第23話 ウィゼット国王都 イベット
文字数 3,413文字
無言のまま城壁の大門に到着し、男が「開門せよ!」と叫ぶ。
大門がゆっくりと開き、数名の騎士が左右に列を成して出迎える。
「この王都は建国以来魔物に襲われた事が有りませんでした。ですが、近頃狂暴化した魔物の目撃情報と、盗賊の襲撃事件が多発しているのです」
言いながら男が馬繋場に馬を泊め、私とレオンもそこで馬を降りた。
何か起きても漆黒の愛馬なら逃げられるので問題は無い。
すっかりレオンの愛馬と仲良くなったらしく、水を飲むより先に頭を擦り合わせてじゃれている。
「魔物に関しては、目撃情報が有った場所を重点的に見回っているのですが何の手掛かりも無いままです。盗賊の方は何名か捉えましたが、どうやら幾つもの組織が集まっているらしく、全員を捉える事は出来ていません。こうしている間にももっと集まって来ているかもしれない」
話ながら男が歩く。
「そんな話を私にして良いんですか?」
「貴女は旅人だ。何処で盗賊に襲われるか解らないでしょう?なら、出来る限り情報は渡しておくべきかと」
最もらしい事を言っているが、どうもそれだけではない気がする。
通りを歩いていると、飾り付けがされている事に気が付いた。
「そうか。建国祭が近いんだったな」
「自国の事なのに忘れているとは」
レオンの言葉に男が嫌味を返し、私には笑顔で「この道には出店が並ぶんですよ」と話す。
相手によって態度を変える人間は苦手を通り越して嫌いだが、顔には出さないようにして「そうなんですか」と返す。
「この時期に関しては一般も城の一部までなら入る事が出来ます。宜しければ案内致しますよ」
「結構です」
「そうですか…。残念です」
そう言うけれど、顔は全く残念そうに見えない。
暫く歩き、城前の広場に到着すると、男は「また後程」などと言って城の中へと入って行った。
「はぁ~」
疲れて溜息を吐いた私の隣でレオンが「疲れたな」と呟く。
「ほんと…。何なのあの人」
「取り敢えず、昼にしよう」
レオンの提案に、私とリマは「賛成」と声を揃えて答えた。
昼食を終えて建国祭の準備をしている町を見て回る事にした。
裏通りの所にもランプが点々と下がっている。
夜に明かりが灯ると、とても綺麗だろう。
適当に入った店には、アクセサリーや服、ドレスまで売られていた。
「どうしてドレスまで」
私の呟きにレオンが「此処の国民も、さっきの広場で踊るからだ」と言った。
「王族や貴族は城でパーティーを開いて、国民は広場や道端でダンスを踊る。大戦後から出来た風習だ」
それなら知らないのは当然だ。
大戦後ずっとあの家から離れなかった。
世界で何が起きて、どう変わったのかを知らない。
「ドレスを着ているアメリア様を見たいです~♪」
「え!?」
唐突に何を言い出すのだこの妖精は。
ドレスなど着た事が無い。
昔、スカートなら仕方なく穿いた事が有るけれど、ズボンの方が何かあった時に動きやすいので気に入っている。
「今着ているのはズボンじゃないですか。たまにはそういった服を着ても良いと思いますよ?」
「だからってどうしてドレス?」
「綺麗なドレスを着て踊るのを見たいです!」
理由になっていない。
私の気持ちは無視か。
見たいと言われてもスカートもドレスも苦手だ。
「レオンさんも見たくないですか?」
なぜレオンに問うのか。
『興味なんて無いでしょ。…って!興味を持って欲しいとかそういうんじゃないから!』
「まぁ…。そうだな」
「え?!」
私の想像とは真逆の言葉に驚いてレオンを見ると、レオンは真顔で「なんだ?」と訊いて来た。
「いや…。別に…」
何故だ。
てっきり〝興味無い〟と言われると思っていた。
私が逆の立場だったら間違いなく言っている。
「レオンさんはどうするんですか?」
「俺は用事が有る」
「用事ですか?」
「あぁ。城で行われるパーティーに呼ばれている」
レオンは騎士団の団員だが、パーティーに呼ばれたのは何故なのだろう。
「俺が所属しているのは国王直轄の騎士団だ。団長が出席出来ないから代わりに出席する事になっている。ついさっき思い出したんだけどな」
「国王直轄って…。そんな凄い所に所属しているのに、私なんかと一緒にいて良いの?」
