4. 銀の山

文字数 3,703文字




対馬(つしま)が、人間時代(にんげんじだい)の「(わか)い対馬」を見下(みお)ろしている。

こざっぱりした東屋風(あずまや)(いえ)に、対馬(つしま)(あら)呼吸(こきゅう)をして、(よこ)たわっていた。幼女(ようじょ)がひとり()()って、(ひたい)(あせ)(ぬぐ)っているのも()えた。

もう三日(みっか)も、高熱(こうねつ)を出してうなされているのだ。対馬(つしま)(しろ)身体(からだ)は、灼熱(しゃくねつ)太陽(たいよう)()かれた(あと)のように火照(ほて)り、(おも)たいピンク(いろ)()まっている。
 
そして、対馬(つしま)混濁(こんだく)した意識(いしき)は、いつの()にか、ジオジオと(ふる)える電磁(でんじ)()びた「(あか)(たま)」のようになって、空中(くうちゅう)移動(いどう)していく。紅い玉はゆらりゆらりと、長い時間(じかん)をかけて、灌木(かんぼく)(まつ)(はやし)(あいだ)(すす)んだ。

山の中に少しの(たいら)が見え、80人ほどの人が(あつ)まっている。人々が()かい()っているのは、(つち)から半分(はんぶん)ほど(かお)を出した、大きな(いわ)。「(あか)(たま)」になっている対馬(つしま)に気づく(もの)(だれ)もいない。岩に近づいてみると、そこには、祭祀(さいし)でしか使われることのない(しろ)い紙の上に、青黒(あおぐろ)(ふか)い色をした石が()っているのだった。

「ああーーっ。」(あか)い玉になった対馬(つしま)意識(いしき)は、白い紙に()った石が、何を意味(いみ)するのか知っている。ここに(ぎん)採掘(さいくつ)するための、(あた)しい坑道(こうどう)()られようとしているのだ。最前列(さいぜんれつ)には、この村では見たことのない、新しい坑夫(こうふ)たちの族長(ぞくちょう)らしい猪首(いくび)の男と、山中(さんちゅう)似合(にあ)わない式服(しきふく)()た細い目の官吏(かんり)、そして、神官(しんかん)と思えるふたりの男が儀式(ぎしき)準備(じゅんび)をしている。

(あか)(たま)は、ジジッと音を立てて消えた。

「この島を(はな)れる時が、とうとうやってきたのだわ。」
 
この(あた)りでは(めずら)しい、うすべり()きの(ゆか)()ている対馬(つしま)の目から、ひとすじの(なみだ)がこぼれ落ちた。長い葛藤(かっとう)(つか)れきった身体から力が()けて、そして、(あきら)めがついたというように、スーッと(ふか)(ねむ)りに落ちていった。




対馬(つしま)一族(いちぞく)は、大陸(たいりく)からやってきた。

一族が商人(しょうにん)(とも)に、大陸から()ち込んだ鉱山技術(こうざんぎじゅつ)は、たちまちこの国の流行(はや)りの生業(なりわい)となって、長いこと、この(しま)貿易(ぼうえき)(ささ)えてきた。

鉱山(こうざん)仕事(しごと)はキツくて、危険(きけん)など何処(どこ)にでも(ころ)がっている。
   
すべての村人(むらびと)がひとつの目的(もくてき)()かう高揚感(こうようかん)と、大量(たいりょう)鉱石(こうせき)から、わずかばかり取り出した(ぎん)の、どこか(ひか)えめな(かがや)きだけが、日々の重労働(じゅうろうどう)(くじ)けそうになる(こころ)(いや)してくれる。この島で、祈祷師(きとうし)(むすめ)として生まれた対馬(つしま)は、それは()げようのない、自分たち一族(いちぞく)運命(さだめ)なのだと思って()らしてきた。島の女たちは、(たから)()み出す(やま)万端(ばんたん)(いの)りを(ささ)げ、男たちの(どろ)だらけの怪我(けが)手当(てあ)てをして、精錬(せいれん)()()こすための(まつ)()えていく。(さいわ)い、島では(うみ)豊富(ほうふ)食糧(しょくりょう)(めぐ)んでくれるので、どうにか(ゆた)かに()らしてこれたのだ。

今、そんな女たちに()わって、男の神官(しんかん)(いの)(ごえ)(ぎん)(ねむ)る山に(ひび)こうとしていた。
大陸では、西(にし)(ひがし)へ多くの商隊(キャラバン)()()って、様々(さまざま)贅沢(ぜいたく)()まれ、そして()られていた。

商人(しょうにん)たちが現地(げんち)の小さな王国(おうこく)に、(うつく)しい(むすめ)(とつ)がせては、(ぜい)(まど)わせ、魅惑的(みわくてき)財宝(ざいほう)だけでなく、新しい武器(ぶき)(うま)をどんどん()()けるので、国々(くにぐに)武闘戦(ぶとうせん)は、ただただ大袈裟(おおげさ)になるばかりだった。

