1. 対馬

文字数 1,221文字



川面(かわも)(かお)を出した、まだ(かど)の取れていない緑色岩(りょくしょくがん)の上を、一面(いちめん)琵琶(びわ)を背にした「対馬(つしま)」が、水かきの付いた足で、パコンパコンと上手に()ねながら、上流の「(いの)(いわ)」に()かっている。

(にじ)(たに)」の西方(にしかた)(そら)にそびえるマナンタグラが、朝陽(あさひ)()びて金色(こんじき)(かがや)時刻(じこく)に合わせ、賛美(さんび)の唄を(ささ)げるためだ。対馬(つしま)と一緒に(うた)いたいカワガラスや、リスやアカゲラたちが、キャッキャとはしゃぎながら、対馬(つしま)(ほそ)い足にまとわりついて、半キロメートル(ほど)の川の道を(のぼ)って行く。対馬(つしま)が、この谷にやって来て630年。()わることのない、虹の谷の日課(にっか)だ。

時は弥生(やよい)。谷川の水量(みずかさ)が今日は随分(ずいぶん)と多く感じられる。マナンタグラに()っすらとかかった(きり)が晴れて、その岩肌(いわはだ)が見えてくると、対馬(つしま)の胸はほんの少しざわついた。

春が来るとはいえ、この雪解(ゆきど)けは、あまりにも急すぎる。マナンタグラの雪はゆっくりと解けて、谷川の水が青い(かがや)きを増すのは、五月初めのはずなのだ。(ふもと)のこの「虹の谷」では、春祭(はるまつ)りが過ぎる頃、桜の花びらが、みなみ風に飛ばされて、日陰(ひかげ)残雪(ざんせつ)にひらひら無数(むすう)に舞い落ちる。

その美しい春の様を、対馬(つしま)毎年(まいとし)上手(じょうず)琵琶(びわ)()に乗せて(うた)ってきたのだが、一年で一番楽しみにしているこの情景(じょうけい)が、脳裏(のうり)一瞬(いっしゅん)ユラッとした。

「いけない、いけない。なんてこと。」

対馬(つしま)(くび)()り深くひと呼吸(こきゅう)すると「ピュウ」という短い口笛(くちぶえ)で、その小さな動揺(どうよう)(はら)った。細身(ほそみ)の対馬に、似合(にあ)わない(するど)口笛(くちぶえ)が、川瀬(かわせ)(おと)よりも遠く一面(いちめん)(ひび)いた。対馬(つしま)祈祷師(きとうし)(せい)なる山を(たた)え、感謝(かんしゃ)(うた)(かな)でるのには、平静(へいせい)な心が、第一の(つと)めである。
 
(すぐ)れた祈祷師(きとうし)なのだろう。(するど)(はら)いの口笛(くちぶえ)で、対馬(つしま)動揺(どうよう)敏感(びんかん)に感じとって(さわ)ぎ出していたカワガラスたちも、一瞬(いっしゅん)でいつもの様子(ようす)(もど)っていた。

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登場人物紹介

虹の谷にやって来て630年。祈祷師の「対馬」ですの。いつも、あなたの幸せを祈っているわ ❤️

小梅よ。虹の谷の門番であるケンさんと結婚して、私も門番をやっているの。ワクワクドキドキ、お気に入りの仕事よ。

門番のケンだよー。虹の谷の異界から最近、人間界が見えるんだよ。どうなることやら・・・。顔だけで門番になったから、この仕事怖いんだよな。まあ、今は小梅が手伝ってくれるから良いけど。

さくらよー。虹の谷の女性リーダーは、代々「さくら」を名乗ることになっているの。将来は、虹の谷のリーダーになるんだけど、今は、まだ子供よ。

虹の谷一の物知りと言われているスーワだよ。多くの知識をフル活用して、この虹の谷の一大事を乗り越えていくんだ。楽しみにしててね!

サルタンだよー。河童たちに、何百年かぶりに、石碑の中から引っ張り出されたよ。人間時代は、仙人界に憧れていろいろ修行したんだけどね、本物の異界に住んでる河童たちと友達になるとは、思っても見なかったなあ。

ケトだよ。虹の谷は面白いよ。水浴びしたり、毎日、虫や鳥と遊んでる。スーワがパパで、ママはマンバ、お兄ちゃんはナトって言うんだ。ナトはすぐ、ひとりでどこか行っちゃうから、僕はいつもさくらちゃんと一緒にいるんだ。

平標山の仙人、たいらっぴょんじゃ。虹の谷には、小富士仙人という、えらい仙人がおるんだがの。旅に出たまま、ちっとも帰ってこんから、ワレが時々、虹の谷を見廻ることになってるんじゃが、子供たちが可愛くてなあ、けっこう楽しくやっておる。

小富士仙人。留守をたいらっぴょんに任せて、長いこと旅に出ていたんだが、やっと、物語の最後に間に合うように、帰ってこられたよ。

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