第79話

文字数 4,111文字

 朝食を終え、騎士団の駐留所まで移動し、会議室を借りて話をする事に。
 会議室に入るまで通り過ぎる騎士達に不思議そうな顔をされていた。
 それもそうだ。
 騎士ではないアメリアとリマが隊長クラス3人に護られるように歩いているのだから。
 会議室に入り、ロードの部下が飲み物を持って来てくれた。
「彼女達について解った事を話そう」
 コップを手に取り、一口飲んでからロードが言って腕を組む。
「彼女達は行方を眩ませる前、町の現状について悩んでいる事を家族や友人に話していた。私達を案内してくれた男も話を聞いた1人だった。そして数日後、彼女達は姿を消した」
「けれど、彼女達は同じタイミングで行方不明になった訳ではない。そして、外傷が無かったから、彼女達は抵抗していない。つまり、彼女達は自らの意志であの場所へ行った」
 ロードの話にアルドが言い、それに対してロードは怒らず頷いて「そして誰かが彼女達の遺体が見つからないように細工をした」と話を続けた。
 案内をしてくれたあの男も数日前には無かったと言っていた、嘘を吐いている様には見えなかった。
「自分で…死を選んだ…という事ですか?」
 リマの問いにロードが頷き返し、レオンが「生贄となる事で女神に救いを求めたんだろう」と言った。
 あの場所に女神がいるという話を信じ、彼女達は自らの命で女神に救いを求めたという考えを認めたくは無いが、彼女達の身体に外傷が無く、祈りを捧げているような姿を見てしまっては、それが答えのように思えてしまう。
 彼女達の事はあっという間に広まり、町からは賑わいは消え、静けさが漂っている。
「今日の夜、彼女達の葬儀が行われるけど、彼女達が自らの意志でやった事だって言っても、納得しない人達はいるだろうね」
 アルドが言って拳を握る。
 彼女達の願いはこの町の平和だろう。
 争い続ける事に哀しみ、終わらせたいと願い、彼女達は存在しない女神がいると信じてあの場所で生贄となる事で女神の力で争いを終わらせようとした。
 もしかすると、いないと解っていながら命と引き換えに変えようとしたのかもしれない。
「どのような理由であれ、自ら死を選ぼうと救われる事は無い。ましてや、それで女神や神々が願いを叶えるなど‥‥」
 ロードの言う通りだ。
「私が今まで出会った神々は、私達と何も変わらなかった。私達だって、命と引き換えに助けを求められても嬉しくないし、今回だって…もし本当に女神があそこに居たら止めていたと思う」
 そう言ってアメリアは目の前のテーブルに置かれたコップを見詰めた。
 懐かしい感じのする香りだ。
―寝る前にそんなの飲むと眠れなくなるよ!
 昔そう仲間に叱られた事を想い出す。
 アメリアはそれを一口、僅かな苦みと共に飲み込むと「葬儀が終わったら出発しようと思うんだけど」と言ってレオン達を見た。
「うん…。落ち着くまで居たいけど、長居は出来ないからね」
 アルドが哀しい顔をしながらも頷き、レオンは変わらず冷静な面持ちだが、アメリアには哀し気に見えた。
「その事なんだが、君達に同行する事となった」
 あまりにも唐突な事に、それを聞いてアメリア達は「は?!」と驚きの声を上げ、レオンだけが呆れたように溜息を吐いた。
「まだやる事が有るのにどうするんだよ!」
 アルドが言って立ち上がろうとしたのをリマが慌てて止め、ロードが「それに関しては在住の騎士団員達に「自分達に任せて欲しい」と言われてな。彼等を信じ、任せる事にした」と答えてレオンを見る。
「それに、誰かが報告をしないからな。私が代わりに報告書を出す事になった。そして、これからお前達はゾラグワに入るだろ。何か問題を起こさないよう見張らなくてはな」
 ゾラグワとは、此処から北、世界を隔てる山脈の麓までを領土としている国の1つ。
 他にも山脈の周りには幾つかの国が存在しているらしいが、今回アメリア達が進むのはゾラグワ国の東の領土。そして厄介なのは、昔からそこの騎士団とメアリーズ国の騎士団は不仲という事だ。
 昔、ゾラグワは国ではなかった。
 各地に点在する町の町長が集まり議会を立ち上げ、その議長が各町を纏め、難民や移住者を受け入れるようになり、現在では国となっているのだと書あった。
 首都となっている場所は大きな町となっているらしい。だが、此処から町が見えない事を考えると、首都から離れた場所は昔とあまり変わっていないのかもしれない。
「俺達が問題を起こすとでも?今の僕等を見てウィゼット王国騎士団だなんて誰も思わないさ」
 アルドが怪訝そうに言う。
「問題はそれだけではない。お前は意外と問題に首を突っ込むからな。そうならないように見張るのだ」
 ロードの言葉にアメリアは心の中で『うっ』と唸り、顔を逸らして胸を押さえた。
 似たような事をレオンに言われた気がする。
 そんなアメリアに気付いたロードに「どうした。具合が悪いのか?」と訊かれ、アメリアは慌てて「大丈夫!」と返して両手を振った。
 どう考えても面倒事に首を突っ込んでいるのはアメリアだ。そして、それに皆を巻き込んでいる。
