闘争あるいは逃走
文字数 597文字
半長靴の男は、松野が瞬時に後退 りするのを見て、言い知れぬ不安を感じたようだ。
男の姿はとかく異様であった。
熊のような体躯に、頭部は禿頭 。
眼の強膜 の部分は刺青なのか黒く塗りこめられていた。
そして男は目撃者 の視線の先に、己の爪先へと黒目のみをゆっくり向けた。(もっとも白目と黒目の境界はよく分からなかったが)
そのうちに、みるみる男の血の気が引いていくのが分かった。
顔面蒼白となり脂汗が吹き出すさまは、まるで火を灯してしばらく経った百目蝋燭 を想起させる。
恐らく男は一仕事してきた後なのだろう。
お世辞にも武陽中心部の治安はいいとは言えない。
終戦から数年。未だ、一人歩きするのも憚られるような場所だ。
路地裏に入れば、犯罪の一つやふたつ起きていても不思議ではない。
松野は、瞬きをする程の間に、この場から抜け出す為の思考を巡らせた。
目の前の「正体不明」は、今の顔色を除けばかなり精強そうに見える。
立っ端※や胸板、胴回りの厚さも相当なものだ。
一瞬思案した後に彼は右足を引き、若干前に上半身の体重を移し前傾姿勢となる。
片足を下げたのは、正面から見た身体の投影面積を減らす為だ。
二人は終始無言であったが、目の前の小男が戦闘態勢を取ったことから、「半長靴」も相手が逃げない事を察して腹を決めたと見える。
夜の帳の下りる頃、人っ子一人通らない、寂れた路地裏には件の男二人が対峙していた。
※...身の丈、身長や物の高さのこと
男の姿はとかく異様であった。
熊のような体躯に、頭部は
眼の
そして男は
そのうちに、みるみる男の血の気が引いていくのが分かった。
顔面蒼白となり脂汗が吹き出すさまは、まるで火を灯してしばらく経った
恐らく男は一仕事してきた後なのだろう。
お世辞にも武陽中心部の治安はいいとは言えない。
終戦から数年。未だ、一人歩きするのも憚られるような場所だ。
路地裏に入れば、犯罪の一つやふたつ起きていても不思議ではない。
松野は、瞬きをする程の間に、この場から抜け出す為の思考を巡らせた。
目の前の「正体不明」は、今の顔色を除けばかなり精強そうに見える。
立っ端※や胸板、胴回りの厚さも相当なものだ。
一瞬思案した後に彼は右足を引き、若干前に上半身の体重を移し前傾姿勢となる。
片足を下げたのは、正面から見た身体の投影面積を減らす為だ。
二人は終始無言であったが、目の前の小男が戦闘態勢を取ったことから、「半長靴」も相手が逃げない事を察して腹を決めたと見える。
夜の帳の下りる頃、人っ子一人通らない、寂れた路地裏には件の男二人が対峙していた。
※...身の丈、身長や物の高さのこと