第3話ー1.
文字数 1,565文字
学校生活において、クラス替え発表に次ぐ重要イベントの一つが席替えだろう。
新学期初日、新しいクラスに集められた新しいクラスメイトは、まずは黒板に書かれた指示に従って五十音順に席に着いていた。担任教師によっても方針は様々みたいだけど、僕たち3組では自己紹介を終えた後、早速くじによる席替えが行われた。
僕が引いた席は窓際の一番うしろ。これはなかなか幸先が良い。
2年生の教室は校舎の2階。窓の下には誰もいない校庭が広がり、遠くに四段階に高さの違う鉄棒が並んでいる。その隣には移動式のバスケットゴールがあって、少し離れた場所にはサッカーのゴール。
今年の桜は早かった。校庭を縁取るように並ぶ桜はすでに散ってしまっていて、そんな静かで目新しくもない景色はどこか物寂しくもある。
それでも開いた窓から入って来る微かな風は、このまま三学期が終わるまで席替えなんかなければいいのにと思わせてくれるほどには心地良い。
席替えのくじはまだ続いていたので一人ぼんやりと外を眺めていると、「仲多くん」と女子の声に名前を呼ばれた。
教室の中に視線を戻すと、声の主は九槍菜摘 だった。隣の席に座った彼女は、満開だった頃の桜を偲ばせるような笑顔を咲かせている。
「席、隣同士だね」
「あ、そうなんだ」
彼女が隣の席になったらしい。
「よろしくね」
既に満開と思えた彼女の笑顔が、イルミネーションが点灯したかのように更に輝きを増した。しかも彼女からよろしくと言われるのは今日2回目だ。
「あ、うん。こちらこそ」
これはますますこのまま席替えなんかなければいいのに。
「あ、さっきは何か、ごめんね」
「え、何のこと?」
「いや。あの、クラス発表のところで、遥香がさ、急に、その……」
「ああっ、ううん。大丈夫。全然気にしてないよ」
「そう? ならいいんだけど……」
よかった。菜摘ちゃんは気にしていないみたいだ。
そう思ったのも束の間、満開の笑顔だったはずの彼女の顔が不意に翳りを帯びた。視線を机の上で組んだ自分の手に落としてから、ほんの少しだけ周囲を気にするような素振りを見せた。
僕たちの周りの席は、まだほとんど空席だった。それを確認したのかもしれない。
菜摘ちゃんは今度は何か意を決したような表情でこちらを見て口を開いた。けれど「仲多くんて」と言ったところでまた俯いてしまう。
「何?」
問いかけても、返事はない。
状況が飲み込めないまま、少し待ってから「大丈夫?」と問いかけると
「ごめん、何でもないの」
そう言って悲しそうな視線を、僕の方ではなく黒板の方に向けていた。
「そう?」
「うん。ただ仲多くんて遥香ちゃんと仲が良いんだなぁって思って」
彼女はこちらを見ずにそう言った。
「え?」
それって、もしかして菜摘ちゃん、僕と遥香の仲を妬いているってこと?
