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文字数 1,405文字

 告解僧は、まるっこい、お団子のような初老の男でした。娘よ、とわたしを呼び、わたしが涙を流すといっしょに泣いてくれ、神の御前に立つのですから身ぎれいにしたいのですというわたしの願いを入れて、女どもを呼んで肌を拭いたり髪をくしけずったりさせてくれました。ありがとう、神父さま。あなたも天国へおいでになるとき、わたしのことを思い出してくださるわね、きっと。
 自分で選んだ衣装ではないにしても、せめてこざっぱりした服に着替えさせてもらえたのも嬉しかった。
 目隠しを拒否してやろうかしらと思ったけれど、それはちょっと自信がなくてあきらめました。わたしも死刑になるのは初めてだから、いざという瞬間にとり乱したりしたらそのほうが嫌。どこまで行けるか、どきどきします。いまの望みは、最後にひと目、あの男の顔が見たいということ。べつにできるだけたくさんの人の注目を浴びながら死にたいなんて思っていません。ただ、ひっそりと片づけられるのは残念。せめて彼の目の前で首を落とされたい。
 司祭がわたしの肩を抱いてくれているのですが、そんなにしっかり抱かなくてもいいんじゃないかなと思います。もちろん怖くて足がふるえている。でも、あなたがたがいるから。そこにいるのよね、精霊さんたち。嬉しいわ。いままで聴いてくれてありがとう。あなたがただけは知っている――真実を。そうでしょう。わたしが、何を思い、どう生きたか。マクベタッドが本当はどういう人だったか。ルーラッハがどんなにすばらしい子だったか。わたしたちをおおう誹謗中傷、根も葉もないでたらめ、残虐非道という汚名、誰になんと言われようと、わたしはこのひとかけらの宝石でぶあつい黒雲を切り裂いて、神に見ていただくの。世界と和解? まさか。マクベタッドとルーラッハを奪われたいま、おまえたちを許す理由がどこにあって? あの二人と引き換えに、おまえたち全員が死んだってよかったのよ。最期の瞬間まで、呪いつづけてやるんだから。
 刑場が中庭だというので、それならいるかしらと思ったら、いました。マルカム。お付きの者に囲まれて、白い衣装を身につけて、なかなか神々しいじゃない。磨けば光るものね。司祭が耳もとで、わたしの身支度を許されたのは新国王じきじきのとかなんとかささやいている、ああそうなの、それはどうもありがとう、聖王さま。思いきり哀れっぽい顔を見せてやりたかったのに、さすがにその余裕はなさそうです。ふふ、残念。あの子何、あさってのほうを向いてるのかしら。こっちを見なさいよ。もう目隠しをかけられちゃうじゃない。早く。こっちよ。
 目が合いました。
 その顔が見たかったのよ――。部下に見つかったらまずいのではないの、仔ウサギさん? 初めは、冷酷さと憐れみを同時にたたえたみごとな表情でした。でもそれも二秒ほど。杯から水がこぼれるようにバランスを失って、彼は自分から目をそらしたのです。甘いわね。これから何十人も斬らなければ大王にはなれないわよ、マルカム三世。せいぜい今宵の夢に、わたしの肢体を想って精をこぼしなさい。
 目隠しが思ったよりきつくて、もう何も見えなくなりました。何かが読みあげられているようだけど、もう何も聞こえません。わたしの名前も罪状も、どうでもいいこと。ただ、マクベスの妻と呼んでください。それがすべてです。
 殿。
 いま、おそばにまいります。



―レディ・マクベス・ノート 完―
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