「
僕は
嫌だよ。ママとはぐれたら、どうするの ? お
願い、
小富士仙人に、もう
一回、
頑丈な
結界を
張ってもらって !」
虹の
谷で
一番年下の「ケト」が、
必死に
訴えるので、
会議の
場はざわついていた。
ケトは、スーワの
息子で、ママは、
同じ
異界の
遠い
国にいる。この国だけが
人間と同じ
階層になったら、ママの国はどうなるの ? たしかにケトの
不安は、
他の
河童たちの
胸をキュンとさせた。スーワは、なだめるのに
大慌てだ。
「
大丈夫、この
谷と同じ
階層にある国なんだから、ママの国もいずれ、
人間界と
一緒になるんだよ。」
「ホント ?
絶対ホントだね ?」
うなづくスーワを
見て、
大人の河童たちは、ほっとした
声を
漏らした。だが、ケトにはまだ
納得いかないことがある。
「だって、さくらちゃんが、
人間たちは
怖かったって言ってたよ。
僕は
友達をとって
食べられちゃうかも
知れないんだ。」
スーワはピンときた。
先日の
結界を
張り
直す
騒ぎの
様子が、さくらから
伝わっているらしい。
あの
時、
道祖神の
石碑から
出てきた
怪物は、「サルタン」と
呼ばれて、もうこの
虹の
谷にすっかり
馴染んでいる。
人間界で
修行して、
好んで
異界暮らしをしてたと
言い、
人間時代の
通り
名が「サルタン」だったんだそうだ。あの
一件以来、さくらにずいぶんと
気に入られて、
用心棒を
兼ねた
遊び
相手として
連れ
回されていた。どうもケトは、さくらに
遊んでもらえなくなってすねているらしい。
他の
河童たちは、いつもサルタンとさくらの
様子を、
怖い
目付きで
見張っているケトに
気付いていて、
少なからず
心配していた。
「あっはっは、ケト
君、
思い
詰めちゃったねえ。
大丈夫だ、サルタンはまー、
独特のお
顔だけど、さくらちゃんをとって
喰ったりはしないよ。スーワ、サルタンを
正式にみんなに
紹介してあげたらどうだい ?」
「ああ、そうだね。みなさんこちらが、
小富士仙人やトト
神仙人の
依頼で、もう
何百年も、
虹の
谷の
結界を
守ってくれていたサルタンです。サルタン、
自己紹介と、
道祖神の
石碑からあなたが
出てきた
理由を、
詳しく
聞かせて下さい。」
祈り
岩に上がったサルタンは、ケトに
指とウインクで
相図を
送ると、
今度は
全ての
河童に
向かって
両腕をあげ、その
赤ら
顔を
満面の
笑みにして、
茶目っ
気たっぷりのお
辞儀をした。
「あー、サルタンと
申す。ワシはむかし、
大陸から
来たもんで、まーこの
顔じゃ。カッパさんに
向かって
言うのも
何だけど・・・
特別なこの
顔が
目立ちすぎて
困っては、おる。ハッハッハッ。
河童を
喰らう
趣味はないんで
安心してくれ。あー、
今日の
良き
日は、
愉快じゃのう、いやめでたい。」
見ればケトはまだ
自分を
睨んでいる。サルタンは
仕方なく
大昔の
自分のことまで
話し
始めた。
「ワシはな、
大陸を
道案内して、
旅人を
送り
届ける
仕事で、この
国に
来てのー。ほら、ラクダの
隊を
組んで
進む、キャラバンてやつじゃよ。まー、国の
使節や
商人の
用心棒ってとこだな。ワシの国じゃ、
王族がその
隊長を
務めることも
多かったんでね、
族長って
意味で『サルタン』て言うんだ。ワシが
王族ってわけじゃあ
無いが、
大昔のことだからね、キャラバンでやって
来た『
外人』は、この
国じゃ、みんなサルタンさ。ワッハッハッ。」
そうか、
道案内をするから「
