あとがき

文字数 2,370文字

 私の主宰する小さな演劇企画、シアターユニット・サラで、昨年(2019年)上演した二人芝居、音楽朗読劇『マクベス』。
 あのとき、相方のミヤザキ氏が描いてくれたマクベス夫妻のイラストが、やたらと美男美女だったのに私が驚き、それいいね!ということになって、そこから私たちの『マクベス』はスタートした。
 いい男といい女がお互い好きすぎて破滅する話。うん、いいじゃない。

 マクベス夫人が一度地獄を見た女なのじゃないかなとは、はじめから思っていて、いまで言うサバイバーだろうと。でないと「わたし自分の生んだ子殺せますけど」(一幕七場)なんて台詞出てこないだろうと。オフィーリアやジュリエットとは前半生がまるでちがうはずだと。
 そして、なぜたいていの解釈が、この赤ん坊をマクベスの子だと思うのか不思議だった。他の男の子どもに決まってる。決定的なのはそれを聞いたマクベスの反応。「おまえ強ぇな」みたいなこと言っちゃって感心してるのだ。自分の生ませた子を殺しますよと言ってる女に感心するなんて、動物のオスとしてあり得ない。そこがスルーされてしまうのは、この二人は異常者で悪人だからという決めつけが、思考停止を許してしまうからじゃないのだろうか?

 そう思ってスコットランド王家の系図を見て、おお、と思った。マクベス夫妻に子どもがいないというのは有名な話なのに、ちゃんと跡継ぎがいるではないですか。夫人の連れ子だ。戦って手に入れた女の連れ子なんて、今度は逆に、抹殺するほうが戦国あるあるでしょう。それを、養子にして自分の後を継がせている。
 マクベス、面白い人かもしれない。

 しかも、マクベス夫人に名前がない、つまり夫人が劇中一度もファーストネームで呼ばれないというのも有名な話なのに、ちゃんと名前がありました。グロッホ。
 まあ、あれですね、少なくとも当時のアングロサクソンの耳にはあまり、「萌える」響きではなかったんでしょうね、「オフィーリア」「ティターニア」とかと違って。でもケルトブームを経験した後では、とても新鮮に聞こえて私は大好きです。楽器の名前みたい。
 このグロッホ嬢、マクベス、いやマクベタッド(マクベスは英語読み)とは遠縁に当たる。先夫ギラコムガンも息子ルーラッハもちゃんと系図にある名前で、私の捏造ではない。

 なんだかじーんとして、その系図からしばらく目が離せなかった。
 彼らの間にいったい何があったのか。
 いや、たぶんふつうに子連れ再婚だっただけだろうとは思う(笑)。だけど、もしも「グロッホ」が「ルーラッハ」を殺そうとしたことがあったら、どうだろう。そのとき「マクベタッド」はどうするだろう?

 シェイクスピアでは白髪の慈父であるダンカン王が、マクベタッドと六歳しか離れていないというのも史実。マクベタッドの領地に侵入したり、タニストリーを廃止したりして、それに抗議したマクベタッドに殺されたとある。だめじゃん、ダンカン。
 そして対照的に、ダンカンの遺児マルカムの「できる男」ぶりが凄い。マクベタッドもルーラッハも串刺しで殺し(比喩です)王位を奪還して、その後「カンモー(大首領)」とあだ名される堂々の大王になり、美人の嫁を二人ももらって(同時じゃないよ)、イングランドやノルウェーまでまたにかけて大活躍する。ハムレットのモデルになった北欧の英雄アムリートとそっくりだ。そう、シェイクスピアの描くマルカムも、ハムレットから迷いを消去したバージョンで、なかなかキレのいい王子さまなのだよね(そこわかってない翻訳はその時点でダメだと思う)。童貞だって自分で言ってるけど(四幕三場)。まあそれ、彼の聖人君子ぶりを強調しているだけで、「もてない男」とはわけ違うし、将来たっくさん子ども作るからいいんじゃない? できればマルカムノートも書いてみたいくらい(笑)。

 ということで、マクベスといえばホラー、スプラッタというお決まりのコースを一度降りてみたら、何が見えてくるか、というシミュレーションをやってみました。
 マクベスって、計画性がないというか、出たとこ勝負というか、とにかくいろいろザルな人なんですよ。ダンカン殺しを悔いて悪夢を見て……って言うけど、「そんな箇所どこにあるの?」とミヤザキ氏が言う。ほんとだ! よく読むと、マクベス、とくに反省の色なし。ダンカンの次はバンクォーが邪魔だわ、あ、まだマクダフが残ってたわ、みたいな。行き当たりばったり。しかもかなりめんどくさそう。投げやり。疲れてる。この疲れっぷりがなんとも笑える人だというのも、ミヤザキ氏の発見。それならはじめからその気にならなきゃいいのに、よっぽど女房が可愛いんだろうと彼は言う。

 この、出たとこ勝負でほだされやすい男に、キレ気味の美人妻がベタ惚れして、うちのダンナは世界一と思いこんでいたらどうだろう。はた迷惑で破壊力無限大だが、そうとう面白い夫婦のできあがりではないですか。

『レディ・マクベス・ノート』はこんなふうに出来ていきました。というより、レディ・マクベスがそんな話、いや、ほぼほぼお惚気(のろけ)を聞いて欲しがったのです、私に。ええ。もう。はいはい、ごちそうさま。
 私自身、このマクベスが理想の男性か?と訊かれれば、そうですね、個人的には、細かいことにねちねちこだわったり他人の評価ばかり気にしたりする人がマックス苦手なので、そういう意味では、どうでもいいわな性格大歓迎ですね。しかも責任は取ってるし(そう、こだわり男にかぎって土壇場で逃げる。そして言い訳する)。なので、グロッホに一票です。
 彼女には、例えばオフィーリアとは正反対の、確信犯的な魔性を全開して見せてもらって、私も楽しかった。一人でも多くの読者に愛してもらえるといいね、グロッホ。そしてマクベタッド、ルーラッハ。

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