第22話
文字数 3,334文字
その日の夜。
夜中になってからリマとレオンから離れて指笛を吹いた。
闇の中で嘶きが轟き、青い稲妻が音も無く走り、目の前に漆黒の馬が姿を現した。
こうして呼べば直ぐに来るのは、殆ど今まで呼ぶ事が無かったからだ。
再会した時は今以上に喜んで大変だった。
「これからは呼ぶ事が増えると思う。それと、走る時とかは他の子達と同じようにしてね」
言って鼻筋を撫でると、馬は小さく鼻を鳴らし、そっと頬を摺り寄せた。
それにしても、夕方くらいに感じた気配は何者だったのだろう。
リマにどんな人物だったか訊いたところ、仮面を付けていて顔は解らなかったが、体形は女だったと言っていた。
証拠は何も無いのでレオンに話す事は出来ない。
馬が鼻を鳴らして甘えて来るので、首に腕を回して撫でてあげる。
「あまり考え込むなって?」
問い掛けを肯定するように馬が一鳴きする。
「そういうところ…アーレンそっくりだね」
本当はこの子を呼ぶ事に抵抗がある。
この子は彼との約束を守っているだけだ。
そう思うのに、この子が自分の意思で私の傍にいてくれているような気になってしまう。
「向こうに行こう」
言って一緒にリマとレオンの寝ているテントへと戻る。
眠っていたレオンの愛馬が頭を持ち上げて私の連れている馬を見て立ち上がり、互いに近付いて顔を合わせたりして挨拶をする。
そんな2頭を微笑ましく感じながら、消えかけている焚火に木を足す。
見上げれば無数の星が輝き、時折流れて消える。
そよ風が吹く。
―いつか…こんな時間が当たり前になる。
そう語っていた。
魔物が落ち着き、魔師達と騎士の権力争いも終わって、穏やかに過ごせる日が来る事を願っていた。
―俺の一族はもう存在しないかもしれない。もしかしたら、何処かにまだいるかもしれない。
滅んだという言い伝えを、彼は信じず、希望を捨てず、種族など気にせず生きていた。
私も種族なんて気にしていなかったから、あの人と打ち解けるのは早かった。
―これからも…俺はお前と生きていたい。
そう言ってくれたのに…。
「私より長生きする筈の貴方が…先に逝かないでよ…」
呟いて膝を抱えそうになった時、後ろから漆黒の頭が出て来た。
目が合い、微笑んでそっと頭を抱えるように抱き締める。
漆黒の愛馬は、私が落ち着くまでそのまま動かずにいてくれた…。
「おはようございまーす♪」
元気な声に目を覚まして体を起こす。
久し振りにゆっくり眠れた気がする。
ふと横を見ると、反対の端で寝ていた筈のレオンの姿が無かった。
「おはようございます♪」
もう一度言ったリマに「おはよう」と返し、起き上がってテントを出る。
見ると、レオンは自分の愛馬と、漆黒の馬の許にいた。
目が合ったレオンが「おう」と言う。
「おはよう」
言って歩み寄り、2頭を撫でる。
「こいつは?」
レオンの問いに、漆黒の馬の事を訊いているのだと察し「私が呼んだ子」と言う。
「呼んだ?」
「その子は…まぁ、召喚獣に近いのかな。昔の仲間が連れていた子で、今は私と一緒にいてくれてるの」
「…そうなのか。起きたら増えていて驚いた」
真顔でそんな事を言うから笑ってしまった。
「面白い事を言ったか?」
レオンが顔を顰めて言う。
「だって、真顔で言うんだもん…」
訳が解らないというようにレオンが溜息を吐く。
驚いたのならもう少しそういった表情をして欲しいものだ。
「さて…と。朝食にしよう!って言っても、昨日の余った物なんだけど」
一頻り笑い、息を整えて言って朝食を作りに焚火の場所へと戻った。
朝食を終え、片付けをしてお互いの愛馬に乗り先へ進む。
漆黒の馬は隣の馬に速さを合わせている。
緩やかな上りと下りが続く森の中を行く。
前方に、まだ小さいが王都の城壁が見えた時ふと、左右の森の中から気配を感じた。
横目でレオンを見ると、レオンも気付いているらしく頷いた。
「リマ。数は解る?」
小声で問う。
「近いのは左が5。右に4です。その奥にも何人かいるみたいですけど」
「充分」
聞いて私とレオンはほぼ同時に馬の足を速めるた。
気配もそれに合わせて速さを増す。
―ヒュンッ!
