サムハラ⑤

文字数 1,070文字

「兄ちゃんもコレやるんだろう?」
別所は不気味な笑みを浮かべる松野に対して、猟銃の包みを指して言った。

「いえ・・・昔の話ではありますが、”射的”はかなりハマったものです。好きこそもののなんとやら、とはいきませんでしたが・・・」
松野はそう返したものの、己の内に秘める闘争本能を抑えるのに必死であった。

「沫衝弾はどこで購入しているんです?銃砲店では取り扱いがないはずですが・・・・もっとも、最近は民間にも卸されているかもしれませんが」

「”裏”に知り合いがいれば、調達はかなり簡単よ。それこそ、小銃弾くらいは軍属に知り合いがいれば融通してくれるもんよ」
別所は得意げにそういったものの、カウンター越しに立向居が自制を促すような目線をやっていることに気付き、少しきまり悪そうに右頬を掻いた。

「ちわ~す、今日空いてます?」
常連らしき男が一声かけてきている。

「あら、櫻田(さくらだ)さん、いらっしゃい。お久しぶりじゃないですか?」
丸太のように鍛え上げられた肢体、端正かつ精悍さを併せ持った顔つき。
この店”サムハラ”にはこうした「剛の者」が多く訪れる。

松野の防衛本能は、この男に対しても危険信号を発していた。
しかし、同時に松野は新たな緊張(スリル)に愉しみを見出していた。

(これだから、人生は面白い・・・)
日々の”出会い”に感謝する松野であった。

◇◆◇ー----◇◆◇

同時刻ー--欧州アルビオ連邦領スタンリー総督府(南皿(なんべい)に位置する)にて。

スタンリー総督:ジェイコブ・S・コールマンは乳香(庶民には到底手を出せない嗜好品)を焚きながら、優雅にクーバ産の葉巻を燻らせていた。

「ん~♪やっぱりコレ、たまりませんねぇ~」
一人呟きながら、書斎で孤独の時間を満喫する。

コンコンコン・・・・扉を叩く音ー。
こんな時間になんであろうか、どうせ侍従が余計な気を利かせて遅めの午後の紅茶(ナイトキャップティー)でも運んできたのだろう。そう考えて声を挙げる。
「何か用かね、ロイ(侍従の一人)?メアリー(侍女)?」

戸を叩いたものは無言を貫いている。
ギィ・・・扉がゆっくりと開いたかと思うと、そこにはおどろおどろしい防毒面(ガスマスク)を付け、手には火炎放射器か噴霧器のようなものを持った男が佇んでいた。

「ひっ!」
思わず提督は小さく悲鳴をあげる。

「天誅!(Guilty)」
侵入者はそう叫ぶと、椅子にもたれかかったままの貴人の顔に向け白い液体を噴射した。
即座に泥のような物質は硬質化し始め、ジェイコブ氏の呼吸を阻害した。
「ンフーッ!ンッンーッ!」
吸息ままならぬまま、四肢が痙攣を始める。

30秒も経過すると提督の命の灯はゆっくりと消えていくのだった。



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登場人物紹介

松野隆男《まつのたかお》:本作の主人公。普段は一般的な会社員。この世界では一般的な身体改良は受けておらず、野菜のみならず朒も食べる。勤務態度は良好で真面目な仕事人といった印象があるものの、料理を作ることが趣味など家庭的な一面も。

路地裏で見ず知らずの男を殺害してしまったことからこの物語が始まる。

足利(あしかが):松野が殺害した男が所属する、宗教団体Sの聖師のひとり。

教団の武装トロール船(密輸船)「9アース」の管理を任せられている。

基本的に臆病・自己保身に走る傾向にあるが、信徒の前では教団の役割(ロール)を果たすため、勇猛果敢に振る舞う。

実は元軍人であり、小規模な戦闘であれば参加することもある。

櫻田兵(さくらだひょう):國家治安部隊「慈安部隊」に所属する隊員。

捜査機関と連携しながら松野を追う。

ソマ・リュオン:アルビオ連邦出身。

國に裏切られた男。戦時中、連合軍中枢にいた人間を次々と暗殺する復讐鬼と化している。

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