第42話

文字数 4,327文字

 力は万能ではない。
 強かろうと弱点は存在し、弱点を突かれれば弱くなる。
 私の力もそうだ。
 最初は師匠に教えて貰った事を応用して魔法を使う事しか出来なかったけれど、仲間と旅をしている間に精霊や妖精と出逢い、色々な事を教わり、力を借りる事で強くなれたつもりでいた。
 仲間達と肩を並べて戦う事が出来るようになったと思っていたのだ。
 様々な事が出来るようになっても、弱いままだと解らないで。
 そんな怠慢が大戦の時仲間達を失う要因になったのだ。
 それと同時に、全ての元凶であったあの男、ヴェクトルによって封じられなければ、仲間達を護る事が出来たのに…。
「力を封じられた事で私の出来る事は制限された。それでも諦めずに戦い続ける事が出来たのは間違いなく、大切な人達と、共に戦ってくれる人達の存在だった。でも、戦いが終わった時、仲間達や大切な人を失って、生きる気力も無くなった」
 想い出に縋って、仲間達と共に過ごした小屋に引き籠って、自ら世界を拒絶した。
 死のうとしても死ねず、どうすれば良いのか解らず、それでも時だけは過ぎて行く。
 そして見付けた恋人の日記で希望を抱き、愚かしくもまた旅をしている。
 願いは変わらない。
「私がさっき使った力は、私の力だけれど、精霊と契約をしているから使える力。ウルファンドは盾で、相手の魔法を吸収し、跳ね返す事が出来る。でも、吸収できる限度は有って、それ以上になると媒体にしている物が壊れる。ミゼラを助けた時に使ったのは、元々師匠が持っていた物で、信用できない人が持って行こうとしたから、半ば私が奪う形で貰ったの」
 あの時師匠の杖を持って行こうとした人物の悔しそうな顔は今でも忘れていない。
―お前もあの時死んでいれば良かったのだ。
 微かに聞こえた声も鮮明に想い出せる。
 こんな事より、仲間と過ごした日々を想い出したいけれど、それも想い出すと胸が痛む。
「私自身が出来る事は限られてる。皆は私を強いって言うけれど、本当の私は皆が思っているほど強くない。精霊と…遺された物が無ければ本当に弱い。それでも…化物っていう事は変わらないかな…」
 一息吐き、空になったカップをテーブルに置く。
「私が秘密にしていたのはこれだけ。だけど、あまり知られたくはない。この心臓を手に入れようとする奴等が現れないと言い切れないから。今話したのは、今後について話をするため」
 言って黙ってしまっているレオン達を見る。
「私は…私の願いを叶えたいから旅を始めた。けど…皆も知っている通り、精霊の魔物化が起きている」
 無視して旅を続ける事だって出来る。しかし、その道を選べば間違い無く後悔するだろう。
 胸に手を当て、想い出すのは昔の仲間達と、どんな時でも前を歩き手を引いてくれた人の姿。
 只の想像なのに、皆が〝それで良い〟と言ってくれているような気がする。
「私は…今起きている事を止めようと思う。精霊を魔物化している元凶を突き止めて、何が目的であろうと終わらせる。女神の遺産を探すのはその後」
 閉じ籠って、誰とも会わないままだったらリマと出逢わず、精霊達に何が起きているのかも知らなかった。そして、大きな事が起きてから更に後悔していただろう。
 ただ壊れ行く世界を見ているだけだった。
「私はこれから止める為に旅をする。皆はどうする?私は普通の人間じゃない。危険な事に首を突っ込む。レオンとアルドは騎士だから自分の団に戻ったって構わない。ミゼラだって、実家に戻るっていう道が有る。リマも…」
「俺達に〝帰れ〟と言うのか?」
 私の言葉にレオンが訊き返す。
 その問いに頭を横に振る。
「今までは〝一緒に旅がしたい〟〝一緒にいたい〟っていう気持ちで旅をしていたでしょ?そうじゃなく、今後…魔物化した精霊や妖精とかを相手に戦う事になる。勿論、人間を嫌っているエルフ族や、人間とだって戦う事が増えると思う。レオンとアルドに関しては、同じ騎士団の人達と戦う事になるかもしれない。そういった事への覚悟は…有る?」
 問い掛けに、レオン達が顔を見合わせる。
「精霊様と…戦う事が増える…」
 リマの呟きに「うん」と頷き返す。
 顔を見合わせ、俯いて考え込む皆を見て、私は「明日には出発する」と言って立ち上がった。
 どういう意味なのか言わずとも皆は解るだろうとは思ったけれど、一応伝えておこう。
「よく考えて」
 言ってティールを見る。
「ジーラ婆さんの家は昔と変わってないの?」
 問い掛けにティールが「ああ。引っ越した方が良いと言っているのに、頑としてあそこを動かない」と溜息混じりに答えた。
 あの人はそうだろう。
「行くのか?」
「うん」
「そうか。私も用事が有る。共に行こう」
 言ってティールが立ち上がり、部屋の隅でじっとしている使用人に「客人を部屋へ」と命令し、使用人が一礼してレオン達に「お部屋へご案内します」と声を掛ける。
 その声にレオン達は顔を見合わせて立ち上がる。
 リマが私の肩に触れたものの、何も言わずにレオン達の後を追う。
 ただ一緒に旅がしたいという理由だけでこの先へ進む事は出来ない。
「あの時と似ているな」
 ティールの言葉に「そうだね」と頷き返す。
 大戦前、私達もとある人に似た事を問われ、このまま旅を続けるかどうか問われた。
 奪われた女神の遺産を取り戻す為の戦いに、旅を続ける以上は必然的に関わってしまう。