「‥っ⁉」
森の中から空気を裂いて飛んで来た物を、ナイフを取り出して弾くよりも先にリマが風を起こして防いだ。
「止まれ!」
声がし、左右の森の中から出て来た影が道を塞いだ。
咄嗟に手綱を引く。
2頭が嘶いて足を止める。
道を塞いだのは騎士だった。
「おや?お前は…」
立ち塞がった騎士達の1人、金の髪の男が言う。
「お前がどうして盗賊と共にいる?」
男の問いにレオンが「盗賊?」と訊き返す。
「最近この森で商人が襲われる事件が増えているのだ。そして、その盗賊の一味がその男だ!」
堂々と言って男が私を指差す。
その瞬間、辺りの空気が固まった。
男と共にいる仲間も呆れた顔をし、私に向かって申し訳なさそうにしている。
どうやらあの男は仲間が何を言っても聞かず、独走するタイプらしい。
「こいつは女だ」
静寂をレオンの一言が終わらせる。
「何?!」
男が大げさな反応をして私の方ややって来て、顔を近づけ、目を細めてジッと見て来る。
その時に男の瞳がエメラルドの色をしている事に気付いた。
男の顔が蒼くなる。
「これは!申し訳ない!」
言うなり私の手を取って頭を下げる。
そんな男を見てレオンが溜息を吐き、後からやって来た騎士達に「盗賊の被害というのは?」と話し始めた。
『こいつを何とかしてよ!』
心中で助けを求めるが、背中が自分で何とかしろと言っている気がする。
「本当に申し訳ない!昨夜、魔物の討伐任務の際に眼鏡が壊れてしまい、物があまり見えないのです!まさか、男ではなく女盗賊だったとは!」
「盗賊ではなく、ただの旅人です」
私の言葉に男が笑った。
「定番の良い訳だ」
「いい加減にしろ」
男と似ているが、落ち着きの有る声がしたのと同時に、男の後頭部を誰かが殴った。
いつの間にか男と瓜二つの人物が呆れ顔をして隣にいた。
盗賊と疑っている男と違うのは瞳が黄色に近い緑色というくらいだ。
「愚弟が失礼を」
「愚弟⁉」
傷付いた顔をする愚弟を無視し、隣の双子が「私はロード・ウォーラです」と名乗る。
「私は弟、アルド・ウォーラだ」
大げさな動きをして弟が名乗る。
兄は落ち着いているのに、弟は騒がしい。
「私の事はロードとお呼び下さい」
言って男が私とレオンの間に入る。
「此処から先、王都までご一緒します」
「兄上!此処の警備はどうなされるおつもりですか!」
「私は報告をしに行かなくてはならない。そのついでだ。お前達もそろそろ交代の時間になる。準備をしておけ。さぁ、行きましょう」
言って男が馬を出し、私とレオンは顔を見合わせて後に続いた。
「兄上!その男と共にいるからといって、信じて良いという事にはなりませんからね!解っておられるのですか!兄上ー!」
後ろで愚弟が何やら騒いでいたけれど、男は無視していた。
「騒がしい男だ…」
呆れたように男がぼやく。
「質問しても宜しいですか?」
「駄目ですと言っても良いですか?」
私がそう返すと男は笑った。
「そのように返されたのは初めてです」
言って男が馬の足を遅めて横に並ぶ。
「彼とは何処で?」
「結局質問するんですね」
少しイラっとしてしまい、棘の有る言い方をしてしまったけれど、男は気にせず笑った。
「貴女のような方が、騎士を護衛に付けているのが不思議でして」
それを聞いて男を一瞥すると、笑みを浮かべていたが、目だけは笑っていなかった。
何か疑われている訳では無さそうだが、どうしてそんな事を言ったのか解らない。
こういうタイプは苦手だ。
「この後、お時間は有りますか?」
「無いです」
「おや。お急ぎの用事でも?」
質問の多さに苛立っていると、レオンが「それぐらいにしろ」と止めに入ってくれた。
「あまり質問攻めにするな」
「…失礼」
レオンの圧に男がバツの悪そうな顔をして黙る。
どうやらレオンと男は仲が悪いらしい。
それから男が質問をして来る事は無かったけれど、レオンとの間に居座られたので、レオンに話し掛ける事も出来ず、私の肩に乗るリマもつまらなそうに足を揺らしながら時間を潰していた。
・
