6. 結界

文字数 6,393文字



対馬(つしま)が、三の()がりに()くと、先に来た面々(めんめん)は、(たけ)小枝(こえだ)(たば)ね、あたりを()(きよ)めていた。ケンさんも、人間(にんげん)がずいぶん(ちか)づいて()たので、五の曲がりから、三の曲がりに(うつ)って、物見(ものみ)(すぎ)(うえ)にいる。

()かったーー、対馬(つし)さま、十分間(じゅうぶんま)()うわ。結界(けっかい)()り方が思い出せたのね ?」

河童(かっぱ)たちの姿(すがた)が、人間から見えるようになるのを、一番(いちばん)心配(しんぱい)しているのも小梅(こうめ)なら、対馬が結界(けっかい)を張るのを、一番ワクワクして()っているのも、小梅だった。

「ケンさん、こんな一大事(いちだいじ)を見つけてくれて、門番(もんばん)のお仕事(しごと)感謝(かんしゃ)するわ。」

ケンさんはしきりに()れている。

「さくらさん、スーワさん、来てくれてありがとう。」

最後(さいご)に、小梅(こうめ)目配(めくば)せをしてゆっくりうなづきあった。そして、言った。

「だめだったの。」 

「うっそーーーーっ。」

4人は、それぞれに視線(しせん)()けて、対馬(つしま)説明(せつめい)(もと)めている。

「これは仕方(しかた)のないことなの。人間界(にんげんかい)が、金銀(きんぎん)()れる(やま)を自分たちのモノにしようと、(たたか)いに()()れていた(ころ)ね、ずっと(むかし)のことよ。そんなことばかりに、都合(つごう)よく利用(りよう)される神仙界(しんせんかい)が、本気(ほんき)(はら)をたてたんですって。それで、私たちのマナンタグラの「小富士仙人(こふじせんにん)」が仲間(なかま)たちと、私たちの()んでいるこの 世界(せかい)(つく)って、強力(きょうりょく)封印(ふういん)(まも)ってきたらしいの。」

「まーっ、小富士仙人(こふじせんにん)(にじ)(たに)(つく)ったの ?」

初耳(はつみみ)だった。(かんが)えたこともない。
小富士仙人(こふじせんにん)」がマナンタグラの一番西(いちばんにし)(みね)にいた(ころ)は、夕方(ゆうがた)になると(たに)()りて、毎日(まいにち)(たの)しみ(かい)をしてくれた。それが「(たび)()たい。」と、()ったきり。時折(ときお)り、使いのカラスが消息(しょうそく)(つた)えにくるだけで、(うす)ら300年も()とうとしている。
 
小富士仙人(こふじせんにん)は、富士山(ふじさん)()たわ。話も聞いてきたの。

人間(にんげん)たちは、(たたか)いや(にく)しみや、過酷(かこく)労働(ろうどう)にうんざりしてるのに、仙人(せんにん)や、(うらな)()(たよ)るばかりだったんですって。人間が自立(じりつ)する()にならないうちは、(かみ)仙人(せんにん)(かく)れたままでいるそうよ。
自分(じぶん)たちから、(しあわ)せな世界(せかい)(つく)ろうって(おも)いだしたらね、その準備(じゅんび)ができたら、自然(ぜん)封印(ふういん)()けるようにって、最初(さいしょ)っから仕組(しく)まれていたのよ。」

対馬(つしま)説明(せつめい)は、(おさな)いさくらの好奇心(こうきしん)(おお)いに()()てた。

「ねえ、これからわたしたちは、人間(にんげん)とも一緒(いっしょ)()らすの ? 面白(おもしろ)くなりそう !」

()(かがや)かせて()うさくらを横目(よこめ)()ながら、小梅(こうめ)はわざとゆっくり言ってやった。

「さくらさん、(いま)、人間たちに見つかったら、博物館(はくぶつかん)展示(てんじ)されるのは、隕石(いんせき)ではなくて、(わたし)たちってことでしてよ。さくらさんは可愛(かわい)いから、と〜っても人気(にんき)()るでしょうねえ。」

