船には「
船の
路」がある。
天には「
天の
道」がある。北緯34度27分。
北緯34度27分、
対馬の
一族が、
国を
追われ
商人と
手を
組み、この
島にやってきた
船の
路だ。
それは「
天帝」がしろしめす
道でもあった。「
天の
御中主」
天の
真ん
中に
輝ける
北極星のことだ。
天帝と
呼ばれるこの
星が
目印となって、
船は
迷いなく
進んだ。
そして、
緯度を
真っ
直ぐに
結んだこの
道が、
時を
違えて
出航した
同族たちが
住む
街に、
確実に
導いてくれるのだ。
対馬は今、この
島を出る。
一緒に
暮らした
島民の
半分はこの島に
残ることになる。
別れの
挨拶は、
港の
高台、北緯34度27分、わたつみの
社。
朝廷で
劣勢に
立たされているとは言え、
対馬の一族を
運ぶ
定期船は、同じようにやって来る。川を
遡って
商いに出る島の
舟に、
荷を
載せ
換えて、何ごとも
無かったように、対馬たちをを乗せて
出航するだろう。
対馬は
別れる
海を
見渡して、
琵琶を
弾き、
西の
海からやってきたという
先祖が
伝えた
唄を、唄った。
『
眠れぬ
仙人、
星を見た。
天地をつなぐ、スーザンの
岩で、
頂で。
三国中から
学人ぜんぶを、かき
集め、
頭を
捻った。
戦いはもう、たくさんだ。
人にも
静かな、あの
透き
通る
輝きを。
天地未だ
別れず。
さあ、
大地を
計ろう、
天のものさしで。
さあ、
国を
創ろう、
星に
倣って。
あの
星だけが、
私たちの「みかど」。
求め
続けるのは、
天の
理。
あなたは
東に
行きなさい。
北緯34度27分。
さあ、
中原を
出でよ。
三国一の
教えをもって。
結ばれワイガの
河口から。
北緯34度27分。
半島の
鼻に
着いたなら、
天は
丸くて、
地は
四角。大きな
塚に
記しなさい。
北緯34度27分。
小島の
港に
着いたなら、
浜石高く、
積み
上げて。
尋ねられたら「
天の
道」だと
答えなさい。
北緯34度27分。
わたしはあなた、めぐり
唄。
あなたはわたし、もどり
唄。
国産みの
祖「あ・わ」なる
路と
呼びなさい。
綿積み、
麻積み、
絹を
積み、さあ、
帆をかけ
出よ。 』
そして
対馬は、
浜に
造られた「
天の
道しるべ」の
石積みに、
別れの石をひとつのせた。
対馬は
自ら、
胸の
底に
沈めたままだった、あの日の
切なさの
塊を
今、その手ですくい
揚げて、
安堵とも、
開放とも言える
涙を
流したのだった。
もう
大丈夫。
私はもう
祈祷師の
娘であることも
怖くない。「
虹の
谷」の
一大事はきっと
乗り切れる。
「あの日
私は、
胸が
潰れるほど、
寂しかったけれど、ホントはワクワクもしていたのよ。だって
島から出たことが
無かったんですもの。新しい
世界に
飛び
込むんですもの。・・・・この
旅の
話は、虹の谷のみんなにも、いつか
聞かせてあげたいわ。」
祈り
岩の上の
対馬は、
一旦、
結跏趺坐の
姿勢を
解いた。
「
今度は「
小富士仙人」を
探すのよ。お
願い、
答えて
頂戴。」
対馬は、長く白い
衣を
着た「
小富士仙人」を
懐かしく思い出した。私たちの「虹の谷」が、こんな
大変な
時に、いったい
何処を
旅しているって
言うの ?
そして
仙人の、あの
包み
込まれるようなおおらかな
波動を
探し出して、
呼びかけた。
瞑想の中なら、こんなテレパシーみたいなことも
容易にできるのだが、
対馬は、一度も
試したことがなかった。しかし、今はこれしか
方法がない。
「
小富士仙人、
何処にいらっしゃるの ?」
応答はびっくりするほど、すぐにあった。つぶった目の裏に、小富士仙人がテレビ
電話のように
浮かび上がってきた。
「お
久しぶりだ、
対馬。ここだよ、ここだ。」
小富士仙人は、
富士山に
居た。
富士山が
特別な山なのは、
人間界も
仙人界も同じで、
毎日、多くの
仙人が
訪れるので、
忙しくて、なかなか
帰れないのだと言う。
それにしたって
長旅すぎる。
だいたい、こんなにすぐ
連絡が
取れるのなら、
時々相談に
乗ってもらっていれば良かった、と
後悔しながら、対馬は、
今日の「
一大事」についての
報告をし、
助言を
求めた。
小富士仙人は、うんうんと
聞いて、
驚く
風でも、
慌てる ふうでもなく、
淡々と
対馬の
質問に
答えた。そして、
最後にこう言った。
「
相変わらず、お
嬢さんだなあ。あっはっは。何を見ても、まあ、うろたえずにやりなさい。」
「もうー、
頼りになるのかしら、ならないのかしら ?」
小梅たちは、もう三の
曲がりに
集まっているだろう。
対馬は、
急いで
祈り
岩から
飛び
降りた。