第2話ー2.
文字数 1,458文字
「何だよ?」
「そ、その……」
「だから、何?」
「……」
あれ? 何で言葉が出ない?
傘に入れて行けと言えばいい。ただそれだけなのに、言葉が淀む。
淀むってなんだ?
淀君って誰だっけ?
淀川は淀んでるのかな?
「用がないなら、俺、帰るから」
鈍感な奏多はわたしの逡巡など気に止める様子もなく、傘を開こうとする。
「ま、待ってよ」
「何だよ?」
相合傘——。照れるほどの単語でもない三文字熟語。
わたし、傘を忘れちゃったの。だから、奏多の傘に一緒に入れてって。
うんと可愛くそう言えばいいだけのことだ。大丈夫。わたしになら出来る。
「わ、わたし、さ、」
「何?」
「……」
駄目だ。身構えると駄目なんだ。やっぱり言葉が淀む。思い付いたことを反射的に言葉にするなら、大抵のことは言えてしまう。なのに、あらかじめ用意した台詞——それも女の子っぽい可愛い台詞は——、駄目だ。
そもそも女の子の方からそれを言う必要があるだろうか。傘が無くて困っていそうな女子がいたら、男子の方からすかさず救いの手を差し伸べて然るべしではないのか。
わたしが自分のカバンの中にある傘のことを棚に上げて脳内で持論を展開していると、奏多は傘を開きながら言った。
「じゃあな、俺、帰ってDVD見ることにしてるんだよ」
言い終わった時、傘は完全に開いて奏多の肩の上にあった。
わたしは慌てて引き止める。
「何、そっちもアイドルのライブなの?」
「そっちもってどういう意味だよ。違うよ、そんなんじゃないよ。映画を観るんだよ」
「分かった。エッチなやつでしょ。やだ。変態」
こういう台詞はすらっと言えてしまう。
「ち、違うって。何言ってるんだよ」
黒い傘を背景にした奏多はたちまち耳まで赤くなった。
ああ、駄目だ。こんな会話をしている場合じゃない。
「ほんと、奏多は駄目ね」
「何だよ、今度は」
「気が利かないって言ってるの!」
「だから、何が?」
「女の子が、急に降って来た雨の空を見上げて困ってるのを見て何とも思わないの?」
「はん? 急じゃないだろ。予報通りの雨だぞ。それに雨の空を見上げて困ってる女の子なんか、どこにいるんだよ?」
「あ?」
いや。そりゃ確かに見上げても困ってもいなかったけれど……。
「さっき見上げて困ってたの!」
ああ。わたしってば大噓つき。
好きな男子の前でこそ悪い女になってしまう、この現象は何なんだろう。
「知らないよ。じゃあ、俺の前で見上げて困ってくれよ」
「もう、いいじゃない、そんなことどうでも。さっさとその傘にわたしを入れて送って行きなさいよ」
言ってしまった。
奏多に言わせたかったのに。
どうせ言うなら、もっと可愛く言いたかったのに。
まぁこういう言い方になってしまうのはやむを得ない。人はすぐには変われない。自分が悪いわけじゃない。言わせる奏多が百悪い。
わたしは自分に言い聞かせながら、奏多の表情を読む。
苦虫を嚙み潰すという表現は、今の奏多のような表情を指すのだろう。お手本のようだ。辞書に写真を載せて欲しいほどに。
「それが人に頼む態度かよ……」
「え、何っ?」
聞こえてたけど、聞こえないふりをした。
「……何でもないよ」
結局いつも奏多の方が引き下がる。
わたしだって分かってはいるのだ。もっと素直になればいいのにって。
奏多は「渋々」を彼なりに最大限に表現しているのであろう態度で、わたしを傘に入れてくれて歩き始めた。でもまあ、きっと内心では喜んでいるはず。わたしとの相合傘。奏多だって素直じゃない選手権ならわたしと優勝を争いをする強豪なんだから。
「そ、その……」
「だから、何?」
「……」
あれ? 何で言葉が出ない?
