「ねえねえ、それからどうなったの?」
河童たちはまだまだ
聞きたい。サルタンが「
道祖神」から
出てきた
理由は、つまりは「
虹の
谷」ができた
理由でもあろう。
「そりゃ、トト
神仙人のことだからさ。しっかり
奴らと
交渉して、
損した
分まで
取り
返してくれたさ。
鉱夫も
農夫も、お
金を
持てるようになったんだ。もちろん、ワシたちの
協力もたいしたものだったんだよ。うんうん。」
「ふうーん、サルタンてすごいのね。きっとそういう
人だと
思っていたわ !」
「いや、うーん・・・さくらちゃん。
続きがあるんだ。その続きの
方なんだよ、トト
神仙人を
怒らせたのは。もらったお
金が
嬉しすぎてな、
鉱夫も
農夫も
木こりも、
博打ってのをはじめたんだ。
負ければ、
金を
取られてすっからかん、
勝って
金を
手にすりゃ、
酒びたり。トト神仙人が
大変な
交渉して
貰ってくれた
金は、ぜーんぶ
酒になって
消えちまったのさ。「この
大バカ
者めがーーーーーー ! 」って。あん
時は、あの
白根山まで
火を
吹いたからなあー。
山も
岩も
森も
揺れてなあ、
博打小屋なんぞ、ぺしゃんこさ。」
「まーーーーーーっ、
大変。それを、サルタンが
助けてあげたの、ねっ ?」
さくらの
予想に、サルタンは
渋い
顔になってうなだれ、
首を
横に
振った。
「いやー、いっしょに
酒、
飲んでたんだ。」
アッハッハ。
河童たちは
笑い
転げた。
赤ら
顔のサルタンが、うまそうに
酒を
飲んでる
姿を
想像しただけでも
愉快だ。
加えて、トト
神仙人から
思いっきり
怒られて、
萎んでいく
姿まで
想像してしまったのだから、
可笑しくてしかたない。
美しいとはいえ、いささか
退屈なこの
谷に、この
珍客。
人間社会というのは、
結構おもしろいのかも
知れない。
「まあ、それで、
肝心な
話に
入ろう。ワシが
道祖神から
出てきた
理由ってのは・・・。」
「
出てきた
理由ってのはー? 」
「トト
神仙人の「
温情」とも「
罰」とも
言えるな。だいたい
仙人ってのは、
鉱山を
見つけたり、
薬草を
選定したり、
食料の
栽培方法を
考えたり、
星も
読めば、
天気も
当てる、
雨だって
降らせるのさ。だからワシも
仙人のもとで
修行してたんだけど、
本当は、
仙人の
一番の
特徴ってのは『
人生のあり
方についてメチャクチャうるさい』って、ところなんだよ。」
「この
辺の
山は、
必ず
仙人がいるけど、
人生のあり
方について、メチャクチャうるさい
人たちなの ? 」
小梅がびっくり
眼になっている。
知ってる
仙人たちを
思い
浮かべて、そうは
思えないけどなあ、と言いたそうだ。
仙人席にいるたいらっぴょんが、またピクンとした。
「たしかだ、
小梅さん、ワッハッハ。
仙人てカッコイイだろ ? ワシみたいなチョイ
悪系には、たまらん
魅力さ。だから
修行に
入るんだけど、そこが『キモ』なんだよ。
仙人てのはさ、
自然と
一体になって、『その
気』を
使えるから、あんなことができるんだ。その修行は、めちゃ
楽しい。
呼吸法だとか、
食事法だとか、ヒントもくれる。だけどな・・・・ 」
「だけど・・・・
何なの ?」
「
不老不死の「
天界仙人」になるには、1200もの
善行や
徳を
積まなくちゃなんないんだよ。「
地上仙人」になるのだって800さ。ワシはな、798まで
頑張った。ずいぶん
人を
喜ばせもしたし、
助けもしたよ。その
功績で、
長生きもしてたんだ。」
河童たちは
息を
呑んだ。もしかして・・・
後のふたつは・・・。
「ああ、ご
想像の
通りさ。ヘソが
曲がった。だいぶ
国ができた
頃な、
国の
制度が
整えば整うほど、
窮屈でさ、
反乱を
興しちまった。それでもまあ
勝ったんで、
歴史書を
作ろうって
話になって・・・・ワシは、その
書きっぷりにまた・・・
激怒しちまったのさ。」
サルタンは、ため
息をついて
遠くを
見た。
今でも
悔しいらしい。
「
小梅さんも
対馬さんも、「
猿田彦大神」って
石碑が、
道祖神の
石碑と
一緒にあったの
覚えているだろ ? あれも、ワシらのこと。この
国の
歴史書にも、
道案内したことは
書いてある。だけど、
名前が『
猿』なんだよ、
猿。サルタンだから『
猿田』、
男だから
彦さ。いっくら
赤ら
顔だって、この当て字はないだろ ? この
国に
最初に
来たサルタンには、サロメって
奥さんもいたんだ。そしたら当て字が『
猿女』ってんだ。
他のサルタンたちも、
怒って
国に
帰っちまったさ。」
スーワはいたく
同情した。
歴史書に出てくる
道案内の「サルタヒコ」は、
確かに40cmもある
鼻と、ホウズキのように
赤く
輝く
目を
持った
大男だ。サルタンと
同族なのは
違いなかろう。この
国の
人間界では、
祟ると
神格や
神社の
位が
高くなる。
噴火を
鎮める神社は、山が火を
吹くたび、
位が
上がっていく。言うなれば、
神様をもちあげて
慰める
習慣があるのだ。
猿田彦に「
大神」と
付いているのは、サルタンのスネ
具合が、「
祟り」に
匹敵する
程だったのではなかろうか ? よほど
悔しかったに
違いない。
「
次は「
天狗」。これもワシらの
一族のこと。
天狗ってのは「
流れ
星」のことでな、
当時は、
不吉なことが
起こると
言われて、めちゃ
嫌われてた。キャラバンへの
当てこすりのようなもんだ。まあ、ヘソ
曲げて
色々やらかしたからな、
仕方ないけど。そしたらトト
神仙人が、
生涯を
賭けた
仕事なのに、そんな
風に
呼ばれたままじゃ
忍びないって。ほとぼりが
冷めたら、
頭冷やして、
名誉回復できるように、しばらくは
異界の
結界番しとけって・・・そのまま650
年さ。
起こしてもらって
助かったよ。ワッハッハ。」
河童たちは、なんだかジーンときた。
虹の
谷では、
悔しいことなど、もう
何百年も
起こったことがない。よく
分からない
感情だが、
胸のあたりがジーンと
痺れて、サルタンを
抱きしめてあげたい
気分になっているのだ。
静かに
聞いていた
対馬が、ホロホロと
涙をこぼした。
「サルタン、すっかり
思い
出したわ。
私も、しばらく
異界に
身を
隠しとけ、って
小富士仙人に
言われてこの
谷に
来たのよ。」