スーワは()み上げる(わら)いをこらえていたが、この会話(かいわ)でことの状況(じょうきょう)をすべて理解(りかい)した。

準備(じゅんび)ができていないのは、(ぼく)たち河童(かっぱ)(ほう)かあ。今日(きょう)は、準備(じゅんび)時間稼(じかんかせ)ぎの結界(けっかい)()るんだね。」

「ええ。やってみるしかないわ。」

(あし)もとで小梅(こうめ)が、(ほう)()幾重(いくえ)にも(つつ)まれた、トト神仙人(かみせんにん)土産(みやげ)(づつみ)一生懸命(いっしょうけんめい)()けている。
対馬(つしま)指示(しじ)で、ムレ(すぎ)倉庫(そうこ)まで()りに()ったのに、もらったはずの水晶玉(すいしょうだま)はちっとも()てこない。

対馬(つしま)さま、これっ・・・」

えっ?  (こま)った。最後(さいご)朴葉(ほうば)から()りだされ、対馬(つしま)()(ひら)()せられた水晶玉(すいしょうだま)は、直径(ちょっけい)が2センチにも()たなかったのだ。いくらなんでも、(にじ)(たに)全部(ぜんぶ)(かく)結界(けっかい)()るのには(ちい)さすぎるだろうー !
 
「こんなにちっちゃいの ? トト神仙人(かみせんにん)って、ケチなんじゃないの ?」  

さくらは小梅(こうめ)(おも)いっきりつねられている。

「あっはっは。」いやいや(わら)っている場合(ばあい)ではない。(すぎ)(うえ)からケンさんが(さけ)んだ。

「あのなあー。隕石(いんせき)()つからないので、人間(にんげん)たちは、どうもまた(のぼ)って()そうだぞうー。」
 
いやおうなく、スーワと対馬(つしま)の「緊急(きんきゅう)対応(たいおう)スイッチ」が入った。

対馬(つしま)さん ! (ぼく)、むかしロマ(ぞく)神官(しんかん)()いた、水晶(すいしょう)取扱(とりあつか)説明書(せつめいしょ)を見たことがある。」 

「ナイスよ、スーワさん。ジプシーって()ばれるロマ(ぞく)ね。ロマ族の故国(ここく)は、水晶(すいしょう)もたくさん()れたし、使(つか)ってもいたわ。」

なんらかの記録(きろく)を「(のう)」に入れることは、意外(いがい)容易(たやす)い。記憶(きおく)された「(のう)」から()()す方が、よっぽど(むず)しいのだ。スーワは、良く承知(しょうち)していて、頭の中を、巨大図書館(きょだいとしょかん)蔵書(ぞうしょ)検索(けんさく)サイトのようにきちんと整理(せいり)していた。もっと(すご)いのは、自分の脳力(のうぢから)(おも)くなり、ヒラメキが(おく)れぬよう、その膨大(ぼうだい)知識(ちしき)は、「仮想(かそう)メモリー()」を(つく)って、(あたま)のてっぺんから少し(はな)れた外部(がいぶ)にしまっているということだ。スーワの知識(ちしき)は、いつでも()()せる。

「スーワさん、水晶(すいしょう)パワーは増幅(ぞうふく)できるかしら ?  ロマの時代(じだい)()()は、ガラスと(おな)じ玻璃(はり)よ。」
 
「ロマ族の祭祀秘伝(さいしひでん)、11ベージ1(しょう)祭祀玻璃玉(さいしはりだま)効果制御(こうかせいぎょ)方法(ほうほう)、その(だい)2(こう)増幅(ぞうふく)について。玻璃玉(はりだま)にすでに(あた)えられた周波数(しゅうはすう)個性(こせい)に、同調(どうちょう)周波数(しゅうはすう)()てて「共振(きょうしん)」させる。」

「 ? ?  もー、ややこしすぎる ! ・・・・この水晶玉(すいしょうだま)には、すでに周波数(しゅうはすう)個性(こせい)があってえ・・・同調(どうちょう)する周波数(しゅうはすう)って(なに)かしら・・・ ?
うーん、それで、同調(どうちょう)する周波数(しゅうはすう)で「共振(きょうしん)」したらどれくらいのパワーになるのかしら ?」

