対馬が、
人間時代の「
若い対馬」を
見下ろしている。
こざっぱりした
東屋風の
家に、
対馬は
荒い
呼吸をして、
横たわっていた。
幼女がひとり
付き
添って、
額の
汗を
拭っているのも
見えた。
もう
三日も、
高熱を出してうなされているのだ。
対馬の
白い
身体は、
灼熱の
太陽に
焼かれた
後のように
火照り、
重たいピンク
色に
染まっている。
そして、
対馬の
混濁した
意識は、いつの
間にか、ジオジオと
震える
電磁を
帯びた「
紅い
玉」のようになって、
空中を
移動していく。紅い玉はゆらりゆらりと、長い
時間をかけて、
灌木と
松の
林の
間を
進んだ。
山の中に少しの
平が見え、80人ほどの人が
集まっている。人々が
向かい
合っているのは、
土から
半分ほど
顔を出した、大きな
岩。「
紅い
玉」になっている
対馬に気づく
者は
誰もいない。岩に近づいてみると、そこには、
祭祀でしか使われることのない
白い紙の上に、
青黒い
深い色をした石が
載っているのだった。
「ああーーっ。」
紅い玉になった
対馬の
意識は、白い紙に
載った石が、何を
意味するのか知っている。ここに
銀を
採掘するための、
新しい
坑道が
掘られようとしているのだ。
最前列には、この村では見たことのない、新しい
坑夫たちの
族長らしい
猪首の男と、
山中に
似合わない
式服を
着た細い目の
官吏、そして、
神官と思えるふたりの男が
儀式の
準備をしている。
紅い
玉は、ジジッと音を立てて消えた。
「この島を
離れる時が、とうとうやってきたのだわ。」
この
辺りでは
珍しい、うすべり
敷きの
床に
寝ている
対馬の目から、ひとすじの
涙がこぼれ落ちた。長い
葛藤で
疲れきった身体から力が
抜けて、そして、
諦めがついたというように、スーッと
深い
眠りに落ちていった。
対馬の
一族は、
大陸からやってきた。
一族が
商人と
共に、大陸から
持ち込んだ
鉱山技術は、たちまちこの国の
流行りの
生業となって、長いこと、この
島の
貿易を
支えてきた。
鉱山の
仕事はキツくて、
危険など
何処にでも
転がっている。
すべての
村人がひとつの
目的に
向かう
高揚感と、
大量の
鉱石から、わずかばかり取り出した
銀の、どこか
控えめな
輝きだけが、日々の
重労働で
挫けそうになる
心を
癒してくれる。この島で、
祈祷師の
娘として生まれた
対馬は、それは
逃げようのない、自分たち
一族の
運命なのだと思って
暮らしてきた。島の女たちは、
宝を
生み出す
山に
万端の
祈りを
捧げ、男たちの
泥だらけの
怪我の
手当てをして、
精錬の
火を
起こすための
松を
植えていく。
幸い、島では
海が
豊富な
食糧を
恵んでくれるので、どうにか
豊かに
暮らしてこれたのだ。
今、そんな女たちに
代わって、男の
神官の
祈り
声が
銀の
眠る山に
響こうとしていた。
大陸では、
西へ
東へ多くの
商隊が
行き
交って、
様々な
贅沢が
生まれ、そして
売られていた。
商人たちが
現地の小さな
王国に、
美しい
娘を
嫁がせては、
贅に
惑わせ、
魅惑的な
財宝だけでなく、新しい
武器や
馬をどんどん
売り
付けるので、
国々の
武闘戦は、ただただ
大袈裟になるばかりだった。
商人たちは、そんな
商売をあっちでもこっちでもやるので、小さい国が
瞬く
間に
大きくなっては、あれよあれよと
滅ぼされていった。
負けた国の者たちは
生涯敵国につかえ、
逃れても、いく先には
商人がいて、
女は
芸事や
言葉を
仕込まれて、
男は
戦闘を
叩き
込まれ、
岩堀りを
覚え、
馬飼いを覚えて、
高値で
隣国に
奴隷として
売られていくのだ。それがまた商人たちを
肥やしていくーーー。それでも、
哀しいことに商人は、
負けた者たちの、だた
一筋の
希望であった。
かつて
対馬の
一族も、ふるさとの
国は
消え
失せて、そうやって
大陸から
移ってきたのだ。
一族のふるさとは大きな国で、
対馬の
先祖は、
岩肌にあけた
穴に
住み、
様々な
呪術を
駆使し、
国の
祭祀を
全面的に
司り、大きな力を持った
母系の
一族だったと
聞いている。
父系の
隣国に
全てを
奪われ、
真っ
先に
廃止されたのが、対馬の一族の
祭祀であった。
当時の祭祀は、
戦いに
於いても、
兵士たちに
劣らぬ
役目を
担っていたからである。
大陸の
混乱は、とうとうこの
列島にも
持ち
込まれ、今、この列島を大きく
変えようとしていた。小さな
国々は、まつろわねば
容赦なしに
潰された。すでに国々に
序列ができて、
朝廷では
覇権をめぐる
争いが
絶えず、ひっきりなしの
小賢しい
罠の
掛け
合いが
始まっているのだ。
女たちが
祈りを
捧げ
続けたこの島に、
男の
神官が
遣わされてくる。それは、対馬の一族と手を
組んだ
商人たちと
王が、
劣勢に
立たされた
証だった。この国もまた、
父系の国になっていくのだ。
「・・・ああ、思い出したわ。あの時、私は
島に
住み
続けることを
諦めたのだったわ。」
祈り
岩の上にいる対馬の
頭は、ずいぶんと
晴れてきた。
代わって
今度は、なんだか
胸が
締め
付けられるような気がしてきた。
急に
見知らぬ人々がやってきて
鉱脈を
探している
間も、
小競り
合いは、
島のあちこちであった。
「
朝廷の
意向なら、あの時は私が出でいくことで、いつかはうまく島が
治ると、
諦めがついたのだわ。でも、私にはどうしても
諦められきれないことがあったのよ。」
胸につかえていた、
堅い
塊が
身体中に
弾けたような気がして、
対馬はブルッと
武者ぶるいをした。