8. 春祭り

文字数 4,456文字



(いの)(いわ)」が、いっせいに咲いたあらゆる(はな)たちに(おおい)()くされて、今日(きょう)は「(にじ)(たに)」の(はる)まつりだ。

対馬(つしま)(かみ)は、山吹(やまぶき)小枝(こえだ)(かざ)られて、祈祷師(きとうし)らしく、キリリと(うつく)しい。

たくさんの河童(かっぱ)たちが、祈り岩に(あつ)まって、対馬(つしま)がマナンタグラに(ささ)げる(うた)()っている。マナンタグラは、(ゆき)(ほど)よく()けて、(なが)(ふゆ)()えた(たに)を、(とも)(いわ)うにふさわしい優美(ゆうび)さで、(やわ)らかく(かがや)いていた。

一緒(いっしょ)(うた)いたい河童(かっぱ)たちは、(いわ)のすぐそばに場所(ばしょ)をとる。(にじ)(たに)(いち)美河童(びがっぱ)美子(みこ)さん」が、(あさ)から(はな)(あつ)めて、髪飾(かみかざ)りにしてくれるので、一年(いちねん)一番(いちばん)(うつく)しい河童たちに(かこ)まれて、(いの)(いわ)はいっそう(はな)やかだ。

(ふゆ)苦労話(くろうばなし)が、残雪(ざんせつ)や、川面(かわも)(ひか)水飛沫(みずしぶき)や、(さくら)(もも)やマンサクや、辛夷(こぶし)花々(はなばな)(あいだ)(とお)()けては、慰労(いろう)され、()えて()く。

会場係(かいじょうがかり)()をあげて、いったんみんなを(しず)めると、対馬(つしま)(うた)(はじ)まった。


『 ぴゅり ぴゅり ぴった〜ん

ゆーらりゆらゆら (みなみ)
ひーらりひらひら (かぜ)
さーくやさやさや (はな)
よろこび色の空で ()(おど)

わたしたちの(ちち) マナンタ
春のこの良き日を()っていたの

冬の(あいだ)
くじけた(こころ)
(せつ)ない(なみだ)を (ゆき)()えて
(ちち)なるマナンタが(あず)かってくれる

(はる)になったら
(つめ)たい(ゆき)
(あお)くきらめく (なが)れに()えて
父なるマナンタは(かえ)してくれる

わたしたちの(ちち) マナンタ 
春のこの()()()っていたの

ゆーらりゆらゆら (みなみ)
ひーらりひらひら (かぜ)
さーくやさやさや (はな)
よろこび色の空で ()(おど)

春の良き日のこの日から
わたしたちは虹色(にじいろ)(かが)くの 』


対馬(つしま)(うた)えば、小梅(こうめ)が、スーワが、ケンさんが、さくらが(うぬ)う。今年(ことし)新入(しんい)りの、あの「道祖神(どうそじん)」までが(くわ)わった。()ちきれない(おも)いで、河童(かっぱ)たちが、普段(ふだん)(ふれ)ることさえ(ゆる)されない(いの)(いわ)にあがって、次々(つぎつぎ)(うた)い継ぎ、思い思いに(おど)(つな)ぐのだ。
唄は、その音色(ねいろ)()えながら、虹の谷の隅々(すみずみ)まで(ひびき)(わた)っていった。

いつもなら、それが()がな一日(いちにち)(つづ)くのだが、今年(ことし)はちょっと様子(ようす)(ちが)う。

仙人席(せんにんせき)には、隣山(となりやま)の「たいらっぴょん」が(くも)()っておさまっている。マナンタグラの小富士仙人(こふじせんにん)(なが)留守(るす)なので、代理(だいり)(まか)されているのだ。陽気(ようき)なたいらっぴょんの人気(にんき)は、この(あた)りの仙人(せんにん)の中では、(ぐん)()いている。雲にのって(たか)()び、自慢(じまん)仙人棒(せんにんぼう)で、上空(じょうくう)寒気(かんき)から、ソフトクリームを(つく)ってくれる、春祭(はるまつ)りの(きょう)()めやらず、日暮(ひぐれ)れまで(つづ)いてしまっても、しょうがないなあと、仙人棒(せんにんぼう)(かす)かな月明(つきあ)かりや、(ほし)(かがや)きを(あつ)めて、(あか)りをともしてくれる。

