カルト教団 ’’S’’

文字数 1,037文字

松野は、打ち倒した男の遺体から鞄を剝ぎ取った。

それは先程の立ち回り、特に刃物の操法が明らかに軍属のものであったからだ。
それもこの國の一般兵卒が用いる基礎的な徒手格闘術を習得したのち、洗練された近接格闘についても鍛錬を積んだような動きであったのだ。

「こいつの身元について早急に確認せねばなるまい」
松野はそう呟くと、‘’戦利品‘’を物色し始めた。

鞄は先程述べた通り 奥行きのある容量が大きいもので、荷物も相当入りそうだ。
中は整頓されており、3日分ほどの包装された戦闘糧食や衣類、旅券・ドーラン(※1)、血に塗れた布切れ、それから数枚の写真が入っているのだった。

そのうちハンカチーフとも手拭いとも分からぬ布切れだけは、クシャクシャに丸められており持ち主が現場でどういう心境であったかをはっきりと物語っていた。
包装物の中には、いくつか硬い感触のするものがあった。

L字型の物体・・・それと円筒状のもの・・・

開封すると、まさしくそれは拳銃と減音器(サプレッサー)であった。
弾倉(マガジン)が3本。弾丸は計21発。

銃把(グリップ)に双頭の鷲、現ロマノフ朝(※2)で生産されている小型拳銃フェドロフM1956。
そこらのゴロツキや反社勢力の構成員が所持するものとは違い、表面加工など仕上げも良い‘’純正品‘’のようだ。

「なかなかいいもの持ってるじゃないの・・・」
そう自分で茶化した松野ではあったが、内心焦りを感じていた。

半端者(例えば徒党を組んだ無法者(アウトロー)気取り)などであれば、‘’後処理‘’は容易だ。
場合によっては、反社同士の抗争で受傷したところを発見した、などと官憲に申し出る気でさえあった。

だが、目の前に横たわるこいつは恐らく それなりの規模を持つ組織の尖兵だ。

つづいて中にあった写真を見る。
狩谷睦夫(内務省長官)、佐々木宗弘(国防省政策参与)、佳乃・ルナスキアム・ディアナ(官僚・財務省事務次官)・・・
いずれも國家運営に携わる人物ばかりである。

特に佳乃・ルナスキアム・ディアナ女史は、先日外遊中に不慮の事故により亡くなったとの報道が流れたばかりであった。

この間、先の激闘より2分半。
言い知れぬ不安を憶えた松野であったが、男の襟元に付けられたエボナイト製の徽章(バッジ)を確認するにあたり、その不安は現実のものとなった。

頂上の法輪に下向きの三叉の槍・・・
男は昨今、巷を騒がせるカルト教団‘’S‘’の人間だったのだ・・・

※1:化粧品の一種。軍隊においてフェイスペイントなどに用いられる場合がある。
※2:ロマノフ朝は作中世界において健在である。
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登場人物紹介

松野隆男《まつのたかお》:本作の主人公。普段は一般的な会社員。この世界では一般的な身体改良は受けておらず、野菜のみならず朒も食べる。勤務態度は良好で真面目な仕事人といった印象があるものの、料理を作ることが趣味など家庭的な一面も。

路地裏で見ず知らずの男を殺害してしまったことからこの物語が始まる。

足利(あしかが):松野が殺害した男が所属する、宗教団体Sの聖師のひとり。

教団の武装トロール船(密輸船)「9アース」の管理を任せられている。

基本的に臆病・自己保身に走る傾向にあるが、信徒の前では教団の役割(ロール)を果たすため、勇猛果敢に振る舞う。

実は元軍人であり、小規模な戦闘であれば参加することもある。

櫻田兵(さくらだひょう):國家治安部隊「慈安部隊」に所属する隊員。

捜査機関と連携しながら松野を追う。

ソマ・リュオン:アルビオ連邦出身。

國に裏切られた男。戦時中、連合軍中枢にいた人間を次々と暗殺する復讐鬼と化している。

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