ソマの左手⑤

文字数 1,721文字

 一方、アルグィン宿営地――――。
ソマの部隊は、エーステライヒ領での任務を終え、営内に戻ってきていたところであった。
「こちらが奴らを押し返しても、すぐにまた迫ってくる・・・”蛇”なんて御伽話かよ・・・」
そうボヤくのは、占領地から戻る際”拾って”きた負傷兵の一人である。

「ルナスキアム君・・・東部戦線は酷い状況だと聞いたよ。よく奮戦してくれた・・・。
我々は君たちのような兵士や市民に僅かばかりの薬をつけてやることしか出来ない・・・まぁこれも何かの縁だ・・・ここで、ゆっくり休んでいくといい・・・」

「おお!ソマ少尉!ありがとうございます」

後ろから声をかけられた兵士は、小隊長であるソマにやおら敬礼をした。
彼のソレは右手の肘を負傷しているためか、脇は開き指先には力がなく不格好ではあったが、ソマはその姿に好感を覚えたのであった。

彼らの横で、衛生化学部隊の兵士たちは化学放射器に乳白色の薬剤を充填していた。
「最近、空気圧落ちてきてるんですよねぇ・・・あっここ(スス)ついてら・・・」
「交換時期かもな・・・輜重(ほきゅう)がなかなか来ねぇから、俺のもシリンダーやらガタがきてんだ・・」
「そういや少尉の装備、ノズルの先端も溶けてたもんな・・・」
「ああ、下っ端にはなんかあったら声かけろっていうけど、あの人も大概”不調”きたしてるぜ」
「うん、間違いねぇや」
遠くで話す兵士たちを見ながら、ソマも自身の装備を点検しているのであった。

◇◆◇――――――――――――――

突然、分隊長が声を張り上げた。
「ソマ少尉!東部前線部隊が壊走したとのこと!エーステライヒ機甲部隊はほぼ無傷のまま向かってきてますよ!」

「それは本当か?こっちは後方要員ばかりで、まともな戦力はない・・・」
「しかし、我々だけ退くことはできまい」
「市民の退避は始まったばかりですからな」

「よし・・・やるぞ!避難する一団には一個小隊を張り付け、残りは拠点防衛に徹し、30分稼いだら後退する」
「了解ッ!」

小隊長ソマは決断を下し、自身が持つエンフィールド機関短銃の銃尾(ストック)を展開し 槓桿(チャージングハンドル)を引いた。
20発弾倉3本をチェストリグに挿していく。銃剣と闘球(ラグビーボール)状の小銃擲弾を2本腰から提げ、アップリケ装甲が付与されたタートルヘルメットを被る。

「アリシア・・・」
ソマはコートのポケットから端の折れた写真を一枚取り出すと、チェストリグとジャケットの間(薄い装甲を挿入する部分)にそっと挟みこんだ。

(戦うのは不得手だが、仕様がない)
彼は指示を出すため、無線機を手に取る。

「分隊長!編成はどうなっ――――――」
轟音!そして、むせるような土の匂い・・・・

「おいおいおい・・・早すぎるだろ」
ソマのいる天幕を破り”蛇”が一体飛び込んでくる。

「ビヌアレァ・・・バイスィール バンシィ!(我がバンシィの名の下・・・貴様を楽園に還す!)」
ソレは小さく呟くと、戦斧(せんぷ)を振り下ろしてくる。

榴弾が至近に直撃したかのような衝撃―――――。
ソマは直前に身体を捻り一撃を回避していた。
狙ったわけではない、身体が偶然そのように動いただけ・・・。
それは技術ではなく、単純な幸運によるものだった。
呆気にとられる間もなく、”蛇”がこちらに視線を向けたことに恐怖しながらトリガーを引く。
パパパパパッと乾いた音と共に9(ミリ)弾が”(バケモノ)”の表皮に撃ち込まれめり込む・・・ということもなく、パラパラと落ちていく。

眼に埃がはいったように、ソレが瞼をこする。
(不味い・・・やはり噂通り・・・それ以上の耐久性!!)

やがて”目標”が粉微塵になっていないことを確認するや否や、背負っている機関砲を展開させた。
(30(ミリ)機関砲・・・エーステライヒでは固定陣地で対空砲として利用されたり装甲車に車載されるものを、こうも軽々と・・・)

砲口がこちらに向くと、ソマは死を覚悟した。
それと同時に、熱いものが胸を駆け巡ってくるのだった。

「グラビラスィ ウンドゥク・・・ヌルバリィテ ラル ソマ!(我がソマの名の下・・・グラビラスィの御前にて闘いを申し込む!)」
”蛇”の動きが止まる・・・。

ソマが(そら)んじた一節は、彼が幼い頃に観た”ナイスハロルド放送”で上映されていた「蛇と王様」の主人公が発した台詞、まさにそのものであった。





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登場人物紹介

松野隆男《まつのたかお》:本作の主人公。普段は一般的な会社員。この世界では一般的な身体改良は受けておらず、野菜のみならず朒も食べる。勤務態度は良好で真面目な仕事人といった印象があるものの、料理を作ることが趣味など家庭的な一面も。

路地裏で見ず知らずの男を殺害してしまったことからこの物語が始まる。

足利(あしかが):松野が殺害した男が所属する、宗教団体Sの聖師のひとり。

教団の武装トロール船(密輸船)「9アース」の管理を任せられている。

基本的に臆病・自己保身に走る傾向にあるが、信徒の前では教団の役割(ロール)を果たすため、勇猛果敢に振る舞う。

実は元軍人であり、小規模な戦闘であれば参加することもある。

櫻田兵(さくらだひょう):國家治安部隊「慈安部隊」に所属する隊員。

捜査機関と連携しながら松野を追う。

ソマ・リュオン:アルビオ連邦出身。

國に裏切られた男。戦時中、連合軍中枢にいた人間を次々と暗殺する復讐鬼と化している。

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