問い掛けをレオンが鼻で笑い「良いからいるんだろ」と返して来た。
その言葉で何故か嬉しくなってしまったが、城のパーティーに出席するとなると、その日の夜はいないというのを考えて、少しだけ寂しくなった。
レオンは騎士だ。
昔の話を聞いても態度を変えず、優しくされた所為だ。
昔みたいに、仲間といた頃と同じようにレオンと接してしまっていた。
レオンが付いて来るのはこの国にいる間だけ。
この国を出る時には別れなければならない。
『何か…この感じも久し振りで…嫌だな』
そんな事を考えながら、掛けられている服に手を伸ばし、見ているフリをする。
いつの間にか忘れた筈の感情が、あの夜に戻って来てしまった。
寂しさも…。
「それ。気に入ったのか?」
「え?」
レオンに訊かれ、我に返る。
手にしていたのは淡い黄色のドレスだった。
肩が出るタイプで、二の腕の辺りから肘の辺りまで有る袖はレースになっていて、よく見ると花柄になっている。
腰の所には紐が付いていて、結び目を隠すのに赤い花の飾りが有る。
「違う!たまたま手に取ってただけ!」
言ってドレスから手を放す。
「貴女にはこちらの方が良いかと」
声がした後、横から黒にも見える青いドレスが差し出された。
袖が無い物で、胸の辺りから腰までには白の糸で蔦や葉が描かれ、スカートにはレースが重ねられ、所々にパールが付いていて、まるで星空のような感じだ。それと、同色のストール。
「パーティーは明日の夜。その時、このドレスを纏った貴女を見たい」
差し出して来た人物が言って顔を覗き込んで来た。
ロード・ウォーラだ。
「パーティーに興味有りませんから」
そう言ったけれど、男は「珍しいワインも出ますよ?」と食い下がって来る。
「私は招待されていません」
「招待状は必要有りません。お迎えに上がりますから」
「おい」
レオンが低い声で言って私と男の間に割って入った。
大きな背中が男から私を隠す。
「迷惑がられている事…解らないのか?」
「そうか?私には少し照れているようにしか見えないが」
何故そう見えた。
私は迷惑でしかない。
態度だって冷たくしていたのに。
「それに、旅人なら興味が有ると思ったのだ」
男がレオンの横から顔を覗かせ、意味深に目を細めて私を見る。
「クレジスタ神殿の倒壊について」
「神殿が?!」
クレジスタ神殿はここ、イベットから更に北東へ進んだ先、ゼリマス山脈の麓に築かれた神殿で、その名の通り、クレジスタという精霊を祭っている場所だ。
精霊の加護が施され、聖域となっている場所が倒壊したなど信じられない。
「倒壊した原因は解っているんですか?」
私の問い掛けに男が「気になりますか?」と訊き返して来た。
何を言いたいのか察しが付く。
解り易い交換条件だ。
答えない私に男が口元に笑みを浮かべ、レオンを押し退け、横に立ち「お待ちしています」と言囁き、店員を呼んで支払いをすると、ドレスを専用のカバーに入れさせた。
「当日、お待ちしていますよ」
言って店を出て行く。
私が何処に泊まる事にしているのか調べるのは簡単なのだろう。
「本当に出席するのか?」
レオンが問う。
「気になるからね」
どうして私にわざわざクレジスタ神殿の事を話したのかも解らない。
旅人なら一度は行きたいと思う場所だから興味が湧くと思ったのか。
それとも別の理由が有るのか。
どちらにせよ、倒壊したというのが本当なら、精霊が無事なのか心配だ。
「それくらいの情報なら俺が聞いて来てやる」
何故だろう。
少しレオンが苛立っている気がする。
「怒ってる?」
問い掛けにレオンが「興味無いと言っていただろ」と言う。
最初は興味無いと言ったのに、行く事にしたのがそんなに悪かったのだろうか。
「レオンも出席するんでしょ?それなら、何か起きても大丈夫だと思うし」
そう言ってレオンを見ると、レオンは呆れたように溜息を吐き「何だ…それ」と呟いた。
「えっと…よく解らないんですけど、パーティーに行くんですか?」
リマの問い掛けに「そうだよ」と答える。
それを聞いてリマは喜んで飛び回ったけれど、私とレオンの間には微妙な空気が流れていた。
