第32話

文字数 5,766文字

―パァアアン!
 破裂音と共に光が弾け、ソレが姿を現した。
 見た目は人。
 12歳くらいの子供に見える。けれど、足と手は植物の根のようになっており、ぼさぼさの髪は身長よりも長く地に着き、蒼白い肌、双眸は充血しているかのように赤い。
「ウゥウウウウ」
 ソレが唸り声を上げ、ロード達の方へ飛び掛かった。
 ロードが剣を抜き、防御の構えをした時には目前に迫っていた。
『速い!』
 剣で敵の突き出した手を受け止めるも、凄まじい力で押される。
 体を僅かに逸らして受け流す。
 均衡が崩れた事で敵がよろめく。
 その隙を見逃さず剣を振り下ろした。
 筈だったが、敵の髪が生き物のように蠢き、素早い動きでロードの腹部を叩き、そのまま弾き飛ばした。
 体が壁だった物に叩き付けられ、一瞬息が止まった。
「兄上!」
 アルドが叫ぶ。
 何をしようと、どんな事が有ろうと、アルドは〝兄上〟と呼ぶ。
 それがどれ程ロードを苛立たせるか解っていない。
『早く剣を構えろ!』
 そう言いたくても先程の攻撃で声が上手く発せられず、掠れてしまったうえにとても小さかった。
 敵が再び動いた。
 次に狙ったのはアルドだ。
 敵が子供とでも思っているのか、攻撃を躱すだけでアルドは剣を抜こうとしない。
『こんな時まで…。あの愚弟が!』
 苛立ち、ふらつきながらも立ち上がった時、敵の足元の地面が割れ、土が相手の手足に巻き付いて動きを止めた。
「これでやれるでしょ?」
 声がし、見るとミゼラが魔石を使っていた。
 その隣にレオンとアメリアが立つ。
 レオンに支えられているアメリアは目隠しをしいる。
 何があったのか。
 騎士団の男達は驚愕しながらアメリアを見る。
 目隠しをしている彼女には解らない。
「それはもう精霊じゃない!心臓は胸の中心に在る!それを壊して!」
 アメリアが叫ぶ。
『どうしてそのような事が解る』
 一体彼女に何が見えているのか解らない。
「解った!」
 アルドが応え、アメリアを支えていたレオンも剣を抜いて駆け出す。
「…くっ…」
 歯を食いしばり、剣を握りなおしてロードも駆け出した。
 レオンの剣を髪で受け止め、後ろから切り掛かったアルドを足で払う。
 その瞬間にロードは懐に飛び込んだ。
 敵が体を捻って躱そうとするのを、レオンが頭を掴み、アルドが背中を蹴って阻止する。
 正面に向かってロードが突きを放つ。
「オォアアアアアア!」
 突然敵が咆哮を上げ、風が吹き荒れ、3人と自分を捉える土を吹き飛ばす。
「これならばどうだ!」
 厳つい顔の騎士が言って剣先を敵の方へ向け構える。
 剣先に光が集まり剣先から剣全体へと広がり、手を伝って男の体を覆う。
「うおぉおおお!」
 雄叫びを上げ、男が一歩踏み出し、敵に向かって跳んだ。
 光の一閃が敵に放たれ、男が敵を通り越して止まる。
「有り得ん…」
 男の呟く。
 持っていた筈の剣は跡形も無く消えていたのだ。
「アルド!こっちに来て!」
 アメリアに呼ばれアルドが駆け寄る。
 それを追うように動いた敵をレオンが足止めをする。
 ロードも再び敵に飛び掛かった。
 体術さえ躱される。
 ミゼラが魔石を使って火弾を放ち、レオンとロードは飛び退いて躱し、ミゼラの放った火弾が直撃するも、敵は声も上げず、地面から水が噴き出して敵を覆っていた火を打ち消した。
「何でも有りなのか?」
「勝てるのか…あんなの…」
 立ち尽くしている騎士達が諦めたような事を口にする。
 それでも剣を手にレオンは立ち向かい、ミゼラも攻撃を止めない。