これも今年(ことし)はちょっと(ちが)っている。この(はる)まつりを()って、「(にじ)(たに)」の河童(かっぱ)たちは、大きな会議(かいぎ)(ひら)くのだ。

人間(にんげん)階層(かいそう)とのズレが小さくなり、(たが)いの姿(すがた)()えるようになったら、虹の谷の河童たちはどう対処(たいしょ)するのが最善(さいぜん)か ? 』

たいらっぴょんは、こう言う問題(もんだい)にはとんと(あたま)(はたら)かないタイプである。いつまでもこの(うた)(つづ)いて()しい・・・そればかりが、脳裏(のうり)()()していた。一緒(いっしょ)(うた)(くち)ずさみながらも、時々(ときどき)会議(かいぎ)のことを(おも)い出しては、ふーっと溜息(ためいき)をついた。ご意見番(いけんばん)仙人席(せんにんせき)に、自分(じぶん)(すわ)っていると思うだけで(くる)しいのだ。

最後(さいご)にまた、対馬(つしま)がひとりで(うた)って、とうとう「(にじ)(たに)」の(なが)い唄の儀式(ぎしき)()わってしまった。

「みなさん」

対馬(つしま)は、背筋(せすじ)()ばして、()()けた。(あた)りの(おと)がすっと()えた。

「みなが(つど)うこの良き日を()って、(ちち)なるマナンタグラに見守(みまも)られ、大切(たいせつ)会議(かいぎ)を開きます。」

対馬(つしま)宣言(せんげん)すると、わーっと、広場(ひろば)()いた。「虹の谷の()(みち)」が()まるのだ。

「スーワさんに、今この谷に何が()こっているのか、もう一度(いちど)説明(せつめい)してもらいます。みなさんには、状況(じょうきょう)正確(せいかく)認識(にんしき)することを(もと)めます。」

「僕たちの世界(せかい)を、小富士仙人(こふじせんにん)たちが(つく)って、その結界(けっかい)道祖神(どうそじん)さまが(まも)っていたってことは、先日(せんじつ)(つた)えしました。ここ3年ほどは、0.75バレンタあった人間階層(にんげんかいそう)とのズレが、0.25バレンタまでに(ちぢ)まり、人間(にんげん)と河童、おそらく双方(そうほう)から、その姿(すがた)が見えるようになっていました。小富士仙人(こふじせんにん)使(つか)った結界石碑(けっかいせきひ)は、84(たい)道祖神(どうそじん)さまの協力(きょうりょく)結界(けっかい)()(なお)し、0.75バレンタまで(もど)しましたが、84(たい)(うち)の1(たい)なので、その結界(けっかい)効力(こうりょく)は、おそらくほぼ 1年、(のこ)り11ヶ月ほどです。このままでは、11ヶ月たてば、また人間とわれわれは、双方(そうほう)から見えるようになるでしょう。」

うーーーん。スーワの説明(せつめい)は、簡潔(かんけつ)すぎて、容赦(ようしゃ)が無い。今までのような、「(にじ)(たに)」の()らしは「(のこ)り11ヶ月なんだ」と、(すべ)ての河童(かっぱ)たちに、理解(りかい)させた。

(とり)(けもの)も、(なに)かを(かん)じているのだろう、木々(きぎ)(うえ)から、(いわ)(かげ)から、河童(かっぱ)たちの会議(かいぎ)行方(ゆくえ)を、(のぞ)き見ている。

たいらっぴょんは、緊張(きんちょう)のあまり(いわ)のようだ。()だけが何度(なんど)もパチパチしている。(たし)かに、十八番(オハコ)のソフトクリームは、人間界(にんげんかい)(のぞ)いて、子どもたちが(よろこ)ぶのを見て真似(まね)した。人間界をたまに(のぞ)くのはとても(たの)しいと、(おも)ってはいるのだ。しかし、ずっと一緒(いっしょ)になどやっていけるだろうか ?  河童(かっぱ)たちが大丈夫(だいじょうぶ)()ったら・・・ワレは何と答えればいいのだろう ?

