サムハラ④

文字数 819文字

松野が料理に舌鼓を打っているところ、新たに店を訪れる者がいた。

「おぅ、どうも~」
引き戸が右から左に滑り、白髪まじりの男が2つ紙袋を提げながら入店する。
彼はそれから、布に巻かれた細長い筒状のもの(恐らく猟銃かなにかであろう)を背負っていた。

「いらっしゃい、久しぶりですね別所(べっしょ)さん。今日は猟に出ていらっしゃったんですね?いかがですか今日の獲物は?」
立向居の問いに初老の男:別所は応じる。

「うん、雉が2羽捕れたよ~、あとは家の近くから石蕗(つわぶき)も採ってきたんだが」
石蕗(つわぶき)!いいですねぇ。今度筑前煮にでも入れてみましょうか」

話を聞いているだけで、松野は垂涎(すいぜん)を抑えきれなかった。
(食してみたいなぁ・・・・雉もここ最近食べてないしなぁ・・・)
松野の考えを察してか、別所は身体をこちらに向き変えてきた。

「兄ちゃん、見たところ今食ってるやつは朒入ってるねぇ・・さては俺たちと同じで身体改良(べこ)は受けてないクチだね?」

身体改良は、消化器官に草食動物由来の微生物を移植して蛋白質を合成する能力を得ることから身体改良を受けていない者は、被施術者を”べこ(牛)”と呼ぶこともあった。

「ええ・・・そうですね、おかげで若人(わこうど)達には馬鹿にされてしまいますが。」
「うーん、つまんないよねぇ、朒も食わない生活は・・・最近は腫瘍(ガン)になるとか言って皆口にすらしないしねぇ・・・」
「そうですねぇ・・・」
松野は深く頷くと、別所の背中に目をやった。

「気になるかい?」
別所が松野に応えを促す。
「はい・・・正直なところ」

「こいつは豊昭(ほうしょう)工業製の7(ミリ)猟銃。鎖閂式(ボルトアクション)で装弾数は固定式弾倉に5発、でけぇ相手には軍用の沫衝弾(まっしょうだん)も使える優れものよ」

沫衝弾(まっしょうだん)は先端から気体を放出しながら進む超空洞現象(スーパーキャビテーション)により、水中での使用や軟構造体(ソフトターゲット)弾着後に貫徹力・威力を最大化することを意図して生み出されたものであり、大戦以降 軍事組織などで広く利用されている。

(これは使えるかもしれないな・・・)
右の口角を上げて悪巧みする松野であった。
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登場人物紹介

松野隆男《まつのたかお》:本作の主人公。普段は一般的な会社員。この世界では一般的な身体改良は受けておらず、野菜のみならず朒も食べる。勤務態度は良好で真面目な仕事人といった印象があるものの、料理を作ることが趣味など家庭的な一面も。

路地裏で見ず知らずの男を殺害してしまったことからこの物語が始まる。

足利(あしかが):松野が殺害した男が所属する、宗教団体Sの聖師のひとり。

教団の武装トロール船(密輸船)「9アース」の管理を任せられている。

基本的に臆病・自己保身に走る傾向にあるが、信徒の前では教団の役割(ロール)を果たすため、勇猛果敢に振る舞う。

実は元軍人であり、小規模な戦闘であれば参加することもある。

櫻田兵(さくらだひょう):國家治安部隊「慈安部隊」に所属する隊員。

捜査機関と連携しながら松野を追う。

ソマ・リュオン:アルビオ連邦出身。

國に裏切られた男。戦時中、連合軍中枢にいた人間を次々と暗殺する復讐鬼と化している。

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