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文字数 938文字

 人より美しく生まれたことは、わたしのせいではありません。そして、それがなんの役にも立たなかったことも、わたしのせいではない。
 それとも、少しは役に立ったのかしら。誰の。殿の?
 わたしのこと、話しましょうか。そこにいるのでしょう。あなたが誰でもかまわない。人間でなくても。どうせわたし、明日死ぬのです。
 わたしの名はグロッホ、などと、月並みなところから始めてみましょうか。父の名はベレデ、母はドウナダ。でもそこなの、あなたが聞きたいのは? ちがうでしょう? あなたが知りたいのは、わたしの爪が本当に1インチものびていて、そこに男の血と皮膚のかけらがつまっているかどうかということでしょう。ばかばかしい。そんな爪がこの手のどこにあるの。わたしはふつうの女です。ああ待って、いま話すから。ここ、座り心地が悪いの。土壁が肩甲骨に当たって、痛くて。人ひとりしか入れない穴ぐら。
 でも、子ども時代のことはあまり思い出せない。いま浮かぶのは、そう。一面の火。降る灰と煙の中を、幼いわたしは弟を抱きしめてさまよっている。いえ、ちがう。わたしに弟はいない。あれは人形、木切れに布を巻いたもの。わたし、抱きしめるものが欲しかったのです。兄さまは斬殺。目の前で。兄さまの頭蓋から飛んだ血が、わたしの口に入った。わたしも足の裏を切っていた、はだしだったから。わたしの歩くあとに点々と血がついていたはずね、ふりかえって見てはいないけれど。そんな少女、つかまえるのは簡単でしょう? 訊きたい? そのあとわたしが誰に何をされたか。訊きたいのね。でも言わない。あなたが勝手に想像するほうが、きっと残酷で貪婪で楽しいわよ。
 子ども時代の話はこれでおしまい。でも、子ども時代っていつまでかしら。わたし、嫁がされたときも、まだ子どもだった。嫁ぐ。そう、あの火事場の続き。まさか同じ男とはね。
 それはそれはきれいな男でした。ヘリオス。ベレヌス。フレイ。そう、神。日に透けると燃えるように見える明るい髪。唇がうすくて。中に入っている魂は、けだもの。それがわたしの最初の夫、ギラコムガンでした。どう、こういう話、好き? 好きでしょう? あなたが訊きたいのはこういう話でしょう? いくらでもしてあげる。時間の許すかぎり。

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