第1話 メアリーズ国 王都リドヴィア

文字数 2,258文字

「採れたての果物だよー!」
「お姉さん!今日のお昼は魚にしないかい?」
 活気溢れる声が通りに響く。
 城は湖の中央に建てられ、城へ行くためには橋を渡らなくてはならないが、橋には門番がおり、そこで理由を話さなくては入られない。
 湖の周りに町があり、大通りが東西南北に伸び、小道は迷路のように入り組んでおり、初めて町を訪れる者は大抵迷子になっていた。
 王都の八方にはドラゴンの石柱が立ち、その石柱が周囲の魔を払っている。
 この王都は元々湖の傍らの小さな町だった。
 それが今では王都だ。
 昔から湖にはドラゴンが住まい、ドラゴンの加護が町を守っているのだと信じられている。
 布を売っている店を見付けて足を止める。
「お!いらっしゃい!」
 配布された紙を見ていた男店主が顔を上げて言い、ジッと私の羽織っているマントを見る。
「お嬢さん。何処から来たんだい?」
「カドラです」
「は?カドラって…、本当にカドラからか?」
 店主が驚くのも無理は無い。
 カドラはリドヴィアから馬車に乗っても5日は掛かる町なのだから。
「そんな軽装で?」
 上から下までマジマジと眺めて店主が問う。
 私が身に着けているのは腰の小さなポーチだけなのだから不思議なのは無理も無い。
「この町には何か用事か?」
 質問が多い。
 まぁ、これで何か釣れるなら構わない。
「探し物をしているんです」
「探し物?」
「そう」
 頷いて質の良い淡い緑の布を手に取る。
「女神の遺産って知ってますか?」
 私の問い掛けに店主は「あはははは!」と笑った。
「そんな有りもしない物を探してるのか!」
 やはりそう言うか…。
【女神の遺産】
 嘗てこの地が争っていた時、天から現れた女神が残した物。しかし、女神が天へ帰る時、それも天へ持って行ったと言われている。
 地上に存在している訳がないと、どの町でも言われていた。
 けれど、私は何処かに有ると信じている。
 何故なら、女神が自分を呼んだ者に何かを託したという事が書かれた書物を読んだ記憶が有るからだ。
「そんな話、今じゃあ誰も信じてないぞ?ほら、あれを見ろよ」
 言って店主が城の在る方を指差す。
「城の門が見えるだろ?あの門には英雄、グライドが描かれているんだ」
 店主が自慢げに語るけれど、私は全く聞いていなかった。
 英雄の話なら私だって知っている。
 今では、本当は女神などおらず、英雄が多くの仲間と共に各地の争いを終わらせたのだと…。
 以前寄った町の図書館でも、女神の姿は想像で描かれ、英雄の事だけが壮大に書かれていた。
 あの中に書かれている事のどれくらいが真実なのかも考えず、多くの人がそれを真実として語っている。
「それで?女神の遺産を見付けて、何をお願いするつもりだったんだ?」
 小ばかにした笑みで私を見ながら店主が問う。
「…私はただ…真実が知りたいだけです」
 私の言葉に店主が首を傾げ「真実?」と呟いたけれど、無視して手にした布を差し出し、お金を支払ってその場を後にする。
 私達の会話が気になったのか、少し離れた所に人が立っていたけれど無視した。
 どうせその人も、私がただの妄想を信じたバカだと思ったのだろう。
 私が知っている唯一の真実。
 それはまだ一部でしかない。
「…っ!」
 マントの下で拳を握り、前を向いて歩き出す。
 きっと何処かに手掛かりは有る。

「って…思ったんだけどなぁ~」
 脱力し机に突っ伏す。
 机の上には棚から引っ張り出して来た書物が山のように積まれている。
 探し始めてどれくらい経ったのか。
 窓から差し込む光が弱まっている。
「すみません」
 立ち上がり、この図書館を管理しているらしい受付の女性を呼ぶと、彼女は嫌そうな顔もせず、笑顔で「どうされました?」と訊き返した。
「これらの本、全てお借りしたいんですけど」
「構いませんけど、そんなに一度に沢山借りなくても…」
「次に借りたい時、無かったら嫌なので」
 私が素直に答えると、彼女は「ふふ」と楽し気に笑った。
「解りました。少し待って下さいね」
 言って女性が歩いて来て、積み上げられた本の山に両手を翳し、何やら呟くと、彼女の両手、掌が光り出した。
 その光が本に吸い込まれ、女性が指を鳴らすと一瞬にして掌よりも小さくなった。
「全てこの袋に入れてお渡しします」
 女性が模様の描かれた小袋に本だった物を全て入れて私に差し出す。
「読みたい場合は表紙の表を2回、小さくしたい場合は裏を3回叩いて下さい。強さは関係無いので、突く程度でも構いません。返却の場合は背表紙を数回さすって下さい」
「あ…ありがとう…御座います」
 お礼を言って小さくなった本が入った小袋を受け取ってポーチに仕舞う。
「最後に、こちらに記入をお願いします」
 そう言って女性が差し出したのは貸出名簿だった。
「返却期限は…そうですねぇ…。量が量なので、一か月にしておきますね。延長される場合はまた此処へ来てこちらに記入をお願いします」
「解りました」
 一か月も借りて良いとは有り難い。
 他の町では3日までが基本だ。
 それにしても、物体を縮小する術が使える人が図書館の管理をしているとは驚きだ。
 こういった場所には貴重な書物もある為、盗まれる恐れもあり、術者を雇う事は無いと思っていた。
 名簿に名前を書き、女性に「それじゃあ」と軽く挨拶をして出ようとした時、ドアの上に何かが座っているのが見えた。
 蝶のような綺麗な羽を持った小人。
 こんな町中に妖精がいるなど珍しい。
 見下ろしている妖精に笑みだけ返して外に出る。
 長期で泊めてくれる宿を探さなければ…。


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