第1話ー1.
文字数 1,456文字
新学期初日の恒例行事、クラス替え。仲の良い友達と同じクラスになれるのか。同じクラスに可愛い女の子はいるか。向こう一年間の学校生活を占う、最も重要なイベントの一つだ。
遥香が何組なのかも気にはなるけど、同じクラスになりたいかと問われれば答えは微妙だ。平和な学生生活のためには適度な距離が必要だと思う。
新しいクラスが張り出されている掲示板の前は、生徒が集まって大騒ぎになっていた。
一番仲の良い敦史 は1組に名前があったけれど、僕の名前は無かった。
2組にも無い。
3組は——、人だかりのせいでよく見えない。
見終わった人は早くどいてくれればいいのに——。
背伸びをしつつ、人と人のわずかな隙間から五十音順に並んだ名前を順に追っていく。
僕だって決して背が低い方ではないのだけど、そもそも貼り出されている位置が低い。来年からは改善してもらいたいところだ。ていうか、こんなアナログなやり方はやめにして、学校のホームページで発表すればいいのにと思う。
あ——。
自分の名前が見えた気がしたけど、すぐにまた見えなくなった。
一瞬とはいえ、自分の名前を見間違うとも思えない。それでもやっぱりちゃんと確認をしなければ。もし間違ったクラスに行ってしまったりしたら、新学期早々笑い者になって立ち直れなくなる。
もう一度めいっぱい背伸びをして覗き込もうとした、その時だった。
突然、目の前の人だかりの隙間から光が差した——というのは嘘で、女子生徒が一人、身体を屈めながら人の壁をこじ開けるようにして現れた。どうにか人だかりを抜けて身体を起こそうとしたタイミングで人波に押されたのだろうか、バランスを崩して倒れそうになった。
危ないっ——!
気がつくと、その女の子は僕の腕の中にいた。
何だ、これ——?
男子にはない柔らかさ。
鼻をくすぐる甘い香り。
そんなものがまるで即効性のある麻薬のように神経に作用して、現状認識を鈍らせた。それはほんの刹那、短い時間のことだったはず。けれど、僕にはまるで時が止まったかのように感じられた。
「ご、ごめんなさい……」
腕の中の彼女がそう言って離れようとしているのにも気づかず、僕は彼女を抱き締めたままでいた。
「あ、あの……」
「え、なに?」
「離してもらっていいですか?」
「え?」
そこまで言われてようやく事態を呑み込んだ。
「あ、わっ、ご、ごめん」
慌てて腕を解き、後退りするようにして彼女から離れた。
瞬く間に顔が熱くなるのが分かった。耳が赤くなることすら自覚できた気がする。
まずい。キモい奴だと思われたか。あるいは痴漢だと思われたか。
けれど、彼女は斜め下を見て恥ずかしそうにしながらも、こちらを気遣ってくれた。
「大丈夫? 怪我しなかった?」
言いながら上目遣いにこちらを見たけれど、目が合うとまたすぐに伏せてしまう。
肩の上で軽やかに揺れる艶やかな黒髪。対照的に白い肌。長い睫毛と二重に守られた大きな瞳。
「だ、大丈夫だよ。そっちこそ、何ともなかった?」
「はい。おかげさまで、私の方は何とも」
「そうか。なら良かった」
僕よりも頭半分ほど低い身長。けれど長く見える手足。女の子って、こんなに痩せて見えてもあんなに柔らかいんだ。それは新鮮な驚きだった。
同じクラスになったことはない。知らない女の子だ。けれど、向こうはこちらの名前を知っていた。
「仲多 くん、だよね?」
「そ、そうだけど、何で?」
こちらの戸惑いをよそに、彼女の方は今度こそこちらをしっかりと見て、蕾が開いた瞬間みたいな笑顔を見せた。
遥香が何組なのかも気にはなるけど、同じクラスになりたいかと問われれば答えは微妙だ。平和な学生生活のためには適度な距離が必要だと思う。
新しいクラスが張り出されている掲示板の前は、生徒が集まって大騒ぎになっていた。
一番仲の良い
2組にも無い。
3組は——、人だかりのせいでよく見えない。
見終わった人は早くどいてくれればいいのに——。
背伸びをしつつ、人と人のわずかな隙間から五十音順に並んだ名前を順に追っていく。
僕だって決して背が低い方ではないのだけど、そもそも貼り出されている位置が低い。来年からは改善してもらいたいところだ。ていうか、こんなアナログなやり方はやめにして、学校のホームページで発表すればいいのにと思う。
あ——。
自分の名前が見えた気がしたけど、すぐにまた見えなくなった。
一瞬とはいえ、自分の名前を見間違うとも思えない。それでもやっぱりちゃんと確認をしなければ。もし間違ったクラスに行ってしまったりしたら、新学期早々笑い者になって立ち直れなくなる。
もう一度めいっぱい背伸びをして覗き込もうとした、その時だった。
突然、目の前の人だかりの隙間から光が差した——というのは嘘で、女子生徒が一人、身体を屈めながら人の壁をこじ開けるようにして現れた。どうにか人だかりを抜けて身体を起こそうとしたタイミングで人波に押されたのだろうか、バランスを崩して倒れそうになった。
危ないっ——!
気がつくと、その女の子は僕の腕の中にいた。
何だ、これ——?
男子にはない柔らかさ。
鼻をくすぐる甘い香り。
そんなものがまるで即効性のある麻薬のように神経に作用して、現状認識を鈍らせた。それはほんの刹那、短い時間のことだったはず。けれど、僕にはまるで時が止まったかのように感じられた。
「ご、ごめんなさい……」
腕の中の彼女がそう言って離れようとしているのにも気づかず、僕は彼女を抱き締めたままでいた。
「あ、あの……」
「え、なに?」
「離してもらっていいですか?」
「え?」
そこまで言われてようやく事態を呑み込んだ。
「あ、わっ、ご、ごめん」
慌てて腕を解き、後退りするようにして彼女から離れた。
瞬く間に顔が熱くなるのが分かった。耳が赤くなることすら自覚できた気がする。
まずい。キモい奴だと思われたか。あるいは痴漢だと思われたか。
けれど、彼女は斜め下を見て恥ずかしそうにしながらも、こちらを気遣ってくれた。
「大丈夫? 怪我しなかった?」
言いながら上目遣いにこちらを見たけれど、目が合うとまたすぐに伏せてしまう。
肩の上で軽やかに揺れる艶やかな黒髪。対照的に白い肌。長い睫毛と二重に守られた大きな瞳。
「だ、大丈夫だよ。そっちこそ、何ともなかった?」
「はい。おかげさまで、私の方は何とも」
「そうか。なら良かった」
僕よりも頭半分ほど低い身長。けれど長く見える手足。女の子って、こんなに痩せて見えてもあんなに柔らかいんだ。それは新鮮な驚きだった。
同じクラスになったことはない。知らない女の子だ。けれど、向こうはこちらの名前を知っていた。
「
「そ、そうだけど、何で?」
こちらの戸惑いをよそに、彼女の方は今度こそこちらをしっかりと見て、蕾が開いた瞬間みたいな笑顔を見せた。