夜中になってからリマとレオンから離れて指笛を吹いた。
闇の中で嘶きが轟き、青い稲妻が音も無く走り、目の前に漆黒の馬が姿を現した。
こうして呼べば直ぐに来るのは、殆ど今まで呼ぶ事が無かったからだ。
再会した時は今以上に喜んで大変だった。
「これからは呼ぶ事が増えると思う。それと、走る時とかは他の子達と同じようにしてね」
言って鼻筋を撫でると、馬は小さく鼻を鳴らし、そっと頬を摺り寄せた。
それにしても、夕方くらいに感じた気配は何者だったのだろう。
リマにどんな人物だったか訊いたところ、仮面を付けていて顔は解らなかったが、体形は女だったと言っていた。
証拠は何も無いのでレオンに話す事は出来ない。
馬が鼻を鳴らして甘えて来るので、首に腕を回して撫でてあげる。
「あまり考え込むなって?」
問い掛けを肯定するように馬が一鳴きする。
「そういうところ…アーレンそっくりだね」
本当はこの子を呼ぶ事に抵抗がある。
この子は彼との約束を守っているだけだ。
そう思うのに、この子が自分の意思で私の傍にいてくれているような気になってしまう。
「向こうに行こう」
言って一緒にリマとレオンの寝ているテントへと戻る。
眠っていたレオンの愛馬が頭を持ち上げて私の連れている馬を見て立ち上がり、互いに近付いて顔を合わせたりして挨拶をする。
そんな2頭を微笑ましく感じながら、消えかけている焚火に木を足す。
見上げれば無数の星が輝き、時折流れて消える。
そよ風が吹く。
―いつか…こんな時間が当たり前になる。
そう語っていた。
魔物が落ち着き、魔師達と騎士の権力争いも終わって、穏やかに過ごせる日が来る事を願っていた。
―俺の一族はもう存在しないかもしれない。もしかしたら、何処かにまだいるかもしれない。
滅んだという言い伝えを、彼は信じず、希望を捨てず、種族など気にせず生きていた。
私も種族なんて気にしていなかったから、あの人と打ち解けるのは早かった。
―これからも…俺はお前と生きていたい。
そう言ってくれたのに…。
「私より長生きする筈の貴方が…先に逝かないでよ…」
呟いて膝を抱えそうになった時、後ろから漆黒の頭が出て来た。
目が合い、微笑んでそっと頭を抱えるように抱き締める。
漆黒の愛馬は、私が落ち着くまでそのまま動かずにいてくれた…。
「おはようございまーす♪」
元気な声に目を覚まして体を起こす。
久し振りにゆっくり眠れた気がする。
ふと横を見ると、反対の端で寝ていた筈のレオンの姿が無かった。
「おはようございます♪」
もう一度言ったリマに「おはよう」と返し、起き上がってテントを出る。
見ると、レオンは自分の愛馬と、漆黒の馬の許にいた。
目が合ったレオンが「おう」と言う。
「おはよう」
言って歩み寄り、2頭を撫でる。
「こいつは?」
レオンの問いに、漆黒の馬の事を訊いているのだと察し「私が呼んだ子」と言う。
「呼んだ?」
「その子は…まぁ、召喚獣に近いのかな。昔の仲間が連れていた子で、今は私と一緒にいてくれてるの」
「…そうなのか。起きたら増えていて驚いた」
真顔でそんな事を言うから笑ってしまった。
「面白い事を言ったか?」
レオンが顔を顰めて言う。
「だって、真顔で言うんだもん…」
訳が解らないというようにレオンが溜息を吐く。
驚いたのならもう少しそういった表情をして欲しいものだ。
「さて…と。朝食にしよう!って言っても、昨日の余った物なんだけど」
一頻り笑い、息を整えて言って朝食を作りに焚火の場所へと戻った。
朝食を終え、片付けをしてお互いの愛馬に乗り先へ進む。
漆黒の馬は隣の馬に速さを合わせている。
緩やかな上りと下りが続く森の中を行く。
前方に、まだ小さいが王都の城壁が見えた時ふと、左右の森の中から気配を感じた。
横目でレオンを見ると、レオンも気付いているらしく頷いた。
「リマ。数は解る?」
小声で問う。
「近いのは左が5。右に4です。その奥にも何人かいるみたいですけど」
「充分」
聞いて私とレオンはほぼ同時に馬の足を速めるた。
気配もそれに合わせて速さを増す。
―ヒュンッ!
