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文字数 837文字

 白狼マルカムは、わたしたちが失ったものを二つとも持っていました。若さと、正義。あの進軍の驚くべき速さが、すべてを物語っていました。ファイフを炎上させてしまったことで、人はことごとくマクベタッドから離れていきました。レノックスもロスも、もういません。もはやマルカム勢は反乱軍ではなく正規軍、わたしたちが逆賊でした。闇の中に、森が見えます。動いている。はげしい風に生き物のように頭をふり、空に向かって無言の雄叫びをあげています。
 眠れないのに、夢を見るのです。
 火。炎。水のおもてを流れる速い雲。揺れるヒースの白と紫。血だまりに足をとられて、わたしは、よろめきながら歩いていく。焼け焦げた赤ん坊の骸骨。誰なの。抱きあげて、布でくるむ、スカートを引きちぎって。愛してる。愛してるとつぶやく、誰が? 誰を? こんなに晴れたり(かげ)ったりする日は初めて。(あられ)。これは短剣? 目の前に、(つか)を握れとばかりに。つかめない、でも消えもしない。あなたはふるえていた、マクベタッド、かわいいひと。着替えを手伝ってくれと言いながら床に座りこんだ、ダンカンの返り血に濡れて、戦場で少年の頃から何年も戦ってきたのに、あの晩あなたは手のふるえを止めることができなかった。殺すなかれ――洗っても、洗っても指から血が取れなくて、血の匂いが、部屋にあった水差しの水を使いきってしまっても取れなくて、わたしはあなたの手首をなめて、そのまま二の腕まで舌をはわせていったのよ。殺すなかれ――聖書の一行が、わたしたちの頭上の空中に大文字で書かれていたけれど、わたしは、わたしは、こんなふうに愛してもらえるならダンカンなど千回殺してもかまわないと思った、あのときわたしたちは、地獄に堕ちたのです。あなたの目が金色に光り、きっとわたしも。それは、人肉の味を知ってしまった狼の目でした。
 まだ、朝にならないの? まだこの物語は終わりにならないの? 聞きたいの、鬼火さん、この続きを? いいわ、話してあげる。どうせあと少しだから。

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