対馬が、三の
曲がりに
着くと、先に来た
面々は、
竹の
小枝を
束ね、あたりを
掃き
清めていた。ケンさんも、
人間がずいぶん
近づいて
来たので、五の曲がりから、三の曲がりに
移って、
物見杉の
上にいる。
「
良かったーー、
対馬さま、
十分間に
合うわ。
結界の
張り方が思い出せたのね ?」
河童たちの
姿が、人間から見えるようになるのを、
一番心配しているのも
小梅なら、対馬が
結界を張るのを、一番ワクワクして
待っているのも、小梅だった。
「ケンさん、こんな
一大事を見つけてくれて、
門番のお
仕事、
感謝するわ。」
ケンさんはしきりに
照れている。
「さくらさん、スーワさん、来てくれてありがとう。」
最後に、
小梅に
目配せをしてゆっくりうなづきあった。そして、言った。
「だめだったの。」
「うっそーーーーっ。」
4人は、それぞれに
視線を
向けて、
対馬に
説明を
求めている。
「これは
仕方のないことなの。
人間界が、
金銀が
採れる
山を自分たちのモノにしようと、
戦いに
明け
暮れていた
頃ね、ずっと
昔のことよ。そんなことばかりに、
都合よく
利用される
神仙界が、
本気で
腹をたてたんですって。それで、私たちのマナンタグラの「
小富士仙人」が
仲間たちと、私たちの
住んでいるこの
世界を
創って、
強力な
封印で
守ってきたらしいの。」
「まーっ、
小富士仙人が
虹の
谷を
創ったの ?」
初耳だった。
考えたこともない。
「
小富士仙人」がマナンタグラの
一番西の
峰にいた
頃は、
夕方になると
谷に
降りて、
毎日お
楽しみ
会をしてくれた。それが「
旅に
出たい。」と、
行ったきり。
時折り、使いのカラスが
消息を
伝えにくるだけで、
薄ら300年も
経とうとしている。
「
小富士仙人は、
富士山に
居たわ。話も聞いてきたの。
人間たちは、
戦いや
憎しみや、
過酷な
労働にうんざりしてるのに、
仙人や、
占い
師を
頼るばかりだったんですって。人間が
自立する
気にならないうちは、
神も
仙人も
隠れたままでいるそうよ。
自分たちから、
幸せな
世界を
創ろうって
思いだしたらね、その
準備ができたら、
自然に
封印が
解けるようにって、
最初っから
仕組まれていたのよ。」
対馬の
説明は、
幼いさくらの
好奇心を
大いに
掻き
立てた。
「ねえ、これからわたしたちは、
人間とも
一緒に
暮らすの ?
面白くなりそう !」
目を
輝かせて
言うさくらを
横目で
見ながら、
小梅はわざとゆっくり言ってやった。
「さくらさん、
今、人間たちに見つかったら、
博物館に
展示されるのは、
隕石ではなくて、
私たちってことでしてよ。さくらさんは
可愛いから、と〜っても
人気が
出るでしょうねえ。」
スーワは
込み上げる
笑いをこらえていたが、この
会話でことの
状況をすべて
理解した。
「
準備ができていないのは、
僕たち
河童の
方かあ。
今日は、
準備の
時間稼ぎの
結界を
張るんだね。」
「ええ。やってみるしかないわ。」
足もとで
小梅が、
朴の
葉に
幾重にも
包まれた、トト
神仙人の
土産包を
一生懸命に
開けている。
対馬の
指示で、ムレ
杉の
倉庫まで
取りに
行ったのに、もらったはずの
水晶玉はちっとも
出てこない。
「
対馬さま、これっ・・・」
えっ?
困った。
最後の
朴葉から
取りだされ、
対馬の
手の
平に
載せられた
水晶玉は、
直径が2センチにも
充たなかったのだ。いくらなんでも、
虹の
谷全部を
隠す
結界を
張るのには
小さすぎるだろうー !
「こんなにちっちゃいの ? トト
神仙人って、ケチなんじゃないの ?」
さくらは
小梅に
思いっきりつねられている。
「あっはっは。」いやいや
笑っている
場合ではない。
杉の
上からケンさんが
叫んだ。
「あのなあー。
隕石が
見つからないので、
人間たちは、どうもまた
上って
来そうだぞうー。」
いやおうなく、スーワと
対馬の「
緊急対応スイッチ」が入った。
「
対馬さん !
僕、むかしロマ
族の
神官が
書いた、
水晶の
取扱い
説明書を見たことがある。」
「ナイスよ、スーワさん。ジプシーって
呼ばれるロマ
族ね。ロマ族の
故国は、
水晶もたくさん
採れたし、
使ってもいたわ。」
なんらかの
記録を「
悩」に入れることは、
意外と
容易い。
記憶された「
脳」から
取り
出す方が、よっぽど
難しいのだ。スーワは、良く
承知していて、頭の中を、
巨大図書館の
蔵書検索サイトのようにきちんと
整理していた。もっと
凄いのは、自分の
脳力が
重くなり、ヒラメキが
遅れぬよう、その
膨大な
知識は、「
仮想メモリー
庫」を
作って、
頭のてっぺんから少し
離れた
外部にしまっているということだ。スーワの
知識は、いつでも
取り
出せる。
「スーワさん、
水晶パワーは
増幅できるかしら ? ロマの
時代の
呼び
名は、ガラスと
同じ玻璃(はり)よ。」
「ロマ族の
祭祀秘伝、11ベージ1
章、
祭祀玻璃玉の
効果制御方法、その
第2
項、
増幅について。
玻璃玉にすでに
与えられた
周波数個性に、
同調周波数を
当てて「
共振」させる。」
「 ? ? もー、ややこしすぎる ! ・・・・この
水晶玉には、すでに
周波数の
個性があってえ・・・
同調する
周波数って
何かしら・・・ ?