傘に入れて行けと言えばいい。ただそれだけなのに、言葉が淀む。
淀むってなんだ?
淀君って誰だっけ?
淀川は淀んでるのかな?
「用がないなら、俺、帰るから」
鈍感な奏多はわたしの逡巡など気に止める様子もなく、傘を開こうとする。
「ま、待ってよ」
「何だよ?」
相合傘——。照れるほどの単語でもない三文字熟語。
わたし、傘を忘れちゃったの。だから、奏多の傘に一緒に入れてって。
うんと可愛くそう言えばいいだけのことだ。大丈夫。わたしになら出来る。
「わ、わたし、さ、」
「何?」
「……」
駄目だ。身構えると駄目なんだ。やっぱり言葉が淀む。思い付いたことを反射的に言葉にするなら、大抵のことは言えてしまう。なのに、あらかじめ用意した台詞——それも女の子っぽい可愛い台詞は——、駄目だ。
そもそも女の子の方からそれを言う必要があるだろうか。傘が無くて困っていそうな女子がいたら、男子の方からすかさず救いの手を差し伸べて然るべしではないのか。
わたしが自分のカバンの中にある傘のことを棚に上げて脳内で持論を展開していると、奏多は傘を開きながら言った。
「じゃあな、俺、帰ってDVD見ることにしてるんだよ」
言い終わった時、傘は完全に開いて奏多の肩の上にあった。
わたしは慌てて引き止める。
「何、そっちもアイドルのライブなの?」
「そっちもってどういう意味だよ。違うよ、そんなんじゃないよ。映画を観るんだよ」
「分かった。エッチなやつでしょ。やだ。変態」
こういう台詞はすらっと言えてしまう。
「ち、違うって。何言ってるんだよ」
黒い傘を背景にした奏多はたちまち耳まで赤くなった。
ああ、駄目だ。こんな会話をしている場合じゃない。
「ほんと、奏多は駄目ね」
「何だよ、今度は」
「気が利かないって言ってるの!」
「だから、何が?」
「女の子が、急に降って来た雨の空を見上げて困ってるのを見て何とも思わないの?」
「はん? 急じゃないだろ。予報通りの雨だぞ。それに雨の空を見上げて困ってる女の子なんか、どこにいるんだよ?」
「あ?」
いや。そりゃ確かに見上げても困ってもいなかったけれど……。
「さっき見上げて困ってたの!」
ああ。わたしってば大噓つき。
好きな男子の前でこそ悪い女になってしまう、この現象は何なんだろう。
「知らないよ。じゃあ、俺の前で見上げて困ってくれよ」
「もう、いいじゃない、そんなことどうでも。さっさとその傘にわたしを入れて送って行きなさいよ」
言ってしまった。
奏多に言わせたかったのに。
どうせ言うなら、もっと可愛く言いたかったのに。
まぁこういう言い方になってしまうのはやむを得ない。人はすぐには変われない。自分が悪いわけじゃない。言わせる奏多が百悪い。
わたしは自分に言い聞かせながら、奏多の表情を読む。
苦虫を嚙み潰すという表現は、今の奏多のような表情を指すのだろう。お手本のようだ。辞書に写真を載せて欲しいほどに。
「それが人に頼む態度かよ……」
「え、何っ?」
聞こえてたけど、聞こえないふりをした。
「……何でもないよ」
結局いつも奏多の方が引き下がる。
わたしだって分かってはいるのだ。もっと素直になればいいのにって。
奏多は「渋々」を彼なりに最大限に表現しているのであろう態度で、わたしを傘に入れてくれて歩き始めた。でもまあ、きっと内心では喜んでいるはず。わたしとの相合傘。奏多だって素直じゃない選手権ならわたしと優勝を争いをする強豪なんだから。