第75話

文字数 2,721文字

「一か八か!」
 言ってアメリアはポーチから小瓶を取り出すと男の方へと放り投げた。
 触手がそれを叩き割る。その瞬間、中の液体が気化し、周囲に白い煙が立ち込た。
 考えるよりも先にアメリアは動いていた。
 駆け出し、煙の中へと飛び込む。
『地より生まれし神リヴィウス』
 心の中で唱えつつ右から迫る気配に身を屈める。
 その瞬間、頭上を何かが物凄い速さで通過した。
 見えないが触手で間違い無い。
『空より生まれし神ターニアス』
 何も見えない中、気配に集中しながら唱えるのはかなり難しい。
「つっ!」
 触手が頬を掠めるが、気を引き締め直す。
『摂理に反し産まれたモノを還す為、その力を使う事を許したまえ』
 嫌な気配が集中している場所に向かってメルセアを構える。
 地面が光り、何重もの陣が浮かび上がる。
「これならどう!」
 言ってメルセアを地面に叩き付ける。
 叩き付けた部分から光の風が巻き起こり、当たりの白煙諸共吹き飛ばし、白い風が男に纏わり付いていた黒々とした物体を切り刻み、散った物体が一瞬にして灰となり消えた。
 黒々とした、四肢を失った胴体だけが宙を舞う。
 その中心、胸部であろう部分に〝ソレ〟は有った。
 あの物体と同じく、悍ましい色をした魔石。
 それはアメリアも見た事が無かった。
『あれを壊せば!』
 そう考えるのと同時に体は動こうとしていたが、アメリアよりも先に何かがその魔石を砕いた。
 魔石を砕いたのは魔力を込めた剣だった。
「ア"…ア"ア"アァアアア!」
 四肢を失った男が叫び声を上げ地面へと叩き付けられ、その傍らに剣が突き刺さる。
 自分の体が砂となって散っていくのを見ながら、男が「何でだ!何で!」と叫び、辺りを目だけ動かしながら何かを探し始めた。
「おい!何処かで見ているんだろ!」
 誰かに対し、男が叫び続ける。
「どういう事だ!これさえ有れば強くなれると言ったのはお前だろう!やっぱりお前も騎士団の奴等と同じく、俺を騙したんだな!おい!出て来い!」
 アメリアの横を通った人物が男の前へ行き、落ちていた剣を拾い上げる。
 それはレオンだった。
 彼がコアを見て咄嗟に剣を投げて破壊したのだ。
「く…そ…」
 男の声がしなくなった時、男の身体は全てが灰となって散った。
 剣を鞘に納めたレオンが振り返り、アメリアに歩み寄って「大丈夫か?」と問い手を差し伸べる。
「…うん」
 小さく頷き、レオンの手を取って立ち上がると、思いのほか疲労していてふらついてしまったアメリアをレオンは抱き締めるように支えてくれた。
「ごめん」
 咄嗟に謝ってしまったアメリアに、レオンは優しい声音で「無理をするなと言っただろ」と言う。
 本当ならあの魔石ごと消し去りたかったのだが、それをやれる程の力は無かったらしい。
 強度を増した触手と、コアを取り巻くモノを消すだけで精一杯だった。
 古の神の魔法陣をしようしてもあれくらいの事しか出来ない。
 師匠であり、もう1人の母だった彼女なら出来たのだろうか。
「アメリア様!大丈夫ですか?」
 駆け寄って来たリマが心配そうに顔を覗き込んだ。
「…うん。大丈夫」
 何とか笑みを返して騎士団の方を見ると、傀儡化していた者達は元に戻り、アルドはロードに「だから来るなって言ったんだ!」と怒っていた。
 そんなアルドにロードは「私の力不足だ」と申し訳なさそうに言う。
 支えてくれたレオンに「もう大丈夫」と言って歩き出し、怒っているアルドに「ロードは指示を出していないと思うよ?」と止めに入った。
「え?」
 怒りつつも、アルドがアメリアの方を向き、もう一度ロードを見る。
 無表情のままながらも、少し動揺したようにロードが目を泳がせた。
「申し訳ありません!」
 そう言って騎士団員の一人がアルドに向って深々と頭を下げた。
「集会が開かれ、何かの取引がされると解っているのに、何もしないというのが堪えられず動いてしまったのです!他の者達は私に従っただけです!命令違反をしたのは私です!責任は全て私が負う覚悟です!どうか、隊長や他の者達は責めないで下さい!お願いします!」
 深々と頭を下げ、剣まで地に置いた騎士に、ロードが「隊長である私の責任だ」と言う。
「ですが!」
「待った!」
 終わりそうもないのでアメリアが止めに入ると、全員がアメリアの方を見た。
「まだ終わっていないんだから話は後」
 アメリアの言葉に皆が不思議そうな表情をする。
 変な物を手に入れ、暴れていた男は倒した。
 それなのにアメリアがまだ終わっていないと言ったのだから意味が解らない。
「この町では誘拐事件が起きているって言っていたでしょ?誘拐された人達を捜すのが先決じゃない?それとも、捜索は私達がやるから、貴方達は責任問題について話し合う?」
 アメリアの問いに騎士達が顔を見合わせるも、誰一人として何も答えない。
「貴方達が来なくても彼等はアレを手に入れて暴れていた。それに…もし責任が誰かに有るとするなら、それは力を求めたが故に呑まれたあの男…」
 あの男の姿が一瞬、嘗て仲間を全て奪った男と重なった。
 あの男の過去をアメリアは知らない。しかし、力を得たが故に犯した罪は知っている。
 忘れてはならない罪。
 それはアメリアにも有る。
 大戦によって大切なモノを失ったのは自分だけではないというのに、それによって世界が変わってしまったというのに、それから目を逸らし、独り閉じ籠っていた。
 罪の償い方など知らない。
 それでも、唯一見付けた希望だけを求めて再び旅を始めた。
「ふぅ…」
 深く息を吐き、気持ちを落ち着かせて元に戻った村人達の方へと向き直る。
「さて…。あんな事があった後だけど…。貴方達はまだ戦う?」
 問い掛けに男達は蒼褪めた顔で首を横に振った。
 先程の戦いで戦意など残っていないのだろう。
 それに中心人物だったらしい男がいなくなり、老人も戦う事を望んでいない。
 言葉に踊らされていただけなら、自ら戦おうという者はいないのだ。
「それじゃあ、幾つか質問が有るんだけど」
 アメリアの言葉に男達が息を呑み、警戒しているのを見てアメリアは「本当に質問するだけだから」と苦笑し、男達に質問を始めた。
 質問といっても簡単な事だ。
≪1≫誘拐事件が起きたのはいつからなのか。
≪2≫誘拐された人達の年齢、性別。
≪3≫誘拐されたらしい人達の捜索は騎士団も行っていたのか。
≪4≫何処を捜索したのか。
 たったこの4つだ。
 アメリアの欲しかった情報は2つ目と4つ目だ。
 その他は捕捉で訊いたにすぎない。
 男達は顔を見合わせると、その中の一人が「誘拐ではないかという話になったのは5カ月ほど前の事だ」と1人が話し始めた…。

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