 一度撤退し、策を練ってから出直すべきだ。
 そう考えるロードとは違い、アメリア達は今此処で倒したいのか必死になっている。
「撤退だ!列を組み王都まで引くぞ!」
 ロードの言葉に騎士達が馬の方へ駆け出すも、アメリア達は動こうとしない。
「聞こえなかったのか!撤退だ!」
 もう一度叫ぶも、アメリア達は何も言わない。
 明らかに無視をしている。
「聞け!」
 爆音の中叫んだロードの耳に届いたのは「煩い!」というアメリアの声だった…。

 アメリアに呼ばれてアルドが駆け寄ると、アメリアが腕を引いて自分の方へと引き寄せた。
 その時にアルドはアメリアが布で目を隠している事に気付いた。
「どうしたんだソレ!」
 驚き動揺するアルドにアメリアは「何でもない」と平然として答える。
「何でもない訳が無いだろ!どうしたんだ?」
「アメリアが何でもないって言うなら信じなさいよ!今はアレを倒す事に集中して!私の魔石にだって限界が有るんだから!」
 2人の前で攻撃と防御を魔石で行っているミゼラが怒鳴る。
 そう言われてもアルドは心配でならなかった。
 何が有ったのか解らないが、怪我をして欲しくない。
「剣に魔法を付与する。その状態で剣気を放って」
 小声でアメリアが言う。
 アメリアの事が気になるも、今は敵を倒すのが最優先だ。
「…解った」
 頷いてアルドは剣をアメリアに差し出し、アメリアの手を取って剣身に触れさせた。
「‥‥」
 アメリアは何も言っていない。しかし、剣身が蒼白く光った後、赤黒い光へと変化した。
 爆音に混じってロードが「撤退だ!」と叫んでいるのが聞こえたが無視する。
 禍々しい色の光だが、見た目に反してそれはとても優しい感じがした。
「ふぅ…」
 深呼吸をして剣柄を握り締める。
「ミゼラ。もう一度捕まえられる?」
 アメリアの問い掛けに、ミゼラが余裕の笑みを浮かべ「任せなさい!」と言って紫と黄色の結晶を取り出し、握り締めると拳から紫の稲妻が放たれた。
「はぁあああ!」
 ミゼラが気合を入れて拳を地面に叩き付け、それと同時にアルドは駆け出した。
 再び敵の足元の地面が裂け、中から紫の稲妻と合わさった土が飛び出し、大蛇のように巻き付く。
「ガァアアアアアアア!」
 敵が縛られ苦しみ声を上げる。
 その懐にアルドが踏み込んだ。
「ふぅ‥‥」
 息を吐き、焦る気持ちを落ち着かせ、心臓の有るであろう部分を見据え、右足に力を込めると、踏み出すのと同時に突きを放った。
 剣気と混ざった光が敵の胸を貫く。
 赤黒い光が炎となって敵の体を包み、一瞬にして敵の体は灰となって散った。
 再び流れ始めた風が灰を何処かへと運んで行く。
「ふぅ…」
 一息吐いたアルドの耳に「アメリア!」とミゼラの慌てる声が聞こえ、驚いて振り返るとアメリアが座り込んでいた。
 戦闘が終わるまで上空にいたらしいリマも慌ててアメリアの許へ向かう。
 アルドも駆け寄り触れようとしたが、レオンが先にアメリアの肩に触れて抱き締めた。
 伸ばそうとした手をゆっくりと下し、レオンに支えられているアメリアを見詰める。
「大丈夫…。少し眩暈がしただけ」
 苦笑してアメリアが言う。
 大丈夫そうには見えない。
 それなのにレオンは「そうか」と言ってゆっくりと立ち上がらせる。
「馬車で休ませよう」
 アルドの提案にミゼラが「そうね」と頷き、レオンがアメリアに「歩けるか?」と問う。
「大丈夫だってば。熱だって出てないでしょ?」
「駄目です!」
 1人で歩こうとするアメリアにリマが怒って風で押し返し、転びそうになったアメリアをレオンが抱き留める。