うーん、それで、
同調する
周波数で「
共振」したらどれくらいのパワーになるのかしら ?」
「その
第3
項、
増幅効果は
波動の
足し
算。
暴発に
注意。」
わーっ。
具体的な
数値はないが、
暴発を
心配するくらいだから、
水晶と私たちが
共振できれば、2cmの
水晶玉でも
結界が
張れるのかもしれない。
暴発に
期待しよう。
「・・・スーワさん、すぐ
同調の
項を
調べて
頂戴 ! 」
「はい。
第4
項、
同調。N・a・d・e / N・a・d・e / N・a・d・e / G・y・u / U・u 」
この
暗号は
何だ ? みんな
落胆の
色も、ドキドキの
鼓動も
隠せない。
気持が
焦って、
人間たちの
声が
聞こえて来るような気がしている。ーーーさくら
以外は。
「
小梅ねえさん、わたし
知ってるよ。
言ってもいい ? それは、ママがするのよ。なでなでぎゅーーって。そして私が
苦しくて、うーって言うの。」
一瞬、
空気が
止まった。まったくこんな
時に
子供の
発想は・・・ ! ・・・いや、
待てよ・・・アリ・・・
有りかも
知れない。
ママと子供《こどもが
波動を
足し
算する・・・・。
人間だって
河童だって、いつもそうして
共振したパワーで
心の
危機を
乗り
越えてきたはず・・・・
アリかも知れない。
暗号みたいな
文字のドットは、ゆっくりと、という
意味かも
知れない。
対馬は、手のひらでゆっーくりと
直径2cmの
水晶玉を3
回撫でて、
赤ちゃんを
抱擁するようにぎゅーっと
包み
込み、
愛おしそうに
頬に当てた。
「わー
対馬さま、対馬さまごと
光ってる ! でも
足りないわ、
光は1mくらいよ。」
「何てこと ! さくらさん
正解よ !
今度は
私のことをみんなで、なでなでぎゅーーってして
頂戴。」
対馬はぎゅーってした
水晶玉を
頬に
当てたまま、
片膝を立てて、うずくまっている。ケンさんも木から
降りてきて、4人は
対馬を中に
円陣を
組み、
変わりばんこに対馬の頭をゆっくりと3
回撫でた。そして、
肩を
組み、
細く
健気な対馬を、ぎゅーーーっと
抱きしめた。
辺りがふわーっと明るくなって、それから、
低く
野太い
声がした。
「
最近は、大きな
水晶が
採れなくて、ちっちゃい
玉しか
作れないんだ。ケチ
臭くて
悪かったねー、さくらさん。」
みな、
腰を
抜かして
対馬から手を
離した。気の
弱いケンさんの
頭上には 「 ? 」マークと
星が
飛び
交っている。
「す、す、
水晶玉が
喋っただーー。」
対馬だけは目を
閉じて、トト
神仙人がくれた小さな
水晶玉を
抱きしめたまま、小さくなったその声を
聴いている。
「みんな、
心配いらないわ。ここからは
水晶玉が
教えてくれる。この水晶玉には、もうトト
神仙人の
波動が
乗っているんだわ。」
「なんて
素敵な
水晶さん、
素敵よホントに。さっきはケチって
言ってゴメンなさい。」
さくらはホッとして、
泣き出してしまった。
小梅が、小さな
肩を
撫でてやっている。
「この谷のどこかに、
小富士仙人が700
年前に作った
石碑があるそうよ。まあっ、84
体も
使って
結界を
張ったらしいわ ! 今日はひとつでいいって。
急いで
探しましょう。」
「
了解よ、
対馬さま。それはどんな
石碑なの ?」
対馬は、もう
一度水晶を
優しく
撫でて、
目をつぶった。いつもより
映像がはっきり見える気がする。
「
道祖神、って書いてあって、
異界の入り口に
建てたらしいわ。大きさは、そう、さくらさんくらいで、
材質は『
花崗岩』だそうよ。」
一本道なのに
道端に「
道祖神」は
見あたらない。
灌木の
中をさがすので、みんな
肌は
引っ
掻け
傷だらけだ。こういう
時は、
甲羅のありがたさが
身に
沁みる。
火事場の
馬鹿力で、
小梅と
対馬は、さくらくらいの大きさの石があれば、
片っ
端からひっくり返した。・・・・が、ない。
「おーい。
小梅さん、
髪の毛が
山吹の
枝に引っかかってとれないんだ。
縮れっ毛なんで
絡まっちゃったんだよ。」
小梅も
対馬も、
道祖神を
探すのに
夢中で、スーワを
振り
向きもしない。スーワは
咳払いをして、もっと大きな声で言った。
「わかったんだよー。
人間界に
記録があったのを思い出したんだよー。
区長覚え
書き、62ページ。
昭和46
年、
道路拡張工事に
伴い、
各曲がりの
石碑を四の
曲がりに
寄せて、
供養したー。」
「ありがとーーー。」
小梅も
対馬もすっ
飛んできて、ささっと、スーワの
髪を
山吹の
枝から
外してくれた。