「
道祖神」は、あっけないほど
簡単に
掘り出せた。
四人が
急いで
向かった四の
曲がりで、
並んだ
石碑の
後の
坂に
転がっていたのだ。
虹の
谷の
深雪に
押され
転げ
落ちて、
何年分も
積もった
枯れ
葉の中に、
潜ってしまったのだろう。
なるほど、
人間界の
区長の
記録通り、他の
場所から
集められたと言う
石碑たちは、
何となくよそよそしく
一列に
並んでいた。
「
道祖神さま、さくらがなでなでしてあげるね、
落っこっちゃって
泣かなかった ? スーワさん、
神様って、みんなを
助けてあげるのに助けてもらえないなんて、ちょっとかわいそうじゃない ?」
対馬は対馬で、
先祖が
大陸から
渡ってきたのを思い出したばかりだ。スーワから、
道祖神は、
先祖と同じように大陸から、
道中安全の神として
渡ってきたと聞いて、
妙な
親近感が
湧いていた。
人間たちが、
仙人や
占いばかりを
頼らずに、自立すると
決めたら、
結界は
自然に
解けるのだという。
確かに、かつては
大切にされたであろう
道祖神が、こんなふうに
埋まっているのだから、今の人間たちが、ちっとも
頼っちゃいないのは
間違いない。
苦笑いだ。
「
結界は、ここに
張ることにしましょう !」
予定より、
一段下の
曲がりなので、
人間たちは、いよいよ
近い。さくらは、
初めて見る
本物の
迫力に
驚いて、スーワの
後にしがみついた。人間たちは、
河童たちの3
倍ほども大きくて、ふたつ下の
曲がりを、のっそのっそと
重たそうに
歩いている。
「
道祖神」は、水かきがついた
河童たちの手で、
表面を
拭われて、
垂直に
建て
直された。
異界のモノと、人間たちの
違いは、
自然界とどれだけ近いバイブレーションで
生きているかーーー、ただそれだけだ。
異界のモノたちは、石のことを思いやるだけですぐに
同調できる。きっとこの
人数が「
共振」すれば、
水晶玉と
道祖神の
石のパワーが、
異界の
周波数を
刻んで、この
谷をもう
一度覆ってくれるに
違いない。
対馬は大きな
呼吸をひとつして、ゆっくりと3回なでた
水晶玉を、
道祖神の前に置き、
今度は、道祖神ごとぎゅーーーっとした。
「
水晶さん、お
願い !」
一瞬きらめいた
水晶玉の
光が、
古びた
苔だらけの
道祖神をフワーっと
包んだ。
「ワーーーーっ、また
出ただよー。」
今度はまるで、アラジンの
魔法のランプのように、
怪物が出てきて、怪物の
方から
尋ねてきたのだ。
「うー〜ーん、あんたたちは、
誰だっけね。」
ケンさんが
怖がって、
物見の
杉に
飛び
乗った。
「私は
対馬。この
虹の
谷の
祈祷師ですの、
無礼お
許しを。もしかして、あなたは
小富士仙人やトト
神仙人から、この
谷の
結界番を
言いつかっていませんでしたか?」
「ああーー、いかにも。」
怪物は、
昼寝の
最中だったんだぞ、とでも言いたげに
眠たそうだ。
車社会になった
人間たちは、
路傍の
石碑に「ありがとう」とも「よろしく」とも、
声をかけはしないだろう。そして、
河童たちはどうかと言えば、この
道祖神が、自分たちの谷の
結界番をして、
守ってくれていたなどと、これっぽっちも
知らなかったのだ。ひとり
落ち
葉の
下にいたのでは、
眠くなってしまうのは、いたし
方ない。
対馬は
少なからず、この
怪物のような「
道祖神」に
同情した。
「あれをご
覧くださいまし。」
道祖神自身は、もともと
人間も
河童も見えるのだが、ただならぬ
形相でやってくる
大勢の人間を見て、
赤い目をパチクリさせた。
「そうなのです。
近年、この
谷の
異界と
人間界が、
妙に
近づいてきております。このままでは、いずれ人間にも私たちの
姿が見えるようになるでしょう。この虹の谷の
面々が、
良き
対策を
練れるまで、
暫しの
間、むかし
小富士仙人様たちが
張られた
結界を、もとのレベルまで
強めていただきとう
存じます。」
人間たちは、もうすぐそこで、これ
以上説明する
時間がない。
「
御免 ! 」
対馬は、
有無を
言わさず、
怪物の
頭をゆっくり3
回なでて、
水晶玉と、
道祖神と、道祖神から出てきた
怪物を、
一緒にぎゅぎゅーーっと
抱きしめた。ケンさんが
物見の
杉から
飛び
降りて、スーワが、
小梅が、さくらが・・・・対馬の
頭を3
回なでて、
渾身の
力を
込めて、ぎゅぎゅーっとした。
「わっわっわーーーーーっ。」
驚ろいた
怪物の
声と
同時に、キラキラと
光る、大きな
虹色の
幕が
谷中にひろがっていく。
そして、
谷中を
染めきった
虹色がスッーと
消えると、そこは
川のせせらぎと
鳥の
声だけが
聴こえる、
静かで
美しい
昔ながらの、
自分たち
河童の
棲む、いつもの
谷だ。
振り
返ると、もう目を
凝らしても、オブラートの
薄さほどにも
見えない人間たちが、目の前をのっそのっそと
通り
過ぎて行った。
吹き
飛ばされた
怪物は、
杉の木に
引っかかって目を
回している。いずれこの怪物も、「
虹の
谷」の
友人になるのだろう。
ーーー
結界は
張られた。たぶん。