河童たちは、なんの
武器も
持っていない。
労働ということについては、その
概念すらないのだ。
人間界では、
何かの
時に「
幅を
利かせる」と
言う、「お
金」も、
見たことがない・・・。
税金なんて
請求されたら、どうすりゃいいんだ ?
そこも
越えて
行かねばならない。
虹の
谷の
会議は、トラツグミが
鳴きだす
頃まで
続いた。
長い
時間を
費やして、
予想される
問題に
一通りの
策を
講じ
終えると、サルタンが、
人間界に、
何らかの
書面を
送っておこうと
言いだした。人間と
対面してから
初めて「
言葉が
通じない」とわかったのでは、お
話にならないからだ。
たいらっぴょんが、
何百年も
前の
記憶を
辿って、
言葉を
起こし、スーワが、
驚異的な
知識力で、
現代の
文、
現代の
文字にまで
作り
変えて、
小梅が、
笹の
葉を
叩き、わらびの
根っこを
糊にして
紙を
漉き、
対馬が
煤のインクで
丁寧に
清書した。
そして、ファーッと
言う
安堵のため
息と
同時に、
遅い
眠りについたのだった。
正体なく
眠った
河童たちも、
日の
出前の
寒さと
鳥の
声に
起こされて、
会議の
行方を
心配したものたちも、ボチボチと
戻ってきている。
広場の
前のたまりは、
朝の
水浴に
出た
河童たちで、ちょうどいっぱいになったところだった。
「ああ、ひと
仕事終えた
朝の
水浴びは
最高に
気持ちがいいねえ。」
案の
定、ひときわ
大きい
水しぶきはサルタンだ。サルタンが
顔を
洗うたび、
寄ってきた
子河童たちが、
頭から
水を
被って、
嬉しそうにキャッキャ
騒いでいる。
「
見つけたっ。」
初めて
大人たちの
会議に
出席したケトは、ちょっと
背伸びしたい
気分でサルタンを
探していた。
夕べは、
突然別世界に
行ってしまったようなさくらや、
大人河童たちの
真剣さに
気圧されて、キョロキョロと
目が
動くばかりで、
声も
出なかったケトだが、
目を
覚ますと、あることに
気がついた。それをなんとしても、サルタンに
聞いて
欲しかったのだ。
「おお、ケトか。
夕べはいい
子だったな、お
疲れさま。」
「ねえねえねえ、ねえ、サルタン。みんなが
作ってた、
人間への「あの
書面」て
言うモノさあ。どうやって、
人間に
渡すの ? 」
「うっ、うーん。」
「ねっ、ねっ、
渡せないよねえ。まだ、
人間はちゃんと
見えないし、
音も
聞こえない。」
「うっ、うーん。」
「ねっ、ねっ、
僕が
思いついたの。これって、いい
質問 ? すごい ?
大人の
会議で
言ってもいいこと ? 」
「うっ、うーん。こりゃまいったなあ。」
このやりとりは
遠くまで
聞こえて、たちまちふたりは
大勢に
囲まれた。
「そうだよなあ、ケト。」
渡し
方に
気づかなかった
大人たちは、
他になにも
言えず、
昇ったばかりの
朝日が
照らした、ケトの
顔だけが
得意そうだ。
クァータ、クァータ、クァータッ !
突然、
独特な
声でけたたましくカラスが
鳴いた。
時折この
谷にやって
来る
使いのカラスだ。
カラスに
促されて、
一同が
見上げたマナンタグラの
中腹には、
一点の
小さな
光があった。
昇っていく
朝日を
浴びて
山肌が
金色に
輝きだすと、その
光もだんだんと
大きく
強くなっていくではないか。
なにごとが
起こったかと
凝視する
河童たちの
目が、
光に
慣れてくると、
中に
人のシルエットが
見えてきた。あーーっ、あの、
八角蓮のような
髪型には
見覚えがある。
「
小富士仙人 !」
「ここまでよくやったなあ。
感心して
見ていたぞ。」
大きな
威厳ある
懐かしい
声が
聞こえて、
小富士仙人が
空中を
滑るように
降りてきた。
思いもかけない
出来事に、
夕べからの
張り
詰めていた
糸が
切れたように、さくらがワーワー
大きな
声と、
大粒の
涙を
撒き
散らして、
抱きついて
行った。
「
書面は、わたしが
届けよう。」
さくらにもらい
泣きしたのか、
小富士仙人の
帰還が
嬉しいのか、
書面が
人間に
届くことに
安心したのか・・・・
河童たちは、こみ
上げる
気持ちを
言葉にできず、
顔をくしゃくしゃにして
何度も
頷いていた。
「みな、
良く
決心した。
大したものだ。
万端の
準備をするとは、えらかったぞ、さくら。
万端の
準備は、すでに『
成就』みたいなものだ。」
対馬がやっと
吾を
取り
戻して、
挨拶に
進み
出た。
「
小富士仙人さま、お
帰りなさい。その
身に
纏った
光は、
修行が
成就したのですね。」
「ああ。
対馬よ、
相変わらず
勘が
良いのう。そうだよ、わたしはどの
周波帯でも
行き
来ができる。
書面は、わたしが
届けよう。」
「おいおい、
小富士仙人。ずいぶん
勿体ぶった
登場じゃのう。しかしよくまあこんなに・・・ピッカピカになって・・ワレも
嬉しいよ。おめでとう!
祝福じゃ ! 」
たいらっぴょんが
仙人棒に
水気を
集めて
振り
回すと、
小富士仙人の
輝きに、
大きな
虹がかかった。小富士仙人の
旅は、
修行だったのか・・・。
河童たちは、
出たっきり
帰ってこなかった小富士仙人の旅の
成功を、
手を
叩き
大声を
上げて
祝福した。
「
長いこと
留守番ありがとう、たいらっぴょん。お
礼に、おぬしに
倣って『
神々の
計画』を
乗り
切るコツをちょっとだけ
教えよう。この
虹の
谷のモノが
翻弄されぬようにの。」
小富士仙人が
披露した、たいらっぴょんの
口マネに、みな
笑いながらも、ゴクッと
息を
飲んだ。
音が
聞こえるほどに。
「おいおい、そんなに
心配しなくも
良いんだよ。
良いか、
本当の
神は「
宇宙の
理法」、われわれ
生命体は、もともと
宇宙の
理の
中じゃ。そちらはなるようにしかならんし
逆えん。」
小富士仙人は、さくらの
頭を
愛おしそうに
撫でた。
大仙人に
昇格した小富士仙人は、すぐまた
神仙会に
戻らなければならない。
懐かしい
河童たちの
顔を、ひとりひとり
見回して、「
心はいつも
伝わっているから
大丈夫だ。」と
目で
伝えた。
「
覚えておくが
良いぞ。」
「
人間も
河童も、もともと、
思った
通りにしか、
現実は
動いていないのだ。しかし、人間のほとんどは、思った通りにならないのが
人生だと
思い
込んでいる。これから
地球の
神々の
計画で『
想いと
現実』も
統合される。もう
嘘もつけんし、
他人も
自分も
騙せない
時代が
来るのだ。自分が
思い
描く
世界が、
現実になるスピードはどんどん
速まるだろう。自分の
生きる世界を、自分で
創り、自分で
生きていくのじゃ。」
小富士仙人は、
対馬から、
人間宛の「
書面」を
受け
取ると、
名残惜しそうに
両手を
挙げた。
「
虹の
谷の
河童たちよ、
恐れずに、
十分に
楽しい
夢を、
美しい夢を
見るが
良いぞ。」
小富士仙人は、
大きな
虹だけを
残して、また
行ってしまった。