いや。そんなはずはない。だって、これまで僕と菜摘ちゃんとの間には接点なんか全然なかったし。
でも。それにしては彼女の方は僕の名前を知っていた。
僕が頭の中で軽くあたふたしていると、隣の席からくすっという笑い声が聞こえた。
何かと思って見ると、俯いた菜摘ちゃんが口に手を当てて小さく肩を揺らしている。
「どうしたの?」
ちらっとこちらを見た彼女の目は笑っていた。
訳が分からない。
「ごめん。ごめんね。ちょっと仲多くんを困らせてみようかと思って悲しそうな演技をしてみたんだけど、自分で堪え切れなくなって笑っちゃった」
「え? そうだったの?」
訳が分からないことに違いはなかったけれど、彼女が笑った分だけ気持ちは軽くなった。
「これは、わたしが仲多くんに仕掛けたドッキリの第一号だよ」
「ドッキリ?」
「そ。ドッキリ。これから一年間、覚悟しててね」
菜摘ちゃんは飛び切り楽しそうな、そして悪戯っぽい目を細めて、また笑った。
新学期初日、新しいクラスに集められた新しいクラスメイトは、まずは黒板に書かれた指示に従って五十音順に席に着いていた。担任教師によっても方針は様々みたいだけど、僕たち3組では自己紹介を終えた後、早速くじによる席替えが行われた。
僕が引いた席は窓際の一番うしろ。これはなかなか幸先が良い。
2年生の教室は校舎の2階。窓の下には誰もいない校庭が広がり、遠くに四段階に高さの違う鉄棒が並んでいる。その隣には移動式のバスケットゴールがあって、少し離れた場所にはサッカーのゴール。
今年の桜は早かった。校庭を縁取るように並ぶ桜はすでに散ってしまっていて、そんな静かで目新しくもない景色はどこか物寂しくもある。
それでも開いた窓から入って来る微かな風は、このまま三学期が終わるまで席替えなんかなければいいのにと思わせてくれるほどには心地良い。
席替えのくじはまだ続いていたので一人ぼんやりと外を眺めていると、「仲多くん」と女子の声に名前を呼ばれた。
教室の中に視線を戻すと、声の主は
「席、隣同士だね」
「あ、そうなんだ」
彼女が隣の席になったらしい。
「よろしくね」
既に満開と思えた彼女の笑顔が、イルミネーションが点灯したかのように更に輝きを増した。しかも彼女からよろしくと言われるのは今日2回目だ。
「あ、うん。こちらこそ」
これはますますこのまま席替えなんかなければいいのに。
「あ、さっきは何か、ごめんね」
「え、何のこと?」
「いや。あの、クラス発表のところで、遥香がさ、急に、その……」
「ああっ、ううん。大丈夫。全然気にしてないよ」
「そう? ならいいんだけど……」
よかった。菜摘ちゃんは気にしていないみたいだ。
そう思ったのも束の間、満開の笑顔だったはずの彼女の顔が不意に翳りを帯びた。視線を机の上で組んだ自分の手に落としてから、ほんの少しだけ周囲を気にするような素振りを見せた。
僕たちの周りの席は、まだほとんど空席だった。それを確認したのかもしれない。
菜摘ちゃんは今度は何か意を決したような表情でこちらを見て口を開いた。けれど「仲多くんて」と言ったところでまた俯いてしまう。
「何?」
問いかけても、返事はない。
状況が飲み込めないまま、少し待ってから「大丈夫?」と問いかけると
「ごめん、何でもないの」
そう言って悲しそうな視線を、僕の方ではなく黒板の方に向けていた。
「そう?」
「うん。ただ仲多くんて遥香ちゃんと仲が良いんだなぁって思って」
彼女はこちらを見ずにそう言った。
「え?」
それって、もしかして菜摘ちゃん、僕と遥香の仲を妬いているってこと?
いや。そんなはずはない。だって、これまで僕と菜摘ちゃんとの間には接点なんか全然なかったし。
でも。それにしては彼女の方は僕の名前を知っていた。
僕が頭の中で軽くあたふたしていると、隣の席からくすっという笑い声が聞こえた。
何かと思って見ると、俯いた菜摘ちゃんが口に手を当てて小さく肩を揺らしている。
「どうしたの?」
ちらっとこちらを見た彼女の目は笑っていた。
訳が分からない。
「ごめん。ごめんね。ちょっと仲多くんを困らせてみようかと思って悲しそうな演技をしてみたんだけど、自分で堪え切れなくなって笑っちゃった」
「え? そうだったの?」
訳が分からないことに違いはなかったけれど、彼女が笑った分だけ気持ちは軽くなった。
「これは、わたしが仲多くんに仕掛けたドッキリの第一号だよ」
「ドッキリ?」
「そ。ドッキリ。これから一年間、覚悟しててね」
菜摘ちゃんは飛び切り楽しそうな、そして悪戯っぽい目を細めて、また笑った。