第37話

文字数 5,221文字

「アメリア様ー!起きて下さーい!」
 リマの声にゆっくりと目を開ける。
 まだ思考がはっきりとしていない。
 昨日の事を微かに思い出し、慌てて体を起こして反対側を見ると、レオンの姿は無かった。
「レオンさんなら、先に起きて出て行かれましたよ」
 言ってリマが固まっている私の顔を覗き込む。
「リマ」
「はい?」
 首を傾げるリマに、私は「この事はミゼラとアルドには秘密にして」と言った。
「どうしてですか?」
「どうしても…。良い?」
 私から鬼気迫るモノを感じたリマが、笑みを引き攣らせながら「はい」と頷く。
 不安だ。
 リマは驚くくらい正直だ。
 悪く言えば口が軽い。
 本人に悪気は無くとも、うっかり言ってしまいそうで不安だ。
「絶対に言わないでね」
 もう一度釘を打ってから立ち上がり、支度を整えて部屋を出た瞬間、再び私は固まってしまった。
 レオンが部屋の前で待っていたのだ。
「お…おはよう」
 何とか言葉を絞り出す。
「あぁ」
 短く答えたレオンが出入口の方へと歩き出し、そこで待っていたミゼラとアルドが私に手を振る。
 歩み寄った私にミゼラが「おはよう!」と明るく言う。
 動揺が顔に出ていないか気になりつつ「おはよう」と返す。
「おはよう」
 アルドが言って私の顔を見詰める。
「何?」
 訊き返すと、アルドは真剣な面持ちで「少し顔色が悪いみたいだけど」と言った。
「そう?」
「体調が悪いならもう少し休んでも良いんだよ?」
 心配するアルドに「大丈夫だよ」と答えて外に出ると、朝日が眩しくて目を細めた。
 ララムまではまた6日は掛かる。
 ミレニウス大神殿に寄るとしたら一週間と二日くらいだ。
「こう見ると結構高いな…」
 下を覗き込んだアルドが言う。
「そういえば、宿代…」
 私の言葉にレオンが「払っておいた」と言って梯子に足を掛ける。
「あ…ありがとう」
「気にするな」
 言ってレオンが最初に降りて行き、その後に私、ミゼラ、アルドの順で梯子を下りる。
 下に着くと、昨日到着した私達に矢を構えて来た若いエルフが馬に水をあげてくれていた。
 その近くには干し草。
 餌まで与えてくれているとは。
 私達に気付いたエルフが「おはようございます!」と、昨日とは打って変わり、友好的な笑顔で言って駆け寄って来た。
 急に態度を変えられると気持ち悪い。
 疑いつつも「おはよう」と返す。
「昨日は申し訳ありませんでした!準備は済んでいます!道中、お気を付け下さい!」
「あ~。…ありがとう」
 言って荷馬車へと向かい、幌を捲って中を見た私達は絶句した。
 大量の木箱が積まれていたのだ。
「ご安心下さい!保存の利く食べ物と傷薬など、旅で必要な物を揃えました!」
 自慢げに言うけれど、あまり嬉しくはない。
 何とか座る場所は有る。
「この中に…魔道具も有る?」
「はい!」
 ミゼラの問いに、エルフが満面の笑みで答える。
 どうしてこんな大量の荷物になったのだろう。
 私が来たから張り切ったなどという事は有り得ない。
 何か裏が有るのか。
 何にせよ出発しよう。
「今日は私が前ね」
 言って私が手綱を握ると、レオン達は若干木箱で座り難くなっている荷台に乗り込んだ。
 手綱を振って馬に合図を出し、馬がゆっくりと歩き出す。
「お気を付けてー!」
 後ろから叫ぶエルフに手だけを振って応える。
 此処から先は道も少しは整備されているので、荷台を自分達で押す事は無いだろう。
「次はミレニウス大神殿に向かうんだっけ?」
 後ろからミゼラが問う。
「ミレニウスには寄らない事にした」
「そうなの?」
「このままララムに行く」
「どうしてララムへ行くのか聞かせてくれ」
 そう言ったのはミゼラではなくアルドだった。
 明日話すとレオンにも言っていた事も有り、昨日エルフ達と話をした事、精霊の力を借りて精霊が魔物化した原因と、その時に見た物を話した。けれど、あの事だけは話せなかった。
 あの男。
 ヴェクトルの声が聞こえた事だけは…。
「つまり、その影が精霊を魔物化させて、各地に手を伸ばしているっていう事か…」
 言ってアルドが腕を組む。
「僕達だけでどうにか出来る事ではないと解っていたけれど、各国に協力して貰おうにも、何の証拠も無いからなぁ…」