人間界時代(にんげんかいじだい)仙人(せんにん)が、どれほど過酷(かこく)仕事(しごと)だったか、たいらっぴょんは()っている。山の(いわ)()っくり()して、金属(きんぞく)()える。人間が具合(ぐあ)(わる)いといえば、薬草(やくそう)(さが)して、日照(ひで)りだと()えば、(あめ)をふらせる。明日(あした)天気(てんき)()かれりゃ空見(そらみ)(こた)え、人生相談(じんせいそうだん)(ねが)(ごと)(やま)ほどだ。人間(にんげん)手品(てじな)のように思っているが、あれは科学(かがく)なのだ。この()には、天地(てんち)理法(りほう)(はん)してできることなど(なに)もないのだよ。ワレは、その理屈(りくつ)整理(せいり)するのが、とても苦手(にがて)なんだ・・・。かっこつけの仙人(せんにん)が、(すず)しい顔でやって見せては得意(とくい)になるから、人間(にんげん)たちの要望(ようぼう)はどんどんエスカレートして、とんでもなく苦労(くろう)したんだ。だいたい、(なや)まなくてもいい、(よく)なんかかかなくていいと(さと)ったから、仙人(せんにん)になっているのに、四六時中(しろくじちゅう)(なや)んでいる人間(にんげん)相談相手(そうだんあいて)は、(なまり)(いだ)くように()(おも)かったのだ・・・・。

会議(かいぎ)最後(さいご)にどのような結論(けつろん)()ても、たいらっぴょんは、このマナンタグラの重鎮(じゅうちん)である小富士仙人(こふじせんにん)代理(だいり)として、それを承認(しょうにん)仙人(せんにん)としての協力(きょうりょく)宣言(せんげん)しなければならない。

たいらっぴょんの(まど)う気持ちなど、(だれ)()らない。さて、どうなるのだろう ? 
その会議(かいぎ)はいよいよだ。
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登場人物紹介

虹の谷にやって来て630年。祈祷師の「対馬」ですの。いつも、あなたの幸せを祈っているわ ❤️

小梅よ。虹の谷の門番であるケンさんと結婚して、私も門番をやっているの。ワクワクドキドキ、お気に入りの仕事よ。

門番のケンだよー。虹の谷の異界から最近、人間界が見えるんだよ。どうなることやら・・・。顔だけで門番になったから、この仕事怖いんだよな。まあ、今は小梅が手伝ってくれるから良いけど。

さくらよー。虹の谷の女性リーダーは、代々「さくら」を名乗ることになっているの。将来は、虹の谷のリーダーになるんだけど、今は、まだ子供よ。

虹の谷一の物知りと言われているスーワだよ。多くの知識をフル活用して、この虹の谷の一大事を乗り越えていくんだ。楽しみにしててね!

サルタンだよー。河童たちに、何百年かぶりに、石碑の中から引っ張り出されたよ。人間時代は、仙人界に憧れていろいろ修行したんだけどね、本物の異界に住んでる河童たちと友達になるとは、思っても見なかったなあ。

ケトだよ。虹の谷は面白いよ。水浴びしたり、毎日、虫や鳥と遊んでる。スーワがパパで、ママはマンバ、お兄ちゃんはナトって言うんだ。ナトはすぐ、ひとりでどこか行っちゃうから、僕はいつもさくらちゃんと一緒にいるんだ。

平標山の仙人、たいらっぴょんじゃ。虹の谷には、小富士仙人という、えらい仙人がおるんだがの。旅に出たまま、ちっとも帰ってこんから、ワレが時々、虹の谷を見廻ることになってるんじゃが、子供たちが可愛くてなあ、けっこう楽しくやっておる。

小富士仙人。留守をたいらっぴょんに任せて、長いこと旅に出ていたんだが、やっと、物語の最後に間に合うように、帰ってこられたよ。

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