商人たちは、そんな商売(しょうばい)をあっちでもこっちでもやるので、小さい国が(またた)()(おお)きくなっては、あれよあれよと(ほろ)ぼされていった。()けた国の者たちは生涯敵国(しょうがいてきこく)につかえ、(のが)れても、いく先には商人(しょうにん)がいて、(おんな)芸事(げいごと)言葉(ことば)仕込(しこ)まれて、(おとこ)戦闘(せんとう)(たた)()まれ、岩堀(いわほ)りを(おぼ)え、馬飼(うまか)いを覚えて、高値(こうか)隣国(りんごく)奴隷(ドレイ)として()られていくのだ。それがまた商人たちを()やしていくーーー。それでも、(かな)しいことに商人は、()けた者たちの、だた一筋(ひとすじ)希望(きぼう)であった。

かつて対馬(つしま)一族(いちぞく)も、ふるさとの(くに)()()せて、そうやって大陸(たいりく)から(うつ)ってきたのだ。

一族(いちぞく)のふるさとは大きな国で、対馬(つしま)先祖(せんぞ)は、岩肌(いわはだ)にあけた(あな)()み、様々(さまざま)呪術(ジュジュツ)駆使(くし)し、(くに)祭祀(さいし)全面的(ぜんめんてき)(つかさど)り、大きな力を持った母系(ぼけい)一族(いちぞく)だったと()いている。父系(ふけい)隣国(りんごく)(すべ)てを(うば)われ、()(さき)廃止(はいし)されたのが、対馬の一族の祭祀(さいし)であった。当時(とうじ)の祭祀は、(たたか)いに()いても、兵士(へいし)たちに(おと)らぬ役目(やくめ)(にな)っていたからである。

大陸(たいりく)混乱(こんらん)は、とうとうこの列島(れっとう)にも()()まれ、今、この列島を大きく()えようとしていた。小さな国々(くにぐに)は、まつろわねば容赦(ようしゃ)なしに(つぶ)された。すでに国々に序列(じょれつ)ができて、朝廷(ちょうてい)では覇権(はけん)をめぐる(あらそ)いが()えず、ひっきりなしの小賢(こざか)しい(わな)()()いが(はじ)まっているのだ。

(おんな)たちが(いの)りを(ささ)(つづ)けたこの島に、(おとこ)神官(しんかん)(つか)わされてくる。それは、対馬の一族と手を()んだ商人(しょうにん)たちと(おう)が、劣勢(れっせい)()たされた(あかし)だった。この国もまた、父系(ふけい)の国になっていくのだ。



「・・・ああ、思い出したわ。あの時、私は(しま)()(つづ)けることを(あきら)めたのだったわ。」

(いの)(いわ)の上にいる対馬の(あたま)は、ずいぶんと()れてきた。()わって今度(こんど)は、なんだか(むね)()()けられるような気がしてきた。

(きゅう)見知(みし)らぬ人々がやってきて鉱脈(こうみゃく)(さが)している(あいだ)も、小競(こぜ)()いは、(しま)のあちこちであった。

朝廷(ちょうてい)意向(いこう)なら、あの時は私が出でいくことで、いつかはうまく島が(おさま)ると、(あきら)めがついたのだわ。でも、私にはどうしても(あきら)められきれないことがあったのよ。」


胸につかえていた、(かた)(かたまり)身体中(からだじゅう)(はじ)けたような気がして、対馬(つしま)はブルッと武者(むしゃ)ぶるいをした。



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登場人物紹介

虹の谷にやって来て630年。祈祷師の「対馬」ですの。いつも、あなたの幸せを祈っているわ ❤️

小梅よ。虹の谷の門番であるケンさんと結婚して、私も門番をやっているの。ワクワクドキドキ、お気に入りの仕事よ。

門番のケンだよー。虹の谷の異界から最近、人間界が見えるんだよ。どうなることやら・・・。顔だけで門番になったから、この仕事怖いんだよな。まあ、今は小梅が手伝ってくれるから良いけど。

さくらよー。虹の谷の女性リーダーは、代々「さくら」を名乗ることになっているの。将来は、虹の谷のリーダーになるんだけど、今は、まだ子供よ。

虹の谷一の物知りと言われているスーワだよ。多くの知識をフル活用して、この虹の谷の一大事を乗り越えていくんだ。楽しみにしててね!

サルタンだよー。河童たちに、何百年かぶりに、石碑の中から引っ張り出されたよ。人間時代は、仙人界に憧れていろいろ修行したんだけどね、本物の異界に住んでる河童たちと友達になるとは、思っても見なかったなあ。

ケトだよ。虹の谷は面白いよ。水浴びしたり、毎日、虫や鳥と遊んでる。スーワがパパで、ママはマンバ、お兄ちゃんはナトって言うんだ。ナトはすぐ、ひとりでどこか行っちゃうから、僕はいつもさくらちゃんと一緒にいるんだ。

平標山の仙人、たいらっぴょんじゃ。虹の谷には、小富士仙人という、えらい仙人がおるんだがの。旅に出たまま、ちっとも帰ってこんから、ワレが時々、虹の谷を見廻ることになってるんじゃが、子供たちが可愛くてなあ、けっこう楽しくやっておる。

小富士仙人。留守をたいらっぴょんに任せて、長いこと旅に出ていたんだが、やっと、物語の最後に間に合うように、帰ってこられたよ。

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