「
祈り
岩」が、いっせいに咲いたあらゆる
花たちに
覆い
尽くされて、
今日は「
虹の
谷」の
春まつりだ。
対馬の
髪は、
山吹の
小枝で
飾られて、
祈祷師らしく、キリリと
美しい。
たくさんの
河童たちが、祈り岩に
集まって、
対馬がマナンタグラに
捧げる
唄を
待っている。マナンタグラは、
雪も
程よく
解けて、
長い
冬を
耐えた
谷を、
共に
祝うにふさわしい
優美さで、
柔らかく
輝いていた。
一緒に
唄いたい
河童たちは、
岩のすぐそばに
場所をとる。
虹の
谷一の
美河童「
美子さん」が、
朝から
花を
集めて、
髪飾りにしてくれるので、
一年で
一番美しい河童たちに
囲まれて、
祈り
岩はいっそう
華やかだ。
冬の
苦労話が、
残雪や、
川面に
光る
水飛沫や、
桜や
桃やマンサクや、
辛夷の
花々の
間を
通り
抜けては、
慰労され、
消えて
行く。
会場係が
手をあげて、いったんみんなを
鎮めると、
対馬の
唄が
始まった。
『 ぴゅり ぴゅり ぴった〜ん
ゆーらりゆらゆら
南の
ひーらりひらひら
風に
さーくやさやさや
花は
よろこび色の空で
舞い
踊る
わたしたちの
父 マナンタ
春のこの良き日を
待っていたの
冬の
間は
くじけた
心
切ない
涙を
雪に
変えて
父なるマナンタが
預かってくれる
春になったら
冷たい
雪を
青くきらめく
流れに
変えて
父なるマナンタは
返してくれる
わたしたちの
父 マナンタ
春のこの
良き
日を
待っていたの
ゆーらりゆらゆら
南の
ひーらりひらひら
風に
さーくやさやさや
花は
よろこび色の空で
舞い
踊る
春の良き日のこの日から
わたしたちは
虹色に
輝くの 』
対馬が
唄えば、
小梅が、スーワが、ケンさんが、さくらが
唄う。
今年は
新入りの、あの「
道祖神」までが
加わった。
待ちきれない
思いで、
河童たちが、
普段は
触ることさえ
許されない
祈り
岩にあがって、
次々と
唄い継ぎ、思い思いに
踊り
繋ぐのだ。
唄は、その
音色を
変えながら、虹の谷の
隅々まで
響き
渡っていった。
いつもなら、それが
日がな
一日続くのだが、
今年はちょっと
様子が
違う。
仙人席には、
隣山の「たいらっぴょん」が
雲に
乗っておさまっている。マナンタグラの
小富士仙人が
長く
留守なので、
代理を
任されているのだ。
陽気なたいらっぴょんの
人気は、この
辺りの
仙人の中では、
群を
抜いている。雲にのって
高く
飛び、
自慢の
仙人棒で、
上空の
寒気から、ソフトクリームを
作ってくれる、
春祭りの
興が
冷めやらず、
日暮れまで
続いてしまっても、しょうがないなあと、
仙人棒に
微かな
月明かりや、
星の
輝きを
集めて、
灯りをともしてくれる。
これも
今年はちょっと
違っている。この
春まつりを
待って、「
虹の
谷」の
河童たちは、大きな
会議を
開くのだ。
『
人間階層とのズレが小さくなり、
互いの
姿が
見えるようになったら、虹の谷の河童たちはどう
対処するのが
最善か ? 』
たいらっぴょんは、こう言う
問題にはとんと
頭が
働かないタイプである。いつまでもこの
唄が
続いて
欲しい・・・そればかりが、
脳裏を
行き
来していた。
一緒に
唄を
口ずさみながらも、
時々、
会議のことを
思い出しては、ふーっと
溜息をついた。ご
意見番の
仙人席に、
自分が
座っていると思うだけで
苦しいのだ。
最後にまた、
対馬がひとりで
唄って、とうとう「
虹の
谷」の
長い唄の
儀式も
終わってしまった。
「みなさん」
対馬は、
背筋を
伸ばして、
呼び
掛けた。
辺りの
音がすっと
消えた。
「みなが
集うこの良き日を
待って、
父なるマナンタグラに
見守られ、
大切な
会議を開きます。」
対馬が
宣言すると、わーっと、
広場が
湧いた。「虹の谷の
行く
道」が
決まるのだ。
「スーワさんに、今この谷に何が
起こっているのか、もう
一度説明してもらいます。みなさんには、
状況を
正確に
認識することを
求めます。」
「僕たちの
世界を、
小富士仙人たちが
創って、その
結界を
道祖神さまが
守っていたってことは、
先日お
伝えしました。ここ3年ほどは、0.75バレンタあった
人間階層とのズレが、0.25バレンタまでに
縮まり、
人間と河童、おそらく
双方から、その
姿が見えるようになっていました。
小富士仙人が
使った
結界石碑は、84
体。
道祖神さまの
協力で
結界を
張り
直し、0.75バレンタまで
戻しましたが、84
体の
内の1
体なので、その
結界の
効力は、おそらくほぼ 1年、
残り11ヶ月ほどです。このままでは、11ヶ月たてば、また人間とわれわれは、
双方から見えるようになるでしょう。」
うーーーん。スーワの
説明は、
簡潔すぎて、
容赦が無い。今までのような、「
虹の
谷」の
暮らしは「
残り11ヶ月なんだ」と、
全ての
河童たちに、
理解させた。
鳥も
獣も、
何かを
感じているのだろう、
木々の
上から、
岩の
陰から、
河童たちの
会議の
行方を、
覗き見ている。
たいらっぴょんは、
緊張のあまり
岩のようだ。
目だけが
何度もパチパチしている。
確かに、
十八番のソフトクリームは、
人間界を
覗いて、子どもたちが
喜ぶのを見て
真似した。人間界をたまに
覗くのはとても
楽しいと、
思ってはいるのだ。しかし、ずっと
一緒になどやっていけるだろうか ?
河童たちが
大丈夫と
言ったら・・・ワレは何と答えればいいのだろう ?
人間界時代、
仙人が、どれほど
過酷な
仕事だったか、たいらっぴょんは
知っている。山の
岩を
掘っくり
出して、
金属に
変える。人間が
具合が
悪いといえば、
薬草を
探して、
日照りだと
言えば、
雨をふらせる。
明日の
天気を
聞かれりゃ
空見て
答え、
人生相談・
願い
事も
山ほどだ。
人間は
手品のように思っているが、あれは
科学なのだ。この
世には、
天地の
理法に
反してできることなど
何もないのだよ。ワレは、その
理屈を
整理するのが、とても
苦手なんだ・・・。かっこつけの
仙人が、
涼しい顔でやって見せては
得意になるから、
人間たちの
要望はどんどんエスカレートして、とんでもなく
苦労したんだ。だいたい、
悩まなくてもいい、
欲なんかかかなくていいと
悟ったから、
仙人になっているのに、
四六時中悩んでいる
人間の
相談相手は、
鉛を
抱くように
気が
重かったのだ・・・・。
会議の
最後にどのような
結論が
出ても、たいらっぴょんは、このマナンタグラの
重鎮である
小富士仙人の
代理として、それを
承認し
仙人としての
協力を
宣言しなければならない。
たいらっぴょんの
惑う気持ちなど、
誰も
知らない。さて、どうなるのだろう ?
その
会議はいよいよだ。