「その(だい)3(こう)増幅効果(ぞうふくこうか)波動(はどう)()(ざん)暴発(ボウハツ)注意(ちゅうい)。」

わーっ。具体的(ぐたいてき)数値(すうち)はないが、暴発(ボウハツ)心配(しんぱい)するくらいだから、水晶(すいしょう)と私たちが共振(きょうしん)できれば、2cmの水晶玉(すいしょうだま)でも結界(けっかい)()れるのかもしれない。暴発(ボウハツ)期待(きたい)しよう。

「・・・スーワさん、すぐ同調(どうちょう)(こう)調(しら)べて頂戴(ちょうだい) ! 」

「はい。(だい)4(こう)同調(どうちょう)。N・a・d・e / N・a・d・e / N・a・d・e / G・y・u / U・u 」

この暗号(あんごう)(なん)だ ? みんな落胆(らくたん)(いろ)も、ドキドキの鼓動(こどう)(かく)せない。気持(きもち)(あせ)って、人間(にんげん)たちの(こえ)()こえて来るような気がしている。ーーーさくら以外(いがい)は。

小梅(こうめ)ねえさん、わたし()ってるよ。()ってもいい ? それは、ママがするのよ。なでなでぎゅーーって。そして私が(くる)しくて、うーって言うの。」

一瞬(いっしゅん)空気(くうき)()まった。まったくこんな(とき)子供(こども)発想(はっそう)は・・・ ! ・・・いや、()てよ・・・アリ・・・()りかも()れない。

ママと子供《こどもが波動(はどう)()(ざん)する・・・・。人間(にんげん)だって河童(かっぱ)だって、いつもそうして共振(きょうしん)したパワーで(こころ)危機(きき)()(こえ)えてきたはず・・・・
アリかも知れない。暗号(あんごう)みたいな文字(もじ)のドットは、ゆっくりと、という意味(いみ)かも()れない。

対馬(つしま)は、手のひらでゆっーくりと直径(ちょっけい)2cmの水晶玉(すいしょうだま)を3(かい)()でて、(あか)ちゃんを抱擁(ほうよう)するようにぎゅーっと(つつみ)()み、(いと)おしそうに(ほほ)に当てた。

「わー対馬(つしま)さま、対馬さまごと(ひか)ってる ! でも()りないわ、(ひかり)は1mくらいよ。」

「何てこと ! さくらさん正解(せいかい)よ ! 今度(こんど)(わたし)のことをみんなで、なでなでぎゅーーってして頂戴(ちょうだい)。」

対馬(つしま)はぎゅーってした水晶玉(すいしょうだま)(ほほ)()てたまま、片膝(かたひざ)を立てて、うずくまっている。ケンさんも木から()りてきて、4人は対馬(つしま)を中に円陣(えんじん)()み、()わりばんこに対馬の頭をゆっくりと3(かい)()でた。そして、(かた)()み、(ほそ)健気(けなげ)な対馬を、ぎゅーーーっと()きしめた。(あた)りがふわーっと明るくなって、それから、(ひく)野太(のぶと)(こえ)がした。

最近(さいきん)は、大きな水晶(すいしょう)()れなくて、ちっちゃい(たま)しか(つく)れないんだ。ケチ(くさ)くて(わる)かったねー、さくらさん。」

みな、(こし)()かして対馬(つしま)から手を(はな)した。気の(よわ)いケンさんの頭上(ずじょう)には 「 ? 」マークと(ほし)()()っている。

「す、す、水晶玉(すいしょうだま)(しゃべ)っただーー。」

対馬(つしま)だけは目を()じて、トト神仙人(かみせんにん)がくれた小さな水晶玉(すいしょうだま)()きしめたまま、小さくなったその声を()いている。

「みんな、心配(しんぱい)いらないわ。ここからは水晶玉(すいしょうだま)(おし)えてくれる。この水晶玉には、もうトト神仙人(かみせんにん)波動(はどう)()っているんだわ。」

「なんて素敵(すてき)水晶(すいしょう)さん、素敵(すてき)よホントに。さっきはケチって()ってゴメンなさい。」

さくらはホッとして、()き出してしまった。小梅(こうめ)が、小さな(かた)()でてやっている。

「この谷のどこかに、小富士仙人(こふじせんにん)が700年前(ねんまえ)に作った石碑(せきひ)があるそうよ。まあっ、84(たい)使(つか)って結界(けっかい)()ったらしいわ ! 今日はひとつでいいって。(いそ)いで(さがし)しましょう。」