「‥っ⁉」
森の中から空気を裂いて飛んで来た物を、ナイフを取り出して弾くよりも先にリマが風を起こして防いだ。
「止まれ!」
声がし、左右の森の中から出て来た影が道を塞いだ。
咄嗟に手綱を引く。
2頭が嘶いて足を止める。
道を塞いだのは騎士だった。
「おや?お前は…」
立ち塞がった騎士達の1人、金の髪の男が言う。
「お前がどうして盗賊と共にいる?」
男の問いにレオンが「盗賊?」と訊き返す。
「最近この森で商人が襲われる事件が増えているのだ。そして、その盗賊の一味がその男だ!」
堂々と言って男が私を指差す。
その瞬間、辺りの空気が固まった。
男と共にいる仲間も呆れた顔をし、私に向かって申し訳なさそうにしている。
どうやらあの男は仲間が何を言っても聞かず、独走するタイプらしい。
「こいつは女だ」
静寂をレオンの一言が終わらせる。
「何?!」
男が大げさな反応をして私の方ややって来て、顔を近づけ、目を細めてジッと見て来る。
その時に男の瞳がエメラルドの色をしている事に気付いた。
男の顔が蒼くなる。
「これは!申し訳ない!」
言うなり私の手を取って頭を下げる。
そんな男を見てレオンが溜息を吐き、後からやって来た騎士達に「盗賊の被害というのは?」と話し始めた。
『こいつを何とかしてよ!』
心中で助けを求めるが、背中が自分で何とかしろと言っている気がする。
「本当に申し訳ない!昨夜、魔物の討伐任務の際に眼鏡が壊れてしまい、物があまり見えないのです!まさか、男ではなく女盗賊だったとは!」
「盗賊ではなく、ただの旅人です」
私の言葉に男が笑った。
「定番の良い訳だ」
「いい加減にしろ」
男と似ているが、落ち着きの有る声がしたのと同時に、男の後頭部を誰かが殴った。
いつの間にか男と瓜二つの人物が呆れ顔をして隣にいた。
盗賊と疑っている男と違うのは瞳が黄色に近い緑色というくらいだ。
「愚弟が失礼を」
「愚弟⁉」
傷付いた顔をする愚弟を無視し、隣の双子が「私はロード・ウォーラです」と名乗る。
「私は弟、アルド・ウォーラだ」
大げさな動きをして弟が名乗る。
兄は落ち着いているのに、弟は騒がしい。
「私の事はロードとお呼び下さい」
言って男が私とレオンの間に入る。
「此処から先、王都までご一緒します」
「兄上!此処の警備はどうなされるおつもりですか!」
「私は報告をしに行かなくてはならない。そのついでだ。お前達もそろそろ交代の時間になる。準備をしておけ。さぁ、行きましょう」
言って男が馬を出し、私とレオンは顔を見合わせて後に続いた。
「兄上!その男と共にいるからといって、信じて良いという事にはなりませんからね!解っておられるのですか!兄上ー!」
後ろで愚弟が何やら騒いでいたけれど、男は無視していた。
「騒がしい男だ…」
呆れたように男がぼやく。
「質問しても宜しいですか?」
「駄目ですと言っても良いですか?」
私がそう返すと男は笑った。
「そのように返されたのは初めてです」
言って男が馬の足を遅めて横に並ぶ。
「彼とは何処で?」
「結局質問するんですね」
少しイラっとしてしまい、棘の有る言い方をしてしまったけれど、男は気にせず笑った。
「貴女のような方が、騎士を護衛に付けているのが不思議でして」
それを聞いて男を一瞥すると、笑みを浮かべていたが、目だけは笑っていなかった。
何か疑われている訳では無さそうだが、どうしてそんな事を言ったのか解らない。
こういうタイプは苦手だ。
「この後、お時間は有りますか?」
「無いです」
「おや。お急ぎの用事でも?」
質問の多さに苛立っていると、レオンが「それぐらいにしろ」と止めに入ってくれた。
「あまり質問攻めにするな」
「…失礼」
レオンの圧に男がバツの悪そうな顔をして黙る。
どうやらレオンと男は仲が悪いらしい。
それから男が質問をして来る事は無かったけれど、レオンとの間に居座られたので、レオンに話し掛ける事も出来ず、私の肩に乗るリマもつまらなそうに足を揺らしながら時間を潰していた。
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