 私達は話し合って戦う事を決めた。
 今回はあの時と違う。
 騎士団に任せれば良いのに、私の我儘で厄介事に首を突っ込む。
 本来レオン達には全く関係無いのだ。
 本当に彼等を巻き込みたくないのなら此処に置いて1人で先へ進めば良い。
 それなのに彼等に選択を任せてしまった。
「私達も行こう」
 ティールの声に頷き返し、2人で部屋を後にする。
 ドアを開け、外に出るとティールに「変わったな」と言われた。
「そう?」
「ああ。以前のお前だったら自分から厄介事に首を突っ込もうとはしなかっただろう。出来る事なら避けようとしていた。しかし、先程皆に今後について問うている姿は、まるで彼が話しているように見えた」
 ティールの言う〝彼〟は間違いなくアーレンの事だ。
「何て言えば良いのかな…。確かに、前の私だったら、自分から厄介事に介入するのは嫌だった。あの頃は道を歩いているだけで喧嘩とか争いに巻き込まれるような時代だったから、そういう事が嫌になってたのも有る。でも、今は違う。色んな種族が共存する世界‥。こんな世界になったら良いなって願っていた世界で生きてる」
 言いながら辺りを見渡す。
 すっかり夕暮れを終えて夜だ。
 町の明かりが温かい。
 この光の中には色んな人達が暮らしている。
「昔みたいに互いを憎しみ合う人達もいるけど、それでも…こうして共存しているのを見ると、やっぱり嬉しくなるんだ…。だから…これを壊そうとしてる存在がいるなら止める。理由はどうであれ、あんな事をしたって誰も幸せにはならないって…。もし此処にアーレンがいたら…止めようとするだろうから…。私は…あの時彼を…皆を護れなかった。それでも…想いだけでも…護り続けたい…」
 言って苦笑し、ティールを見て「今更だけどね」と言うと、ティールは再開して初めて少し寂しげな表情をした。
「さて!ジーラ婆さんの所へ行こう!これ以上遅くに行くと怒られちゃう!」
 明るく言って歩き出した私の後をティールが付いて来る。
「ジーラ婆さんって、あの頃と変わってないの?」
 振り返ってティールに問う。
「会えば解る」
「ほう。つまりそんなに変わってないのか」
 最後に会ったのは大戦より少し前。
 一緒に戦おうとするジーラを皆が慌てて止めていたのが懐かしい。
「あの時、いつもは冷静なティールまで慌ててたから可笑しかったなぁ~」
 笑う私を見て、ティールも笑みを浮かべ「あれで戦場に立つなど無謀だろ」と言う。
「皆が止めてるのに〝アタシはまだまだ戦えるよ!〟って言って引かなくてさぁ~」
「ジーラ婆さんに今回の事を話すなよ?」
「どうして?」
「あの性格だ!解るだろ!」
 今から考えて頭を抱えるティールに対し、私は想像しただけで面白くて笑ってしまった。
 きっと話したらまた共に行こうと言い出すに違いない。
「解った。ただ旅の途中で寄っただけっていう事にするよ」
「そうしてくれ…」
 今から気疲れしてしまっているティールが少し可愛く見える。
「それにしても…また背が伸びた?」
 言ってティールの隣に立ち背を比べる。
「この歳で背は伸びない。縮んだのだろう」
「縮んでません!」
 怒る私にティールが笑う。
 やり返された。
「そんなに背が高いと、彼氏を作るの大変じゃない?」
「残念だったな。旦那がいる」
「え!嘘⁉いつの間に?」
「何年も何処かで引き籠っていたなら知らなくて当然だろう」
 痛い所を突かれ「うっ」と小さく声を上げて胸を押さえる。
「お前こそ、どっちが本命なのだ?」
 その問いに一瞬思考が停止した。
 足が止まり、停まった思考が再び動き出す。
『ホンメイ…とは?』
 私が立ち止まった事に気付いたティールも足を止め「どうした?」と不思議そうに首を傾げる。
「本命…って?」
 訊き返すと、ティールが呆れたように溜息を吐いた。
「お前の仲間に男が2人いただろ?」
「うん。レオンとアルドでしょ?」
 それが一体何だと言うのか。
「名前は兎も角、あの2人のどちらが好きなんだ?」
「どうしてそうなるの?」
 また訊き返すと、ティールが深い溜息を吐いて顔に手を当てた。
「お前は…」
 呆れるティールに「何」と言い返すと、ティールは「もう良い。行こう」と言って歩き出した。
 ティールの後を追う。
 どちらが好きなのかと訊かれても、私はそんな事を考えた事が無い。
 アルドにはずっと好きだと言われているけれど、好きになった理由が〝本当の自分を認めてくれたから〟だと、それだけの理由で好きになられてもと思ってしまう。それでも、時折真剣な面持ちで近付かれると心臓に悪い。
 レオンに関しては、弱音を吐いてしまった相手で、一緒にいて欲しいと願ってしまった相手というのが有る。
 抱き締めてくれる優しさは、きっと私だけに向けられる物ではない。
 無表情で何を考えているのか解らないと言われる事が有るだろうけれど、私からすれば感情を隠している感じなどしない。
 楽しい時には少し笑っているし、辛い時には目を伏せてしまう癖が有って、優しさだって持っている。
『恋愛…』
 考えると、脳裏にアーレンの顔が浮かんだ。
『今でも…君が好きだよ…』
 心中で呟き、前を向いてティールに追い着き、他愛の無い会話をしてジーラの家へと向かう。
 少しだけ湧いた寂しさを笑顔で隠した…。

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