対馬がこぼす
涙を
見て、
虹の
谷の
一大会議の
広場は、
驚きと
戸惑いで
音を
失っていた。
不意に
訪れた
無音の
空気で、
河童たちの
心に、
誰でも
一度は
襲われたことがあるだろう、
究極の「あの
問い」が
忍び
寄ってきた。
「
自分は
今、なぜ、
何のために、
此処にいるのだろう ?」
いつも
理路整然としているスーワの
頭の
中さえも
混乱した。なぜ
自分は、
憑かれたように
世界中の
人間界の
歴史を
調べているのだろう ?
記憶にある
限り、ずっとそうなのだ。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
沈黙に
耐えられなくなって、
思わず、
口を
開いてしまったのは「たいらっぴょん」だった。あてもなく、まじめにこの
究極の
問いに
答えようとすれば、たいていの
者は
頭がおかしくなってしまうだろう。
「ワレから、
話そう。」
見たことのないたいらっぴょんの
真顔に、
会場の
沈黙は
余計に
増して、
河童たちの
喰い
入るような
視線が、たいらっぴょんに
向か っている。
「
地球には、
山ほどの
神々がおる。
人間が、
自然の
神を
恐れたり、
感謝しているうちは、まだ
良かったのじゃ。人が増えて、集落が大きくなると、
調子に
乗った
人間たちは、
神々の
名をもって
戦ったんじゃ。
長い
戦いの
時代だ。
そのぶん、
神々には、『
後始末の
責任』がたっぷり
残された。こじれた
感情、
民族や
宗教や
後継者争い、
人が人を
支配する
仕組み。その
後始末をする『
神々の
計画』ってもんがあるんだよ。
時が
来たんだ。」
「
待て、待ってくれ、たいらっぴよん。
言ってもいいのかい ? それに
触れちゃあなんない『
掟』があっただろ ? それに
触れたら、
永遠の
生命も
取り
上げられるって。」
同じ
仙界を
目指した
者として、サルタンが
心配になって
忠告した。
「いや、いいんだサルタン。
神々の
計画なんて、
裏も
表もあるんだ。この
平和な
谷の
河童たちが、それを
知らずに
翻弄されるのを、ワレは、
見とうない 。」
サルタンは、
呆れたように
首を
横に
振って、たいらっぴょんの
目をじっと
見た。
「わかったよ。そこまで
言うなら、ワシも
協力するよ。
但し
楽しくやってくれ。アンタの
真顔は、こっちの
調子が
狂っちまう。」
「このお
調子者めがっ ! それが、おまえの
修行が
成就せん
理由だと、まだわからんかー ! 100
年後、200年後、いや、
仙人を
志すなら、1000年後を
見据えて、
大真面目に
議論するもんだ ! 」
「えっ、そう
来るの ? 」
お
調子者のように
見えていた、たいらっぴょんが、お調子者だとサルタンを
叱っている。
失笑が
漏れている。
大男のサルタンが
叱られて、シュンとなる
姿も
可愛いすぎる。こらえきれない
笑いが
大きくなって、その
場の
空気がやっと
和んだ。
「さて。
神々の
計画について
話そう。」
祈り
岩に
乗った「たいらっぴょん」は、
河童たちのひとりひとりを
見た。
「この
虹の
谷の
結界が
解ける。
人間界が
見える、人間界からも
河童たちが
見える・・・これは、
神々の
計画が
実施に
移される
合図だ。」
怯えている
河童も、
感慨深そうに、
涙を
浮かべている河童もいる。
「まず、
言っておこう。この
谷には、
遠いむかし
人間界から
来た
者も、この谷で
生まれた者もおる。この谷で生まれた者でさえ、
先祖はみな、人間界におったのだ。だから、人間界を
嫌う
必要も、
恐れる必要もない。
自分の
遺伝子を
否定すれば、
誰も
虐めていないのに、
勝手に
自分で
苦しむでの。これも、苦しむ
者の
法則じゃ。」
「さすが
大仙人、たいらっぴょん
様 ! 」
サルタンが
大きな
拍手をして、また、たいらっぴょんに
睨まれた。
「お
追従はいらんのだ ! 」
アッハッハッハッハー。
会場中が
大いに
笑って、たいらっぴょんもいつもの
愉快な
仙人に
戻った。
ランララーン !