「少し風に煽られただけで転びそうになるのは大丈夫ではないという事です!ちゃんと休んで下さい!」
 リマの言葉に、アメリアが諦めたように溜息を吐いて「解った」と頷いた。
「そうだ。アルド?」
 初めてアメリアに名前を呼ばれてアルドの心臓は跳ねた。
 いや、そういえば戦闘中に呼ばれた。
 疲れているからか、声が掠れている。
 アメリアは具合が悪そうなのに、名前を呼ばれた事に喜びそうになったが、堪えて「なんだ?」と訊き返す。
「怪我はしていない?」
「あぁ。大丈夫」
「剣に罅は入っていない?」
 訊かれて剣の状態を確認して「大丈夫。欠けてもいない」と答えると、アメリアは安堵したように「そう」と呟いた。
「待て」
 馬車へと向かおうとしたアルド達をロードが前に立ちはだかって止める。
「兄上。そこを退いてくれ」
 アルドの頼みにロードが「話が先だ」と言ってアメリアを見る。
「休ませるのが先だ」
 言い返してレオンが歩き出したが、今まで動かずにいた騎士達が立ち塞がり邪魔をした。
 何を言おうと退かないつもりだ。
「アレの事もお前は知っているようだな」
 ロードがアメリアを見据えて問う。
 その問いにアメリアが小さく溜息を吐く。
 アルドには〝疲れているんだから先に休ませろ〟と言っているように感じた。
「アレは一体何だ?気配は精霊と同じだったが」
 ロードの言葉にアメリアが溜息を吐き「アレは精霊だったけど、精霊ではない存在となったモノ」と答えると、目を覆っていた布を外してレオンに渡した。
 レオンが俯いたままのアメリアの顔を覗き込んで「大丈夫そうだな」と言って前を向く。
 アメリアも前を向き、訝しげなロードを見た。
「アレは精霊が負の力…闇の力に呑まれた姿。此処へ来た時に、私が精霊の気を感じなかったのは、偶然にも精霊が呑まれた場所に立っていたから」
「精霊が闇に呑まれる事など無い!」
 厳つい顔の騎士が言い返す。
「それが有るの。その証拠がさっきの奴」
「精霊なら、他に方法が有ったのではないか?」
 ロードがまた問い、アメリアが呆れたように溜息を吐く。
「元に戻せるなら私だって助けてる。けど、あれだけ侵食されて、自我も無くなっている精霊を戻す事なんて出来ない。出来る事は1つ…。消す事…。殺すしか…方法は無い」
「何故そう言い切れる」
 他にも方法が有り、精霊は闇に呑まれる事が無いと思っている事に溜息しか出ない。
「本当に昔の事が書かれた書物を読まないんだね」
 呆れて言った私に、厳つい顔の騎士が「何だと?」と苛立ち詰め寄ろうとしたのをロードが止める。
「アレも何かに書かれているという事だな?」
 ロードの問いに「そういう事。何なのか知りたいなら自分で調べて」と言って歩き出す。
 その後にレオン達が付いて来るが、ロードは一歩も動かない。
 そんなロードに、アルドが「兄上?」と声を掛けた。
「私は此処まで案内をしただけだ」
 此処から先は共に行かないという事だ。
 それを聞いてアルドは寂しげな顔をしたけれど、何も言わず背を向けて歩き出した。
 荷馬車に戻り、今度はアルドが手綱を持つ事に。
 それにしても解らない。
 この地にいる精霊を知っているが、簡単に闇に呑まれるような者ではなかった。
 何か原因が有り、その隙を突かれたとしか考えられない。
 それに加え、精霊に心臓など存在しないのに心臓が存在した。
 何者かが心臓を与え、闇に堕としたと考えるべきだ。
「アメリア?」
 呼ばれて顔を上げると、アルドが不思議そうに見ていた。
「聞こえてた?」
 ミゼラに訊かれ「何が?」と訊き返す。
「これからどうするかという話だ」
 レオンが言う。