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大門がゆっくりと開き、数名の騎士が左右に列を成して出迎える。
「この王都は建国以来魔物に襲われた事が有りませんでした。ですが、近頃狂暴化した魔物の目撃情報と、盗賊の襲撃事件が多発しているのです」
言いながら男が馬繋場に馬を泊め、私とレオンもそこで馬を降りた。
何か起きても漆黒の愛馬なら逃げられるので問題は無い。
すっかりレオンの愛馬と仲良くなったらしく、水を飲むより先に頭を擦り合わせてじゃれている。
「魔物に関しては、目撃情報が有った場所を重点的に見回っているのですが何の手掛かりも無いままです。盗賊の方は何名か捉えましたが、どうやら幾つもの組織が集まっているらしく、全員を捉える事は出来ていません。こうしている間にももっと集まって来ているかもしれない」
話ながら男が歩く。
「そんな話を私にして良いんですか?」
「貴女は旅人だ。何処で盗賊に襲われるか解らないでしょう?なら、出来る限り情報は渡しておくべきかと」
最もらしい事を言っているが、どうもそれだけではない気がする。
通りを歩いていると、飾り付けがされている事に気が付いた。
「そうか。建国祭が近いんだったな」
「自国の事なのに忘れているとは」
レオンの言葉に男が嫌味を返し、私には笑顔で「この道には出店が並ぶんですよ」と話す。
相手によって態度を変える人間は苦手を通り越して嫌いだが、顔には出さないようにして「そうなんですか」と返す。
「この時期に関しては一般も城の一部までなら入る事が出来ます。宜しければ案内致しますよ」
「結構です」
「そうですか…。残念です」
そう言うけれど、顔は全く残念そうに見えない。
暫く歩き、城前の広場に到着すると、男は「また後程」などと言って城の中へと入って行った。
「はぁ~」
疲れて溜息を吐いた私の隣でレオンが「疲れたな」と呟く。
「ほんと…。何なのあの人」
「取り敢えず、昼にしよう」
レオンの提案に、私とリマは「賛成」と声を揃えて答えた。
昼食を終えて建国祭の準備をしている町を見て回る事にした。
裏通りの所にもランプが点々と下がっている。
夜に明かりが灯ると、とても綺麗だろう。
適当に入った店には、アクセサリーや服、ドレスまで売られていた。
「どうしてドレスまで」
私の呟きにレオンが「此処の国民も、さっきの広場で踊るからだ」と言った。
「王族や貴族は城でパーティーを開いて、国民は広場や道端でダンスを踊る。大戦後から出来た風習だ」
それなら知らないのは当然だ。
大戦後ずっとあの家から離れなかった。
世界で何が起きて、どう変わったのかを知らない。
「ドレスを着ているアメリア様を見たいです~♪」
「え!?」
唐突に何を言い出すのだこの妖精は。
ドレスなど着た事が無い。
昔、スカートなら仕方なく穿いた事が有るけれど、ズボンの方が何かあった時に動きやすいので気に入っている。
「今着ているのはズボンじゃないですか。たまにはそういった服を着ても良いと思いますよ?」
「だからってどうしてドレス?」
「綺麗なドレスを着て踊るのを見たいです!」
理由になっていない。
私の気持ちは無視か。
見たいと言われてもスカートもドレスも苦手だ。
「レオンさんも見たくないですか?」
なぜレオンに問うのか。
『興味なんて無いでしょ。…って!興味を持って欲しいとかそういうんじゃないから!』
「まぁ…。そうだな」
「え?!」
私の想像とは真逆の言葉に驚いてレオンを見ると、レオンは真顔で「なんだ?」と訊いて来た。
「いや…。別に…」
何故だ。
てっきり〝興味無い〟と言われると思っていた。
私が逆の立場だったら間違いなく言っている。
「レオンさんはどうするんですか?」
「俺は用事が有る」
「用事ですか?」
「あぁ。城で行われるパーティーに呼ばれている」
レオンは騎士団の団員だが、パーティーに呼ばれたのは何故なのだろう。
「俺が所属しているのは国王直轄の騎士団だ。団長が出席出来ないから代わりに出席する事になっている。ついさっき思い出したんだけどな」
「国王直轄って…。そんな凄い所に所属しているのに、私なんかと一緒にいて良いの?」
問い掛けをレオンが鼻で笑い「良いからいるんだろ」と返して来た。
