第3話ー4.

文字数 1,518文字

「な、何だよ?」

「わたし、見てたよ」

「な、何を?」

「消しゴム」

「消しゴム?」

 何のこと? と表情で表し惚けようとした。

「消しゴムを借りるのって、そんなに楽しいの?」

「え? あ、ああ。消しゴムね。あ、そうそう。今日、消しゴム忘れて来ちゃっててさ。そしたら隣の席の子が貸してくれたんだよ。いやあ。別に消しゴムなんて無くてもよかったんだけど、どうしても使えって言うもんだから。はは。あの子、案外と押しが強いんだよ。参ったよ、ほんと」

「……」

 まさか、わたし以外の女の子から消しゴムを借りちゃだめ——なんて言うんじゃないだろうな。ほかのクラスまで消しゴムなんか借りに行けないぞ。さすがにいくら遥香でも、そこまでは言わないだろう——いや。そんなことまで、と思うようなことを言い出すのが遥香じゃないか。

 もしそんなことを言ったら、今度こそ言い返してやる。そんなこと出来るわけないだろうと。いや。出来る出来ないの問題じゃないんだ。どうしてそんなことを遥香から言われなくちゃいけないんだってことだ。遥香に言われたことに従う義務なんか僕にはないんだ。

「奏多……」

 来るか——。

「な、何だよ」

 僕は身構えて、遥香の顔を見た——いや。見ようと思ったのに見えなかった。
 遥香は俯いて、こちらを見ない。
 何を言おうか、考えているのか?

「奏多——」

「だから、何だよ?」

 遥香は不意に顔を上げた。
 その顔を見て、僕は息を呑む。
 目が——潤んでいる。
 な、泣いているのか?
 いや、そんなはずは……。

 その時、遥香の片方の目から小さな雫が零れ落ちた。

 やっぱり泣いている
 でも、何で?

 遥香は零れた涙を拭おうともせず、じっと僕を見つめている。

「ど、どうしたんだよ。何かあったのか?」

 遥香は答えず、小さく鼻をすすった。

「ちょ、ちょっと、ほんとにどうしたんだよ?!」

「だって……」

「だって、何?」

「だって、……だって……。奏多、女の子に手を握られて、あんなに嬉しそうにして……」

「あ、いや、違う。あれは、あの、その」

 遥香はもう一度鼻をぐすんとすすった。

「奏多」

「は、はい」

「奏多が手を繋いでいい女の子は、わたしだけだよ」

「う、うん……」

 僕が頷くと、遥香はまた俯いた。
 両手で顔を覆って、肩を震わせるようにして泣き始めた。

「分かったよ、分かったから、もう泣くなよ」

「何が分かったの?」

 遥香の肩の震えが止まった。
 けれど、俯いた顔は両手で覆ったまんまだ。

「は、遥香……遥香以外の、女の子と、その、」

「女の子と、何?」

 いや。何でこんなことを僕が繰り返して言わなきゃいけないんだ。
 口に出すのは恥ずかし過ぎる。

 けど、遥香に泣き止んでもらうためには——

 僕は斜め上に視線を飛ばして、思い切って口に出した。

「もう遥香以外の女の子と手を繋いだりしないよ」

 言い終わっても遥香の方を見ることができない。
 体温が急上昇して顔が真っ赤になっているのが自覚出来た。

 遥香の反応を待ったけれど、何も言わない。
 顔は斜め上を向いたまま、視線だけで遥香を見た。
 目が合った。
 遥香は笑っていた。

「え?」

「へへぇ~」

「え? え?」

「どっきり大成功! だね」

「え、何? どっきり?」

「わたしがほんとに泣いたと思ったの?」

「え? だって、涙が……」

「ばーか。奏多はすぐ騙されちゃうんだから」

 そんな……。あれが嘘の涙だったなんて……。

「ね、奏多」

「な、何だよ」

「奏多が引っ掛かっていいのは、わたしのどっきりだけだからね」

「えっ」

「だから、もっとしっかりしてよね」

 駄目だ。
 今は勝てない。
 でも、本当にしっかりして、いつかきっと遥香をぎゃふんと言わせてやるんだ。
 絶対に。


(第3話「どっきり」終)
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