「地中に這っているっていう負の力だって、消滅させるにしても精霊の力を借りないとならない。もし失敗をしたら精霊を魔物化させてしまうかもしれないとなると、各国の国王は協力してくれないでしょうね…」
「それでも、何処かに核となっている存在がいるはずだ」
 悩むアルドとミゼラにレオンが言う。
 レオンと同じ事を私も考えた。
 いくら負の力を細い糸のように伸ばしたからといっても距離が遠くなれば自然と消えてしまう。
 遠くまで伸ばすとなると、何処かで負の力を増幅させる必要がある。
 その為の核が何処かに存在している筈だ。
 それが魔物化させた精霊だとすると、他にも魔物化された精霊がいる。
 その事を2人に話すと、アルドが「まさか、その核を全て倒すのか?」と訊いて来た。
「さすがに全て倒すとなると時間が掛かり過ぎる。1つの核を消しても、別の場所で核を作られたら何も変わらない」
 私の言葉にミゼラが「ならどうするの?」と問う。
「負の力が強ければ地上に何らかの影響が出る。その影響が強い場所を辿って行けば大元に辿り着けるはず」
「その大元を消せば精霊の魔物化も無くなって、こんな事をした犯人も解るかもしれない」
「そういう事。でも、本当に犯人まで辿り着けるかどうか…」
 確証など無い。
 相手はずっとばれないように行動をしていた。
 そんな存在が、道を辿るだけで捕まえられるとは考えにくいのだ。
「悩んでもしょうがない」
 言ってアルドが左隣に来た。
「行けば確実に精霊の魔物化は止められるんだろ?」
「…うん」
「なら、まずはそっちを終わらせよう。他の場所で魔物化していたら、その対処は各国の騎士団に任せれば良い。きっとそこには犯人の情報が残っている筈だから、僕等は犯人を追えば良いんだ。難しい事ではない」
 素の低く穏やかな声。
 不思議と大丈夫な気がして来る。
 いつも前向きに物事を考えるのはアルドの強さだ。
 それが今は心強く感じる。
「そうだね」
「うん…。だから!暗い顔なんてするな!」
 明るく笑いながら言ってアルドが背中を叩く。
 前までの私なら怒って殴り返していただろう。
「これからも精霊とやり合うとしたら、高くても質の良い物を買わないと…」
 ミゼラが持ち物を確認しながら言う。
「お前はどうするんだ?」
 アルドが後ろを向いて問う。
「そうだな…。何か出来る事が有るなら…」
 レオンの珍しく悩んでいる言葉に、私は自然と「属性を付与してみる?」と訊いていた。
 言ってから『あっ』と思ったが遅い。
「そんな事が出来るのか?」
 レオンが問い、私の後ろまで来る。
「そうか。その方法を知っていたからあの時僕の剣に魔法を付与出来たのか」
 感心したようにアルドが言う。
「それなら、私の物にも付与して貰いたい!」
 ミゼラまで傍に来て言う。
「火なら風を付けて欲しいし、雷には水で…」
「僕は風だけで良いかな」
「折角ならもっと良い物にしたら?」
 盛り上がるミゼラとアルドを「ちょっと待って!」と言って止める。
 レオンが右側に座って手を差し出す。
「少しの間お願い」
 言ってレオンに手綱を任せてミゼラとアルドを見る。
「属性付与は確実に成功する物ではないの。失敗すれば付与しようとした物が壊れる」
「魔法で直せば良いじゃないか」
「直す事は出来ない」
 アルドの言葉を即否定する。
 多くの人間が魔法をまるで万能薬のように言うけれど間違いだ。
 魔石を魔道具にする場合、その魔石を融解する為の素材が必要となる。
 魔石と鉄だけで魔道具にする事など出来ない。
 鉄も魔力に耐えられる物でなくてはならないし、組み合わせる魔石によっては融解しない物まで存在する。
 一度融解して作り出した魔道具を再び二つに分ける事は出来ないため、属性を付与する場合、鉄の方に付与する事になる。
 けれどその中には元から有る魔力が存在し、その魔力と同等の物で無ければ壊れてしまう。
 魔法で直せば良いと簡単に言うが、魔法は万能ではない。
 壊れた物を直すには同じ素材を集め、そこからまた作るしかないが、それはもう同じ物ではなくなる。
 もしそれが強力な魔法を扱える物だったとしたら以前の力を失ってしまう。
 師匠に怒られながら何度もやった。
 昔の仲間にも失敗するかもしれないという話をしてからやった事も有る。
 その内の何回かはやはり失敗してしまった。
 だから提案した時にしまったと思ったのだ。