道祖神」てことなんだあ。
他の
河童たちもウンウンとうなづきながら、
初めて
聞く
話に
興味津々で、
体を
乗り
出してきた。
「ほーっ。それがなんでこんな
山奥に ?」
「
山奥って言っても、
昔の
商人は
川を
舟で
上って
来るからね。ここはバカでかい『
利根川』の
源流だ。
銚子から入っても、
東京湾から
入っても、ここに
辿り
着くのさ。
川沿いには、
町ができてな、
水田や
町をつくるために
出た
石で
塚を
作って
目印にしてたんだよ。だから、
大きな
町には大きな
塚がある。でえーっかい
開拓をして、でぇーっかい
塚に
自分の
墓を
作ってもらうのが、
族長の
名誉って
時代だったんだよ。ここら
辺りは、
木材や
鉱物の
産地だからね、でかい
塚は
無いけど、
船の
上から、
真っ
白に
輝く
山並みが
見えた
時には、おーっ、
神の
山だと思ったもんだよ。」
「そうでしょう、そうでしょう、それで ?」
「ああ、トト
神仙人が
矢瀬向こうの
山々を
仕切っていたんで、ワシらは、トト
神山の
裏山に
住み
着いたのさ。この
辺りで
採れた
金や
銀や、
木や
毛皮を、
朝廷や
幕府の
時代になっても、
商人たちに
売ってたんだよ。トト
神山も
金山だったのさ。」
「へーっ、トト
神山って
金山だったの ?
採れたのは
水晶だけじゃないのね。」
河童たちは、
祭りの
余興を
見るように、
遠い
大陸の
道をよく
知っていると
言う
隊長「サルタン」の
話に
飲まれていった。この
異界には、
商売ってのがないのだ。
加えて「
物を
食べる」と
言う
習慣もないし、
金銀で
飾る
習慣もない。ほとんどの
河童が
初めて
聞く「
人間界情報」だった。ただし、サルタンが
人間だった
頃の、
大昔の
人間界の
話ではある・・・・。
「ところがな、ひっどい
時代が
来たんだよ。この
辺りは
良い
国だったのさ。わしらが
創ったんだよ、
良い
国を。」
道案内と
言うからには、サルタンたちは
人も
運んだのだ。
王族の
国際結婚だって、キャラバンあってこそ。サルタンには、たくさんの
入植者や
技術者を
案内して、この
国を
一緒に
作ってきたと
言う
自負がある。
「ワシたちは
目立つからな、あっという
間に
有名人さ。
足りない
人材をあっちへ
紹介、こっちに
紹介して、
気心知れたものたちと
協力して、
豊かな
国になってったのさ。それがなー、
豊かになると
狙われるんだなー、これが。
見知らぬ
奴らが
来て『ここは
俺の
領地だ』とか言って、ワシらをいいように
使うんだ。
米も
綿も
麻もよこさないで、
金も
銀も
木も
持っていく。それも
一度や
二度じゃないからな。そりゃ、トト
神仙人も
怒るわなあー。
挙句に、トト神仙人の
力を
見抜ける
奴らが
来て『
敵対する国の
跡取りを
呪い
殺してくれ』とか言ったもんで、
仙人界全体の
逆鱗に
触れたのさ。グワーーーンッて、
大地までが
揺れたよ、あん
時は。」
仙人席にいるたいらっぴょんがピクンとした。あの
時の
出来事は
覚えている。あの
時も
今日のように「
仙人会議」が
開かれて・・・でも、たいらっぴょんの
性格では、「
呪い」を
頼まれることなど
決してないので、
想像すらできず・・・・やっぱり
今日のように「
意見を
求められませんように」と、ただただ
祈っていた・・・・・そこに、グワーーーンッと。
たいらっぴょんの
顔は、どんどん
渋くなっていく。
反対に
河童たちの
目はワクワクで
輝いてきた。