了解(りょうかい)よ、対馬(つしま)さま。それはどんな石碑(せきひ)なの ?」

対馬(つしま)は、もう一度(いちど)水晶(すいしょう)(やさ)しく()でて、()をつぶった。いつもより映像(えいぞう)がはっきり見える気がする。

道祖神(どうそじん)、って書いてあって、異界(いかい)の入り口に()てたらしいわ。大きさは、そう、さくらさんくらいで、材質(ざいしつ)は『花崗岩(かこうがん)』だそうよ。」


一本道(いっぽんみち)なのに道端(みちばた)に「道祖神(どうそじん)」は()あたらない。灌木(かんぼく)(なか)をさがすので、みんな(はだ)()()(キズ)だらけだ。こういう(とき)は、甲羅(こうら)のありがたさが()()みる。火事場(かじば)馬鹿力(ばかぢから)で、小梅(こうめ)対馬(つしま)は、さくらくらいの大きさの石があれば、(かた)(はし)からひっくり返した。・・・・が、ない。

「おーい。小梅(こうめ)さん、(かみ)の毛が山吹(やまぶき)(えだ)に引っかかってとれないんだ。(ちぢ)れっ毛なんで(から)まっちゃったんだよ。」

小梅(こうめ)対馬(つしま)も、道祖神(どうそじん)(さが)すのに夢中(むちゅう)で、スーワを()()きもしない。スーワは咳払(せきばら)いをして、もっと大きな声で言った。

「わかったんだよー。人間界(にんげんかい)記録(きろく)があったのを思い出したんだよー。区長(くちょう)(おぼ)()き、62ページ。昭和(しょうわ)46(ねん)道路拡張(どうろかくちょう)工事(こうじ)(ともな)い、(かく)()がりの石碑(せきひ)を四の()がりに()せて、供養(くよう)したー。」

「ありがとーーー。」小梅(こうめ)対馬(つしま)もすっ()んできて、ささっと、スーワの(かみ)山吹(やまぶき)(えだ)から(はず)してくれた。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

虹の谷にやって来て630年。祈祷師の「対馬」ですの。いつも、あなたの幸せを祈っているわ ❤️

小梅よ。虹の谷の門番であるケンさんと結婚して、私も門番をやっているの。ワクワクドキドキ、お気に入りの仕事よ。

門番のケンだよー。虹の谷の異界から最近、人間界が見えるんだよ。どうなることやら・・・。顔だけで門番になったから、この仕事怖いんだよな。まあ、今は小梅が手伝ってくれるから良いけど。

さくらよー。虹の谷の女性リーダーは、代々「さくら」を名乗ることになっているの。将来は、虹の谷のリーダーになるんだけど、今は、まだ子供よ。

虹の谷一の物知りと言われているスーワだよ。多くの知識をフル活用して、この虹の谷の一大事を乗り越えていくんだ。楽しみにしててね!

サルタンだよー。河童たちに、何百年かぶりに、石碑の中から引っ張り出されたよ。人間時代は、仙人界に憧れていろいろ修行したんだけどね、本物の異界に住んでる河童たちと友達になるとは、思っても見なかったなあ。

ケトだよ。虹の谷は面白いよ。水浴びしたり、毎日、虫や鳥と遊んでる。スーワがパパで、ママはマンバ、お兄ちゃんはナトって言うんだ。ナトはすぐ、ひとりでどこか行っちゃうから、僕はいつもさくらちゃんと一緒にいるんだ。

平標山の仙人、たいらっぴょんじゃ。虹の谷には、小富士仙人という、えらい仙人がおるんだがの。旅に出たまま、ちっとも帰ってこんから、ワレが時々、虹の谷を見廻ることになってるんじゃが、子供たちが可愛くてなあ、けっこう楽しくやっておる。

小富士仙人。留守をたいらっぴょんに任せて、長いこと旅に出ていたんだが、やっと、物語の最後に間に合うように、帰ってこられたよ。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み