第45話

文字数 2,887文字

 町の明かりが消え、静まり返った頃、ティールは町外れの建物に足を運んでいた。
 松明が点在するだけの薄暗い通路を通り、目的の場所へ向かう。
 通路の奥には見張りの兵が2人。
 2人に敬礼をしたティールに、見張り2人も敬礼を返し、守っている扉を開ける。
 開かれた扉の先には地下へと続く石階段。
 見張りの1人から松明を受け取り階段を下りる。
 夏だというのに少しだけ肌寒い。
 階段を降りると、左右には鉄格子が。
 此処には昔、捉えた人間が収容されていた。
 通路を進み、目的の場所で足を止め、松明を金具に掛け、薄暗い格子の向こうを見る。
「独房の居心地はどうだ?」
 ティールの問いに、格子の向こうで座り込んでいる人物が「最悪」と答えた。
「お前達をドルグヴォーヌへ送る事が決まった」
 それを聞き、中の人物が「そんな」と呟いた後、立ち上がって格子にしがみ付いた。
 松明の明かりによって姿が浮かび上がる。
 人間を嫌い、自分の子が混血児の子と一緒にいる事さえも許せない女、ティルスだ。
「どうして私達が悪くなるの?人間は私達と共存しようなんて思っていないわ!私達が油断した時に、この地を奪おうとしているのよ!」
 このような状況になっても、何も変わっていない。
「今までにもお前は人間に様々な事をして来たが、牢に入れられる事が無かったのは、人間側から〝いつかは和解できると信じて捉えるのは待って欲しい〟と頼まれたからだ。それが無ければ、もっと早くお前は此処へ入れられていたよ」
 ティールの言葉に、ティルスが驚いた表情をし、顔が蒼褪めるのを見て溜息が出た。
「私には…私には子供がいるの!」
 縋るように格子を掴んでティルスが叫ぶ。
「その子供さえ、自分勝手な考えで悲しませ、縛り付けている。例え恨まれるとしても、お前と一緒にいさせるよりは幸せになるだろう」
「あの子の幸せは私と一緒にいる事よ!私が…人間からあの子を護らないといけないの!」
 ティルスが言い、格子を掴む手が震え始める。
「人間は平気で嘘を吐く…。信じたら裏切られる…。そうなる前に排除しなければならないの」
「いい加減にしろ!」
 ティールの怒声に、ティルスの肩が跳ね、不安げな表情でティールを見た。
「あの子を護る?お前の考えであの子を悲しませているのに、護っていると言えるのか?友人と共に居たいという願いさえ奪おうとし、今回はその友人を殺そうとまでした。それが母親のする事か?」
 親として子供を護ろうとする感情は大事だろう。しかし、それによって子供が哀しみ、苦しむのは間違っている。
 昔の事ばかり引き摺って今この世界に生きている人間さえ全員敵だという考えを変えない。
「お願い!これからは大人しくしてる!あの子が誰と遊んでいても文句は言わない!人間が町を歩いていても我慢するわ!だから…だからお願い!ドルグヴォーヌにだけは…」
 涙を流し「お願い」と何度も呟くティルスに、ティールは何の感情も湧かなかった。
「本当に後悔しているなら、ドルグヴォーヌへ送ったとしても直ぐに出て来られるさ」
 言って離れようとしたティールに、ティルスが「待って!」と叫んで手を伸ばすも、ティールは無視し、松明を手に歩き出した。
「本当に…これからは大人しくしてるから…何もしないから…お願い…。お願いします…」
 哀し気な声が牢獄に響くも、階段を上り始めた時には何も聞こえなくなっていた。
 階段を上り、扉が閉まる。
 松明を返したティールに、見張りの1人が「本当にドルグヴォーヌに送るのですか?」と訊いた。
「ああ。本当に後悔し、人間への考えを改めているなら直ぐに帰って来られるだろう」
 言って歩き出す。
 ドルグヴォーヌは、此処からかなり遠くに在る、海を越えた先の孤島で、島は周囲を壁に囲まれている。
 そこには罪を犯した者達が集められ、そこに住まう者の赦しが無ければ出る事が出来ないと言われている。
 これまで出て来た者は誰も居らず、そこに住まうと言われている者の姿さえ誰も知らない。
 言い伝えでは神とされているが、強靭な力を持った精霊だと言う者もいる。
 様々な種族の者達が門番をしているが、その者達も姿を見た事が無いのだ。
 その内側で何が起きるのかも解らない。
 本当にティルスが人間と共存する事を考えられるようになれば直ぐに出て来られる。
 ティルスによって傷付けられた人間がどれほど優しく、心が広かったか解って貰いたい。
 命を奪われそうになった者でさえ〝もし逆の立場だったら同じ事をしていたかもしれない〟と言い、責めようとはしなかった。
 その優しささえ解っていないのだ。
 彼等の言葉が無ければ、とっくに追放している。
 自宅へ帰り、音を立てないよう自室へ向かう。
「お疲れ」
 声がし、前を見ると、自室のドアの前に男が立っていた。
 数年前に出逢い、今では最愛となったダークエルフの夫が、優しい笑みを浮かべている。
 無言で両腕を広げるのを見て、歩み寄り抱き付くと、暖かな両腕に抱き締められた。
 深呼吸をし、温もりを感じながら目を閉じる。
「流石に…ドルグヴォーヌへ送るのはやり過ぎだったかな?」
 ティールの問いに、男は「精霊と皆の総意だろ」と言う。
 確かに皆の総意でドルグヴォーヌへ送る事が決まった。そして、ドルグヴォーヌへ送ると最初に告げたのは精霊であるエレジアだった。
 まさかエレジアからその名が出るとは思っていなかったティール達は驚いたが、本当に人間との共存を考えてくれるようになれば直ぐに出て来られるという話になった。
「あの子達には…嫌われるだろうか…」
 結果的に、子供から親を奪うのだ。
 嫌われても仕方が無いと解っている。
 それでも、あの子達が良い子だと知っているから嫌われたくないと思ってしまう。
「大丈夫。もし嫌われたとしても、いつかは解ってくれるさ」
 優しい声音。
 ダークエルフは気性が荒いと言われていたが、この男は全く違い、とても優しく、間違っている時は叱ってくれて、支えてくれるから好きになり愛した。
「うん…」
 小さく頷き、深呼吸をして体を離す。
 互いに何も言わなかったけれど、2人で部屋に入り、身に着けていた剣などを外してベッドへ向かう。
 最近は忙しくて、寄り添って眠るだけの日々が続いているけれど、それだけでも幸せだった。
 そして、これから更に忙しくなる。
「ねぇ…」
 小声で男を呼び手に触れる。
「ん?」
 寄り添う男が返事をしてティールの手を取る。
「少しだけ…良い?」
 ティールの問い掛けに、男が怪しい笑みを浮かべ、抱き寄せ、耳元で「少しで良いの?」と囁く。
 そういう所はズルいと思う。
 何も言わないティールを見て、男がクスクス笑う。
「からかわないで」
「からかって欲しいくせに」
 男がそっと頬に触れる。
「お前のそういう所…嫌いだ…」
「顔真っ赤で言われてもなぁ…」
 平凡な毎日、当たり前の幸せ。
 それがどういうモノなのかティールには解らなかったが、今在るモノを大切にしたいと思っている。
 色々な悩み、考えなければならない事は有るけれど、今は愛おしい温もりだけを求め目を閉じた…。



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