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文字数 1,726文字

 あの人は思いきった行動に出ました。すべて正直に、皆に話したのです。ダンカン王がわたしに夜伽(よとぎ)を強いたこと。それをいさめるつもりで寝室に行ったら暴言を吐かれ、斬りつけられたので、剣を奪って刺したこと。誰もマクベタッドを責めませんでした。つまり、同じ煮え湯を飲まされた領主は何人もいたわけね。ほぼ満場一致で、あの人が王位につくことになりました。ほぼ、というのは、一人だけ棄権した男がいたからだけど、彼についてはそのうち話すことになるでしょう。マルカム? マルカムはとっくにいなくなっていました。逃げ足の速いウサギさんだこと。昨日戦場から乗ってきた自分の疲れ馬ではなく、うちの(うまや)からいちばんいい馬を引き出して、でもあれがいちばんいい馬だってとっさに見抜いたところは、たいしたものだと感心したわ。
 わたしたちの生活は、ほんの少し変わりました。支出が増え、収入が増えました。宴会が増え、わたしが人前に出る機会も多くなりました。それだけ。アッシリアやローマの皇帝のように、十本の指に宝石をはめたり、牛乳のお風呂で奴隷にからだをみがかせたりなどしていません。王と王妃といっても、このスコシアの国では、それぞれの部族(クラン)(おさ)をとりまとめる役だというだけ。民をしいたげて贅沢をむさぼる立場にはないのです。あの人もとくに嬉しそうではありませんでした。仕事が増えたとこぼし、気疲れがすると嘆いていました。こんなことなら王になんかなるんじゃなかったとまで言っていました。わたしもそう。彼の隣に十時間も座って、どうでもいい他人のばか話にあいづちを打ちつづけて、その間一度も彼にキスもできないなんて、本当にストレスがたまる。だけどおつとめだから、しかたありません。
 マクベタッドは次期王位継承者決定制度(タニストリー)を復活させました。それは族長たちの望みでもありました。ただ、次期王位継承者(タニスト)にルーラッハを推したい、と打ち明けられたときには驚きました。わたしたち夫婦には子がないことになっていて、族長たちもみな不安そうにしていたのです。ルーラッハの存在をまだ誰も知りませんでした。
「おれには兄弟が残っていないから、長男であるルーラッハを推すことになる。形だけだ。もちろん親族の大人の男から第二のタニストも選んでおく。それでみんな安心するだろう」
「長男って、あの子は」
「おれの息子だ」
「でも」
「そういうことになっている。これを機会に、ちゃんとしておきたいんだ」
 このとき初めて知って、ひざから力が抜けるほど驚いたのですが、ルーラッハは夫の隠し子として育てられていたのでした。誰がそんなでたらめをと、わたしが逆上しかけたら、あの人は平然と「おれが言った」と言うのです。幼いルーラッハは他所(よそ)へあずけられると決まったとき、目に涙をためて、お母さまはどうしてぼくがお嫌いなのですかと尋ねたそうです。だから、じつはね、おまえを生んだお母さまは天国においでになるのだよ。新しいお母さまはいま、おまえの本当のお母さまになろうとしてがんばっているのだから、おまえも男ならわかってあげなさいと言ったんだ。
「どうしてそんなこと仰ったの」
「なんとなく」
「あなたはそれでいいの」
「だってルーラッハがかわいそうじゃないか。おれのことを本当の父親だと信じているのに」
 迷う、ということが、この人にはないのでしょうか。必要最小限の労力しか使わないのです。選択肢をいくつか並べ、一つ選んで、実行する。実行したらその責任を取る。それだけ。マクベタッドはそういう人でした。
 あの子大きくなったのかしら、とわたしがつぶやくと、いい子に育っているよ、とあなたは微笑みました。ときどきこっそり会いに行っていることには、わたしも前から気づいていました。鷹狩りだと言って出かけていくのですが、獲物を持ち帰るわけでもなく、女の匂いもしない。ただ、帰ってくると、一人で窓のところへ行って、沈んでいく夕陽をながめていたりするのです。その横顔は、落ちついて、幸せそうでした。
 わたしも会いたい、と強く思いました。ルーラッハに。あなたの宝物であるあの子に、わたしも会いたい。でも、どんな顔をして会えばいいのでしょうか。許されることではないような、気もします。

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