第12話

文字数 3,344文字

「それじゃあ、見させて貰うからな」
 店の中に戻り、レオンが差し出した剣を受け取って男が診る。
「どう?」
 傍に立つアメリアが男に問う。
「相当無茶させたな。こうも刃こぼれしていると、研ぐだけじゃ駄目だ」
 そう言い、溜息を吐いて男が目頭を押さえる。
「材料が解れば打ち直しが出来るが…」
「解った。調べて来る」
「は?」
 男の言葉にアメリアが即答し、それを聞いて男だけではなくレオンも驚いた。
「材料が解れば良いんでしょ?調べてからまた来るから」
 アメリアの言葉に「調べるって何処で」と男が訊き返す。だが、レオンはアメリアが何処で何をしようとしているのか解った。
「…解った」
 呟いて男がレオンに剣を返す。
「それじゃあ、また後で」
 言って歩き出したアメリアを見詰めながら男が「フッ」と小さく笑う。
「何してるの?早くして」
 アメリアに言われレオンも店を出た。
 向かったのはレオンの知り合いがやっている店だ。
『やはり此処か』
 予想をしていたので驚きもしない。
 レオンが先に中へ入ると、店主の男が直ぐに姿を見せた。
「いらっしゃい」
 男がいつもの笑顔で言った後、レオンの後ろを見て「あれ?君は」と目を丸くする。
「昨日は…すみません」
 小声でアメリアが謝る。
「いや、良いんだ。それにしても、昨日の今日でもう仲良くなっているなんて驚いたよ」
「仲良くなんてなっていません。そんな事より、お願いが有るんです」
 言ってアメリアがレオンを見た。
「お願い?」
 訊き返して男もレオンを見る。
「これを新調したいんだが、材料が解らないと出来ないと言われたんだ」
 レオンがそう言うと、男はそれだけで何の頼みなのか察し「なんだ。そんな事か」と笑った。
「今は依頼も何も無いから使って良いよ」
「え?」
 男の言葉にアメリアだけが眉を顰める。
 そんなアメリアに男が笑みを返す。
「だって、君は分析するの得意だろ?たぶん、僕よりも腕が良いし。それなら、僕がやるより君がやった方が良いんじゃないかな?」
 笑顔で何を言っているのか。
「面倒臭いからってやらせようとしてません?」
 疑うアメリアに男が笑顔のまま「そんな事はないよ」と笑って言う。
 笑顔を浮かべたままの男をアメリアは睨むように数秒見据えた後、諦めたように溜息を吐いた。
「お邪魔します」
「うん。道具は全部自由に使って良いからね」
 アメリアが歩き出し、レオンの横で足を止め「ん」と言って右手を出した。
 レオンは一瞬何か解らなかったが〝剣を渡せ〟という意味だと察し、腰の剣をアメリアに渡した。
 受け取ってアメリアが作業場へと向かう。
「リマも待っていて」
 アメリアに言われ、リマが「はい」と返事をして肩から離れる。
 1人作業場に入って行くアメリアを見送ると、男が「ふふ」と笑った。
「お前が誰かを作業場に入れるなんて、よく考えれば初めてだな」
 レオンの言葉に男が「そうだっけ」ととぼける。
「君は、魔法学とかについては全くだよね」
「馬鹿にしているのか?」
「馬鹿にはしてないよ。ただ、自分がやれる事以外の事は全く知らないし、調べもしないのは昔から変わってないなぁと」
「やはり馬鹿にしているだろ」
 いつもと同じ感じで話せば解らないとでも思ったのだろうか。
 横目で睨むレオンに「少しね」と言ってから一息吐き「君達騎士団が使っている物だけど」と話を戻す。
「国から渡される物には、精霊の加護が掛かっているんだ」
「精霊の加護?」
 そんな事、レオンは聞いた事が無かった。
「そう。剣にしろ盾にしろ、戦えば壊れるだろ?」
「まぁ、物はいつかは壊れるだろ」
 レオンの言葉に、男がまた溜息を吐く。
「確かに物はいつか壊れるよ。そうじゃなく、武器屋とかで売られている物は、例え小型の魔物を倒せたとしても、大型の魔物を倒すとなると壊れる可能性の方が高いんだ。それは、大型の魔物の方が力が強いから。それに耐えられるほどの強度にしようと思っても、物質を合成するだけでは足りないんだよ」
 男の言葉に「魔物と呼ばれる生き物が巨大化するのは、自然の力を吸うから」とリマが言った。
 男が頷き返し、近くの棚に置いている、自分の作った商品に目を向ける。