たいらっぴょんは、
高く上げた
仙人棒に、
冷気を
集め、ソフトクリームを
作ると
子供たちに
配って「
神々の
計画の
始まり」を
唄に
乗せた。
「むかーし、むかし
楽園に、アダムとイブが
住んどった。」
「
大事な大事なふたつの
秘密。『
知恵の秘密』と『
生命の秘密』。」
サルタンがたいらっぴょんに
続けて
唄うと、どうぞとスーワに
手を
差し
出した。
「アダムとイブは『
知恵の
秘密』を
持ち
出して、
長い長い
旅に
出た。
東へ
行く
名は、ナーガとナーギ。
更に
東へ、
溥儀とジョカ。いちばん
東に
着いたなら、ここ
日の
本のイザナギ、イザナミ。
善と
悪とを、
陽と
陰とを、プラスとマイナスを、
原因と
結果をーーーー。『
知恵の
種子』は
朝日に
向かって、
播かれて
行った。」
たいらっぴょん「ああ、そうさ。だけど『
生命の
秘密』はまだ
秘密。」
たいらっぴょん「むかーし、むかし。
十の
戒め。
神はモーゼに
告げたのさ。」
サルタン「わたしは
奴隷を
解放する
神。あなたが
神と
呼んで
良いのはわたしだけー。
偶像を
作っちゃいけないよ。
神の
名前を
気安く
呼んじゃあいけないよ。」
河童たち「ふむふむ。だけどなんでなの ? 」
たいらっぴょん「
神は『
在って
在るもの』
宇宙の
理法じゃ。
偶像も
作れん、
名前もないさ。」
河童たち「ふむ、ふむふむ。」
サルタン「これから、
日曜日は
休みだよー。この
日は、
神を
思い
出してねー。」
小梅「まあ、
日曜日も
働いてたの ? 」
サルタン「そうさ。
君たちはもう、
奴隷じゃない。
日曜日は
休むんだー ! 」
たいらっぴょん「
父さん、
母さん
大事にするんだ。
奴隷の
子たちよ、もう
王のモノじゃあない。
父母の
胸に
帰るんだ。」
サルタン「そしてー・・・・、
殺すなかれ。
姦淫するなかれ、
盗むなかれ、
嘘をつくなかれー、だ。」
対馬「そんなことする人たちが
沢山いたってことかしら ? 」
サルタン「ピンポーン。
王様けっこう
自分勝手さ。
人口増えたら
殺しちまえ。よその
国から、
宝も
女も
畑も
奪っちゃお !
神のお
陰で
勝ちましたー ! 」
たいらっぴょん「
神はそんなことしませんよー。ワッハッハ。
勝手なのは、
王だけじゃあないんだよ。」
サルタン「ちょっとそこのお
姉さん。
長い
睫毛に
一目惚れ。この
髪飾りは
君のためにあるんだよ。」
たいらっぴょん「するとな。」
美子さん「
待ってー、
私の
髪飾りを
返してちょうだい ! 」
アッハッハッハッハー。
たいらっぴょんが、
声を
落として、ゆっくりと
最後のひとつを
言った。
人間界は、
大抵ここから、
道を
外して
来たのだ。
「もひとつ
大事 !
貪ることなかれ、
欲張っちゃあいけないよ。」
河童たち「はーい。
貪ることなかれーーー! 」
みんなの
声がハモったところで、たいらっぴょんが、オーケストラの
指揮者のようなポーズで、
音を
止めた。
「これが『
神々の
計画』の
発端じゃ。
人間の
姿をした
神々は、
元は
人間だったのじゃ。モーゼに
十の
戒めを
与えたのも、そんな神々のひとりだ。『
宇宙の
理法』はしゃべらんでの。この
神は、
有名な神ではなかったが、
真面目で、
賢くて、どうやったらこの
殺し
合い、
盗み
合いだらけの人間の
習慣を
終わりにできるか、いつも
考えているような、
情の
厚い
神だったそうだ。
奴隷にされて、
王の
一存で
命を
絶たれる
者たちを
見てな、
義憤に
駆られて、つい
言っちまったんだ。われが
助ける。この
神が
世界中の
人間界を
修復してやるぞー、って。」
「まあ、
気概あるステキな神さま《かみさま》だわ。」
こういう
威勢の
良さが、
小梅は
大好きなのだ。
河童たちは、小梅とたいらっぴょんのやりとりに
聞き入った。
「ああ、そうとも。ただ
人間の
自主的学びを
重んじすぎるので、
長くてのう。
計画が
始まって、3500
年ほどになろうかの。」
「ねえ、その
間、
神さまは
何もしなかったの? 」
「いいや、
唯一の
神は『
宇宙の
理法』と
言ったじゃろ。モーゼに
十の
戒めを
与えた
神は、
陰から
導いて『
宇宙の
理法』を
人間たちに
学ばせておる。つまり
本当の『
神』を
学ばせておるのじゃ。
科学の
時代と
言うてな。
人間からなった
神々も
一緒に
学んどる。
中途半端だったからな。そうそう
上手くはいかんで、長くかかっとるがの。」
「みんなが
解るには、
難しすぎるんじゃあないの ? 」
「そうでもないさ。
物質はどう
成り
立っているのか、
心はどうなっているのか、
体はどうなっているのか、
地球はどうなっているのか、
社会はどうしたらうまくやっていけるのか、・・・。
昔は、
風だって
神様じゃった。
今は
風そのものを
学んどる。だけど『
愛』だけだって、『
花』だけだって、『
美貌』だけだっていいのさ。『
神の
言葉』だけを
一生学ぶ
人もおる。ひとりひとつでいいんだ、
普遍的なものを
探すんだよ。」
「ふーん。それが『
知恵の
秘密』なの ? 」
「ああ、どうやって
解らせようかという『
神の
知恵』だよ、
小梅さん。アダムとイブが
持って
出たのはヒントだけだ。
善と
悪、
陽と
陰、プラスとマイナス、
原因と
結果ーーーー。ふたつに
分けて、
両面から
考えると
分かりがいいだろ。『その
考え
方』さ。あとは
人間が
考えられるようになったんだよ。」
「なるほどー、その
神さまはステキな
教育者だわ。ねえ、たいらっぴょん
様、
考えると、ちょっと
胸がキュキュンてなるの。
私たちは、なぜ
此処にいるの ? 」
「『
知恵の
時代』はまもなく
終わる。『
生命の
時代』を
迎えるためだ。」
「あーあー、たいらっぴょん、
本当に
言っちゃっていいんだな ? 」
サルタンは、まだたいらっぴょんの
覚悟を
危惧している。
「かまわんさ。」
みんながみんな、たいらっぴょんをジッと
見た。
「と・う・ご・う・す・る・た・め・さ」