「付与する事は出来る。けど、失敗したら付与しようとした物は壊れて、元に戻す事は出来ない。失敗しても良いって言うならやるよ。けど、壊れたら嫌だっていうならやめた方が良い」
「でも、魔物化した精霊との戦いの時に君は僕の剣に魔法を付与したじゃないか」
「あれは一時的な物で、付与とは違うの」
 私の話が難しいのか、アルドが困惑した表情で「ん~」と唸る。
「兎に角、簡単に付与できると思わないで。付与しようとした事で壊れても私は責任を取れないから」
 言って前に向き直る。
「よく解らないけれど、考えておくよ」
 そう言ってアルドが後ろへ戻る。
「アメリア様でも失敗をする事が有るんですね」
 意外そうにリマが言う。
「私を何だと思ってるの?」
「完全無欠の方かと」
「冗談でも笑えない」
 私の言葉にリマが落ち込み「すみません」と謝った。
 少し冷たかっただろうか。
「ごめん!怒った訳じゃないよ!だから…そんな顔しないで」
 謝ってリマを両手でそっと包み抱き締める。
「リマ泣かせた~」
 後ろからミゼラがからかう。
「もう!ミゼラ!」
 怒る私にミゼラが笑って少し後ろに下がる。
「そうだ!」
 言って立ち上がり、荷台に積まれた木箱の一つを空ける。
 この中に入っているはずだ。
「有った!」
 見付けた物をリマに差し出す。
 それを見たリマが「コレ…何ですか?」と訊き返す。
「ビオっていう果実。これあげるから赦して」
 私の言葉に、リマが自分の顔より少し大きな青紫色の果実を受け取り一口齧ると、一瞬で表情が明るくなった。
「美味しい…。凄く甘くて美味しいです!ミルトよりもこんなにも甘くて美味しいの初めて食べました♪」
 言ってリマが嬉しそうに果実を食べ始める。
「そんなに美味しいの?」
 やって来たミゼラが言って木箱の中を見る。
「どれ?」
 訊かれて「これ」と教えてミゼラに一粒渡す。
 それを食べてミゼラも「美味しい」と呟いた。
 アルドまで来て一粒食べる。
 私は1つ手に取ると、まだ食べているリマをミゼラに任せて前へ戻った。
 レオンの隣に座り「はい」と言って差し出した。
 一瞥したレオンが「俺はいい」と断る。
「もしかして、甘い物は苦手?」
「そうじゃない。ただ、今は要らないだけだ」
「後で食べようと思った時には無いかもよ?妖精って見た目に反して結構食べるから。ララムに着く前には確実に無くなるんじゃないかなぁ」
 からかうように言うと、レオンは私を横目で見た後、小さく溜息を吐いた。
「それなら食べさせろ」
「‥‥‥‥ん?」
 思考が停止した。
『今この男は何て言った?』
 固まった私にレオンが「早くしろ」と言う。
「聞き…間違いじゃ…ない…」
「は?食べさせたいんだろ?それなら食わせろ」
 真顔で言うな。
 自分で何を言っているのか解っているのだろうか。
『食べさせろって…私が?受け取って食べるとかじゃなく?私に口の中へ入れろと?』
 恥ずかしさが込み上げ、自分でも顔が熱くなっているのが解る。
 後ろではミゼラとアルドが他の木箱を開け、中身を見て何か話しているようだったが、動揺し、困惑している私の耳には全く届いていなかった。
「早く」
 急かされ、緊張からか震える手で果実をレオンの口元へと持って行く。
 もう少しで顔の前という所で、突然レオンに手を掴まれた。
「ふえっ!」
 変な声を上げたのと同時にレオンが私の摘まんで持っていた果実を口に含んだ。
 指先まで一緒に…。
「どうかした?」
 声に反応したアルドがそう言った時には、レオンは平然と前を見ていた。
 私だけが恥ずかしい思いをしただけだ。
「な…何でもない!」
 言ってフードを目深に被る。
 心配したアルドが「大丈夫?」と言って顔を覗こうとするのを躱し、立ち上がって荷台の最後尾まで行き、座って膝を抱えて顔を埋める。
『何あれ何あれ何あれ―!』
 あんな事をされたのは初めてだ。
「どうかしましたか?」
 心配するリマに「何でもない」と返すが、何でもなくない。
「おい!あの子に何かしたのか!」
「何も」
 アルドがレオンに怒っている。
 怒るアルドとは違い、ミゼラは「ならどうしてあの子はあんな風になってるの?」とからかうように問う。
 そんな会話を聞いているだけで想い出してしまい、私は尚更顔が上げられなくなった…。

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