い名前だと思わないっスか!?
なのに、事務所のみんなは、この名前で呼んでくれたことがないっスよ。
みんなして「チャボ!」って呼ぶっス。
いや、最初は、きちんと呼んでくれたっスよ?
記憶が確かなら、あれはボクが明知探偵事務所に就職するちょっと前、5年前のこと。
当時、ボクは大学を出て就職した某ブラック企業で、社畜やってたっス。
いえ、ホントは、ちゃんと営業部第二営業課第三営業係に所属していた、筋金入りの営業マンをしてたっス。
ここまで『営業』って念押しされるような部署で、バリバリ営業していたかと言うと……してなかったっス。というか、出来なかったっス。
営業部第二営業課は、第一営業課のフォローをする部署で……ぶっちゃけ、第一営業課の社員達が後先考えず取りまくってきた顧客に対して、『話が違う!』だの『無理強いされた』だの、クレームの嵐に対応することがメインの、後始末部隊で。
……就職して2年目のボクは疲弊していたっスよ、もう。
あ、一応取り扱っているのは、高級羽布団に浄水器、浴槽に入れるだけで健康になれる不思議な温泉石……聞いただけで、胡散臭いっス! ヤバいっス!
大学にきていた求人票には、「求む! 高齢者に優しい若者。わが社はお年寄りに愛と安らぎをお届けする大手ヘルスケアメーカー直営に近い委託販売業者です」って書いてあったっスよ。
直営に『近い』って、何なんスか?
何で、ボクはこんな怪しい会社の求人に引っ掛かってしまったんスか?
まあ、焦りもあったっス。
実は、大学四年生の時、ボクは結婚したっス。
当時2年くらい付き合っていた彼女が、まあ、天から赤ちゃん授かって。ボクも、彼女のことは大好きだったんで、いずれは結婚したいと思っていたっスから、慌てはしても、嫌ではなかったっス。大喜びっス。
ただ、困ったのが。
この時点で、まだ就職が決まっていなかったことっス。何とか親に頼み込んで、大学を卒業するまでは世話になることができたっスが。
出産予定日は、大学卒業後になってたんで、とにかくキッチリ就職して、晴れて親子三人暮らせるようにしなくては……という焦りがあったっス。
詐欺紛いの、しかもお年寄り相手に口八丁手八丁で売り付けてくる第一営業課の連中に、半ば騙されて契約したお客さんが、慌てて連絡してきても、クーリングオフ出来ないように契約解除を引き伸ばすのが、第二営業課の役目だったっス。因みに、第三営業係は温泉石担当っス。
布団や浄水器に比べれば、まだ金額が安いとはいえ、中に某有名温泉の効能が凝縮された火山岩、がうたい文句の軽石詰め込んだだけの100均でも売ってるようなメッシュの袋っす。
外装がチープなのは、高級な火山岩をなるべく安くお手頃な価格で販売するため、と言う詭弁を繰り返して、万には届かないとはいえ、原価100円プラスアルファの、全くデタラメなタダの石ころを詰めた洗濯ネットを売り付けて、返品させないようにのらりくらりと電話口で応対する……疲弊しすぎて、良心の呵責も感じなくなってきた頃。
「……キミさ、このままだとヤバいよ?」
電話で納得してもらえず、警察に訴える、と大騒ぎしたお客さんの家に、慌てて伺って、何とか穏便に済ませて貰うようお願いして、返金してきた、その帰り。
ふと、いい匂いがして、そっちを見たら……美味しそうなメニューの並んだレストランが、目の前に。
楽しそうな笑い声と、笑顔の溢れる、店内が見えて。
そう、フレンチ風定食屋の明知屋っす。
そう言えば、昼飯まだだったな……と、ふらふらと店内に引き込まれ……気が付いたら、明知屋名物のひとつ、「和風ハンバーグランチ」を食べていたっス。
……フレンチ風定食屋の看板、必要っスか? 今さらっスが。
でも、うまかったっス。久しぶりに、ちゃんとしたご飯、食べた気がしたっス。
家に帰れば、妻は育児で忙しく、適当に食べて、とテーブルに置かれた冷めたおかずを自分でレンチンして、モソモソとただ、咀嚼してお腹に入れるだけの日々。
そう言えば、もうずっと前から、妻や子供の顔をしっかり見ていない。
会話も、してない。
そう気が付いたら、ポロポロ涙が出てきたっス。
泣きながらハンバーグを食べて。
「泣くほどうまいだろ、ここの飯は」
突然、隣のテーブルのお客さんが話しかけて来たっス。
「……あのさ、余計なことかも知れないけど、……キミさ、このままだとヤバいよ」
突然、何を言い出すんスか!? この人。
この人……メチャクチャイケメンな、人。
うわっ、芸能人? ちょっと場違いなくらいカッコいい男の人。
「……もう、急にそんなこと言ったら、ビックリするじゃない? スミマセン、この人、ちょっと色々見えちゃって」
「だって、ハルが真っ青じゃないか。それに、こんな若い男の子が可哀想だよ。ハルとそう歳も変わらないだろうに。このままじゃお先真っ暗だ」
「それでも言いようってものがあるでしょ?」
……そう、これが土岐田瑛比古さんと、まだご存命だった美晴さんとの、初めての出会いだったっス。