「自然の力を吸うという事は、精霊の力を取り込んでいるのと同じだ。それを討伐するとなると、こっちも精霊の力を宿していないと、全く攻撃が効かないんだよ。だから、僕の作るこれらも、巨大な魔物に対しては弱い」
 言って男がリマを見る。
「妖精の加護というモノも有るけれど、精霊より弱い。なのに、精霊を捕まえて加護を付与させる奴等もいる」
 それを聞き、リマの表情が蒼褪め、逃げるようにレオンの許へ行き、首元に抱き付いた。
 微かに震えている。
「ごめん。怖がらせてしまったね」
 苦笑して男はそっとリマを撫でた。
「大丈夫。僕はそんな事考えていないし、しないよ。それに、君に手を出したら、彼女に殺されそうだからね」
 確かにアメリアに関しては出逢ったばかりで何も知らないが、怒らせたら解らない。
 前々から男は時折変わった事を言う奴だ。
 彼にしか見えていない何かが有るのかも知れない。
「ごめんなさい…。昨日…怖い事が有ったから…」
 少し泣きそうになりながらリマが言う。
「そうか。本当にごめん。あ!あそこに紫の石が有るだろ?」
 言って男が入口のそばを指差す。
「あそこで休むと良いよ。前に来たお客さんの妖精が、あれは妖精を癒す物だって教えてくれたんだ」
 それを聞き、リマが「すみません」と言って石へと飛んで行き、石に座ると目を閉じた。
「話を戻すけど、君の剣にも精霊の加護が掛かっている」
 男が真顔になり、アメリアの入って行ったドアを見据え小声で話す。
「僕が分析を断ったのは確かに面倒臭いからだけど、ちゃんとした理由が有るんだよ」
「え?」
「この世界に精霊が幾つ…いや、何人存在しているのか誰にも解らない。精霊の加護を特定するには熟練者でもかなり時間が掛かる。僕は師匠に加護を解けたとしても、もう一度付与する事は不可能に近いって教わった」
 物を作る者はまず誰かに弟子入りをし、そこで腕を磨いてから自分の店を持つ。
 男の師匠はかなり物知りだったらしい。
「僕は精霊や妖精を見る事が出来ても、加護を掛けた精霊を特定する事までは出来ない。だから、加護を解いて分析する事が出来ないんだ。だから面倒臭いって言った」
「それなら、出来ないと言えば良かっただろ」
 レオンの言葉に男が「面倒臭いっていう方が良いかなって」と笑う。
「後でまた来れるかな?」
 男の問いにレオンは断ろうと思ったが、彼の目が真剣なのに気付き「解った」と頷いた。
「良かった。それじゃあ待っているよ。いつも通り、店は閉めても鍵は開けておくから」
 呆れて溜息しか出ない。
「前々から言っているが、何があるか解らないんだから鍵は閉めておけって」
「大丈夫!強盗か何かが来ても、此処に有る物で対処するから」
 その自信は何処から来るのか。
 彼らしいとは思うが、少しは防犯対策もしてもらいたいものだ。
 少しして作業場へと繋がっているドアが開き、アメリアが出て来た。
 何故かマントを脱ぎ、脇に抱えている。
 マントで剣を包んでいるのだ。だが、それ以外の事でレオンは驚いた。
 黒の半袖なのは構わない。
 驚いたのは腕だ。
 両腕に大きな切り傷が付いていた。
 古傷だろうが、あまりにも痛々しい。
 隣の男も傷を見て驚いている。
「あぁ…。これ?」
 驚いている事に気付いたアメリアが自分の腕を見て言う。
「昔ちょっと、デカいのを相手にした時にね」
 平然と言うが、それほどの傷を負わせる魔物を相手にして生きていたのが奇跡だ。
「そんな事より、鍛冶屋に戻ろう」
 言ってアメリアが歩き出し、石の上で寝ていたリマを突いて起こす。
「加護が掛かっていたはずだけど」
 男の言葉にアメリアが「そうなんですか?」と訊き返した。
「騎士団の使用する物には必ず精霊の加護が掛けられている。それを解かない限り、簡単に調べられる筈がないんだけど」
「そうなんですね。普通に出来たので全く気付きませんでした」
 どことなく疲れたような声で言ってアメリアが店を出て行く。
「それじゃあ、また後で」
「うん」
 レオンの言葉に男は応えたが、何処か上の空だった。

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