その言葉で何故か嬉しくなってしまったが、城のパーティーに出席するとなると、その日の夜はいないというのを考えて、少しだけ寂しくなった。
レオンは騎士だ。
昔の話を聞いても態度を変えず、優しくされた所為だ。
昔みたいに、仲間といた頃と同じようにレオンと接してしまっていた。
レオンが付いて来るのはこの国にいる間だけ。
この国を出る時には別れなければならない。
『何か…この感じも久し振りで…嫌だな』
そんな事を考えながら、掛けられている服に手を伸ばし、見ているフリをする。
いつの間にか忘れた筈の感情が、あの夜に戻って来てしまった。
寂しさも…。
「それ。気に入ったのか?」
「え?」
レオンに訊かれ、我に返る。
手にしていたのは淡い黄色のドレスだった。
肩が出るタイプで、二の腕の辺りから肘の辺りまで有る袖はレースになっていて、よく見ると花柄になっている。
腰の所には紐が付いていて、結び目を隠すのに赤い花の飾りが有る。
「違う!たまたま手に取ってただけ!」
言ってドレスから手を放す。
「貴女にはこちらの方が良いかと」
声がした後、横から黒にも見える青いドレスが差し出された。
袖が無い物で、胸の辺りから腰までには白の糸で蔦や葉が描かれ、スカートにはレースが重ねられ、所々にパールが付いていて、まるで星空のような感じだ。それと、同色のストール。
「パーティーは明日の夜。その時、このドレスを纏った貴女を見たい」
差し出して来た人物が言って顔を覗き込んで来た。
ロード・ウォーラだ。
「パーティーに興味有りませんから」
そう言ったけれど、男は「珍しいワインも出ますよ?」と食い下がって来る。
「私は招待されていません」
「招待状は必要有りません。お迎えに上がりますから」
「おい」
レオンが低い声で言って私と男の間に割って入った。
大きな背中が男から私を隠す。
「迷惑がられている事…解らないのか?」
「そうか?私には少し照れているようにしか見えないが」
何故そう見えた。
私は迷惑でしかない。
態度だって冷たくしていたのに。
「それに、旅人なら興味が有ると思ったのだ」
男がレオンの横から顔を覗かせ、意味深に目を細めて私を見る。
「クレジスタ神殿の倒壊について」
「神殿が?!」
クレジスタ神殿はここ、イベットから更に北東へ進んだ先、ゼリマス山脈の麓に築かれた神殿で、その名の通り、クレジスタという精霊を祭っている場所だ。
精霊の加護が施され、聖域となっている場所が倒壊したなど信じられない。
「倒壊した原因は解っているんですか?」
私の問い掛けに男が「気になりますか?」と訊き返して来た。
何を言いたいのか察しが付く。
解り易い交換条件だ。
答えない私に男が口元に笑みを浮かべ、レオンを押し退け、横に立ち「お待ちしています」と言囁き、店員を呼んで支払いをすると、ドレスを専用のカバーに入れさせた。
「当日、お待ちしていますよ」
言って店を出て行く。
私が何処に泊まる事にしているのか調べるのは簡単なのだろう。
「本当に出席するのか?」
レオンが問う。
「気になるからね」
どうして私にわざわざクレジスタ神殿の事を話したのかも解らない。
旅人なら一度は行きたいと思う場所だから興味が湧くと思ったのか。
それとも別の理由が有るのか。
どちらにせよ、倒壊したというのが本当なら、精霊が無事なのか心配だ。
「それくらいの情報なら俺が聞いて来てやる」
何故だろう。
少しレオンが苛立っている気がする。
「怒ってる?」
問い掛けにレオンが「興味無いと言っていただろ」と言う。
最初は興味無いと言ったのに、行く事にしたのがそんなに悪かったのだろうか。
「レオンも出席するんでしょ?それなら、何か起きても大丈夫だと思うし」
そう言ってレオンを見ると、レオンは呆れたように溜息を吐き「何だ…それ」と呟いた。
「えっと…よく解らないんですけど、パーティーに行くんですか?」
リマの問い掛けに「そうだよ」と答える。
それを聞いてリマは喜んで飛び回ったけれど、私とレオンの間には微妙な空気が流れていた。
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