 どうやら考え事をしていて周りの声が聞こえていなかったらしい。
「……ミレニウス大神殿に行く」
 悩んだけれど行くしかない。
 それを聞いてアルドが「解った」と頷いて前を向く。
「ミレニウス大神殿って、4国の中心に在るっていう大神殿よね?」
 ミゼラの問いに頷き返す。
 ミレニウス大神殿は、ララム、シュヴェル、モルヴォク、ラジェードという4つの国に囲まれた神殿だ。
 嘗て4つの国は同じ精霊を祀っていたけれど、考え方などが違う事で争っていた。
 まともな考えを持っていたのはララムだけ。
 それ以外の国の王は精霊の力を利用する事しか考えていなかった。
 流石に首を突っ込むべきではないと私も恋人を止めようとしたけれど、彼は勝手に首を突っ込んで私達を巻き込んだ。
 私と仲間達は呆れたけれど、それでも彼らしいと笑って、面倒だったけれど3国を相手に、ララムの騎士、魔師達と共に戦った。
 その時の事を想い出して「ふふ」と笑ってしまった私にレオンが気付き「なんだ?」と問う。
「何でもない…。ただ…想い出して…」
 小声で答える。
「そうか」
 言ってレオンが少し私の方に寄る。
「少し眠っていろ。疲れただろ」
「うん…。ありがとう」
 レオンにお礼を言い、寄り掛かって目を閉じた。
 自分で思っていたよりも疲れていたらしく、私の意識は直ぐに夢へ落ち、とても懐かしい夢を見た。
 昔の仲間達と共に酒場で笑って騒いでいる夢…。

「変わりましたね」
 眠ってしまったアメリアを起こさないようにリマが小声で言う。
「そうか?」
 レオンにはよく解らなかった。
 出逢った頃より表情が明るくなり、よく甘えてくれるようになったとは思うが、何処かまだ壁を作っている感じはする。
「最初アメリア様にお逢いした時に比べると、だいぶ変わりました」
 リマの言葉にミゼラが「最初はどうだったの?」と訊く。
「私が少し離れると言っただけでも心配そうで、笑う事も滅多に無くて、話していない時は感情が無いような顔をしていたんです。辛そうな顔をしても、その理由を話してくれませんでした。でも今は…凄く楽しそうです」
 言ってリマがそっと顔に触れる。
「アメリア様…。仲間が増えた事を面倒臭そうに言っていましたけど、本当は嬉しいんだと思います。そうじゃなかったら、この人は1人で行ってしまうから」
「そうだな。俺も一度置いて行かれた」
 レオンの言葉にリマが笑う。
「なんか…不思議な子よね」
 ミゼラが言って眠っているアメリアを見る。
「話していると…不思議と何でも話してしまう。操られていたにせよ酷い事をしたのに平然とした顔で赦してくれて…。もし男だったら惚れてたわ」
「僕なんてどう?」
 アルドが前を向いたままミゼラに問う。
「顔は良いけど性格がタイプじゃない」
「酷い!」
 即答されてアルドが落ち込み、リマがアルドの許へ行き頭を撫でる。
 アルドは本当にアメリアの事が好きなのだろうか。
 アメリアに関してはそういった感じは無い。
 アルドの距離が近すぎるのだ。
「フッ」
 ミゼラに笑われ「なんだ?」と訊き返す。
「何でもな~い♪」
 楽しそうに言ってミゼラが前を向く。
 レオンは意味が解らず溜息を吐き、眠っているアメリアを見た。
 何か楽しい夢でも見ているのか、微かに笑っている。
 その寝顔を見ているとレオンも少し眠たくなり目を閉じた。
 1人にしないでと泣いて縋って来たアメリアの姿が脳裏に過ぎる。
『一人になんてしない…。絶対に』

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