第2話ー3.
文字数 1,441文字
一つ傘の下、横目で奏多の表情を盗み見た。傘を持つ腕の向こう。その腕は日頃の印象を裏切るほどには逞 しい。テニス部の彼は右腕が左腕よりも筋肉質で太いのを知っている。
奏多は口を真一文字に結んで、じっと前を見て歩いている。緊張しているのが丸分かりだ。
わたしも人のことは言えない。
奏多と初めての相合傘。
急に言葉が見つからなくなって何を言うべきか分からなくなっていた。
時々左肩が傘を持つ彼の右腕に触れて、慌てて身体を右に傾ける。彼の腕も一瞬だけ左に逃げようとするけれど、すぐにまたわたしを追いかけるようにして雨から守ってれる。
うーん。考えれば考えるほど恥ずかしいシチュエーションだ。相合傘の三文字を侮っていた。おそるべし、相合傘。
駄目だ。緊張しているなんて思われちゃ。常に精神的優位を保たなければ。
「奏多って、女の子と相合傘したことあるの?」
「は? な、何言ってんだよ。べ、別にどうでもいいだろ、そんなこと」
その反応で分かった。
「無いんだ?」
下から顔を覗き込むようにして念を押すと、奏多は明後日から明々後日の方向に視線を漂わせたまま小さく頷いた。
この男は根っこが素直なのだ。口では嘘も言うかもしれないけれど、態度では嘘を吐けない。
そうか。わたしとの、この相合傘が初めてか。
初相合傘、ゲットだぜ!
何だか身体が軽くなった気がした。
急に気持ちが素直に表せるモードに切り替わった。
「これからも、……だよ」
「え、何? 聞こえないよ」
「ちゃんと聞いててよ」
「だって雨の音も大きくなってきたし、遥香、急に声が小さくなるから」
確かに雨脚は少し強くなっていた。見ると奏多の左肩は随分と濡れている。
わたしは傘の端に手を当てて、黙ったまま少しだけ奏多の方に押しやった。
けれど、奏多はまたすぐに傘をわたしの方に戻して来る。
「奏多、濡れてるよ。わたしは大丈夫だから」
「俺の方こそ大丈夫。これで遥香が風邪でも引いたら、俺殺されるかも知れないだろ」
「ばか」
そんなことするわけない。
「簡単だよ」
「何が?」
奏多の言葉が終わらないうちに、わたしは身体を奏多の方に寄せた。
「くっつけばいいんだよ」
顔に雨粒が落ちれば瞬く間に蒸発するのではないか。そう思えるほど奏多は真っ赤になっていた。この機を逃しはしない。追い討ちをかけてとどめを刺す。
「ねぇ、奏多」
「今度は何だよ?」
奏多は返事はするけど、真っ赤な顔も視線も真っ直ぐ前を向いたままだ。
「こっち見て」
「な、何だよ」
そう言いながらも視線は前。
なんでこっち見ないのよ。
仕方なくわたしが立ち止まると、勢いのまま半歩前に出た奏多は慌てて半歩戻って、やっとこっちを見た。
「急に止まるなよ。濡れちゃうだろ」
傘の中でわたしは奏多を少し見上げる。やっと視線を捕まえた。
「これからも、奏多と相合傘をしていい女の子は、」
小さくてもしっかりと伝わるように想いを声に乗せた。
「わたしだけだから、——ね」
よし。可愛く言えた。
奏多は予想通り、これ以上赤くならないだろうと思われた顔を更に赤くして視線を逸らした。
「ば、ばっかじゃないの」
照れ隠しで誤魔化そうとしても逃がさない。
「ね、分かった?」
これも可愛く言えた。
「……」
黙ってたって逃がさないんだから。
「分かったの?」
数拍おいてから、奏多はやっぱり黙ったまま小さく頷いた。
「よろしい」
満足したわたしは再び歩き始める。
奏多も慌てて傘を突き出すようにしながら着いて来た。
(第2話「相合傘」終)
奏多は口を真一文字に結んで、じっと前を見て歩いている。緊張しているのが丸分かりだ。
わたしも人のことは言えない。
奏多と初めての相合傘。
急に言葉が見つからなくなって何を言うべきか分からなくなっていた。
時々左肩が傘を持つ彼の右腕に触れて、慌てて身体を右に傾ける。彼の腕も一瞬だけ左に逃げようとするけれど、すぐにまたわたしを追いかけるようにして雨から守ってれる。
うーん。考えれば考えるほど恥ずかしいシチュエーションだ。相合傘の三文字を侮っていた。おそるべし、相合傘。
駄目だ。緊張しているなんて思われちゃ。常に精神的優位を保たなければ。
「奏多って、女の子と相合傘したことあるの?」
「は? な、何言ってんだよ。べ、別にどうでもいいだろ、そんなこと」
その反応で分かった。
「無いんだ?」
下から顔を覗き込むようにして念を押すと、奏多は明後日から明々後日の方向に視線を漂わせたまま小さく頷いた。
この男は根っこが素直なのだ。口では嘘も言うかもしれないけれど、態度では嘘を吐けない。
そうか。わたしとの、この相合傘が初めてか。
初相合傘、ゲットだぜ!
何だか身体が軽くなった気がした。
急に気持ちが素直に表せるモードに切り替わった。
「これからも、……だよ」
「え、何? 聞こえないよ」
「ちゃんと聞いててよ」
「だって雨の音も大きくなってきたし、遥香、急に声が小さくなるから」
確かに雨脚は少し強くなっていた。見ると奏多の左肩は随分と濡れている。
わたしは傘の端に手を当てて、黙ったまま少しだけ奏多の方に押しやった。
けれど、奏多はまたすぐに傘をわたしの方に戻して来る。
「奏多、濡れてるよ。わたしは大丈夫だから」
「俺の方こそ大丈夫。これで遥香が風邪でも引いたら、俺殺されるかも知れないだろ」
「ばか」
そんなことするわけない。
「簡単だよ」
「何が?」
奏多の言葉が終わらないうちに、わたしは身体を奏多の方に寄せた。
「くっつけばいいんだよ」
顔に雨粒が落ちれば瞬く間に蒸発するのではないか。そう思えるほど奏多は真っ赤になっていた。この機を逃しはしない。追い討ちをかけてとどめを刺す。
「ねぇ、奏多」
「今度は何だよ?」
奏多は返事はするけど、真っ赤な顔も視線も真っ直ぐ前を向いたままだ。
「こっち見て」
「な、何だよ」
そう言いながらも視線は前。
なんでこっち見ないのよ。
仕方なくわたしが立ち止まると、勢いのまま半歩前に出た奏多は慌てて半歩戻って、やっとこっちを見た。
「急に止まるなよ。濡れちゃうだろ」
傘の中でわたしは奏多を少し見上げる。やっと視線を捕まえた。
「これからも、奏多と相合傘をしていい女の子は、」
小さくてもしっかりと伝わるように想いを声に乗せた。
「わたしだけだから、——ね」
よし。可愛く言えた。
奏多は予想通り、これ以上赤くならないだろうと思われた顔を更に赤くして視線を逸らした。
「ば、ばっかじゃないの」
照れ隠しで誤魔化そうとしても逃がさない。
「ね、分かった?」
これも可愛く言えた。
「……」
黙ってたって逃がさないんだから。
「分かったの?」
数拍おいてから、奏多はやっぱり黙ったまま小さく頷いた。
「よろしい」
満足したわたしは再び歩き始める。
奏多も慌てて傘を突き出すようにしながら着いて来た。
(第2話「相合傘」終)