「話を戻すが、これからの事については、彼女達の埋葬が終わってから、以前よりこの町に駐在している者達に任せる事にした」 
 言ってロードが入り口に立つ部下の方へ視線を向けると、彼は一礼したのみで、何も言いはしなかった。
「それと、町外れの廃墟での戦闘であの男が使用した魔石に関してだが、生き残った奴の仲間の話だと、仮面を着けた男から話を聞いたらしい」
〝仮面〟と聞いてすぐに1人が思い浮かんだ。
「その男に関して、皆思い当たる節が有るだろう」
 ロードの言う通りだった。
 皆が想像したのは、あの別荘で奇襲して来た割れたピルメクスの仮面をした男。
「各地で増え始めた異変に加えて仮面の男の捜索をする事になり、各国に捜査協力を頼む事にした。それに伴い、君の見解を聞きたい」
 言ってロードがアメリアを見る。
「見解…と言われても」
 困惑するアメリアを見てか、レオンが「見解も何も、俺達は各地で起きている異変について話を聞くために世界を隔てる山脈へ向かっている。それだけだろ?」と助け船を出してくれた。
 その問いにロードが横目で入口に立つ部下の方を見て〝出て行け〟と手で合図を出し、部下が出て行くと左手を上げた。
 それと同時に部屋の四方に魔法陣が浮かび、指を鳴らすと淡い緑色の光が部屋に広がった。
「これで会話が外に聞こえない」
 言ってロードが再びアメリアを見る。
「ピルメクスの仮面を着けたあの男が何者だ?」
「そう言われても…。私も初めて見たんだから」
「だが、君はピルメクスを知っていた。陛下が知っていただけだ。古書を読んでいる者でも知る者は少ないだろう。それを知っていた君が、あの者の事は解らないのか?」
「解らない…。けど、あの男はピルメクスの能力を持ってた。ピルメクスに飲み込まれながらも生きていられた人を私はこれまで会った事が無い。あの状態で生きてるのも…。あの男は…ピルメクスと融合した存在…。前例の無い…異形の存在って事。私から言えるのはそれだけ」
 それが答えだろう。
 ピルメクスは死んだ人間の魂が混ざり合った〝怨霊〟のような存在で、取り憑かれた者は呑み込まれ、死してピルメクスの一部となってしまう。しかし、あの男はピルメクスと共存しているのだ。
「あの男に関して何か情報が有るなら欲しいけど…望みは薄いかな」
 アメリアの話を聞き、そう言ったのはアルドだった。
 アルドの後、レオンが「そうだな。目撃情報はあっても、それ以外は無いだろう」と言う。
「あの男に関しては目撃した場合警戒し、不用意に接触しないよう通達しているが、これは我が国だけではなく、各国にも知らせを出した方が良さそうだな」
 どうやらロードはあの事件の時、既に男について騎士団の方に報告していたらしい。
 若しくは国王の方へ直接送ったのか。
 どちらにせよ、あの男が危険人物である事には変わりない。そして、各国に知らせるべきなのは確かだろう。
 その存在に気付きながらも知らせなかったと文句を言われかねない。
「話しは終わり?」
 アメリアの問いに、ロードが頷き返した。
「それじゃあ、私達は明日葬儀が終わったら町を出る。本当はこれからの事についての話し合いも気になるけれど、それは以前からこの町で活動をして来た人達に任せる…という事で」
 言ってアメリアは右手を振って指を鳴らした。
 それと同時に四方の壁に描かれていた魔法陣が砂のように音も無く崩れ去り、部屋を包んでいた光も消えた。
「いとも簡単に」
 ロードの呟きにアメリアは口元に笑みを浮かべ「あれくらいなら解くのは簡単」と言って立ち上がった。
「さてと…。少し外に出て来ようかな」
 夜に葬儀が行われると解っているが、それまで宿の部屋にこもっていたくはない。
「私はもう少し寝ても良いですか?」
 リマが二度寝をしたいと言うなど珍しく、アメリアは少し心配になった。しかし、リマの顔色は良いので、本当にもう少し眠りたいだけだろう。
「解った」
「よし!僕ももう少し寝る!」
 リマに許可を出したはずなのだが、アルドが嬉しそうに言ってリマの手を取り立ち上がった。
「リマの寝不足はお前のせいじゃないのか?」
 呆れたようにレオンが言う。
「アルドさんは悪くありません!私が我儘を言ってしまって」
 言ってリマが気恥ずかし気に顔を赤くするのを見てロードの表情が一瞬にして険しくなり「は?」と僅かに低い声で呟いた。
「リマちゃん!それだと誤解が!」
「アルド…お前…」
 慌てるアルドに対し、ロードが怒りを露わにゆっくりと立ち上がる。
 きっと色々と話して楽しいから二人とも遅くまで起きているのだろうと思うが、そこら辺の主語を言わないために変な誤解を招いている。
 何となくアメリアとレオンは解ったが、この状況が面白いので止めなかった。
「それじゃあ!おやすみ!」
 言ってアルドがリマの手を取り逃げるように部屋を出て行き、アメリアとレオンも「あいつは一体何を考えているんだ」とブツブツと言っているロードに絡まれる前に部屋を後にした。
 
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