第38話 京子ちゃんの手

文字数 1,125文字

 どれくらい、そうして待ってただろう。
 ――ぽんぽん。
 急に、頭を優しくたたかれて、私はびっくりして顔を上げた。にじむ視界の向こうにいたのは、ずっと待っていた京子ちゃんだった。
「きょ、京子ちゃん」
 全然気がつかなかった。突然のことに、私は動揺する。
「うん。ほら、落ち着いて」
 目の前に、ハンカチがそっと差し出される。京子ちゃんは、椅子に反対向きに座って、私をじっと見つめていた。
「京子ちゃん、ごめんね、ごめんね」
「どしたの?」
 状況が分からず、京子ちゃんは不思議そうな顔をする。
「あれ、私、壊しちゃって……」
 私は、京子ちゃんの手を引くと、後ろの棚の作品を見せた。耳の欠けたネコが、恨めしそうにこちらを見ている気がした。
「本当に、ごめんなさい」 
 ああ、京子ちゃん、なんて反応するかな……。





 ぎゅっ。
 手に、あったかい温度がこもるのを感じる。
 つかんでいた京子ちゃんの手が、優しく結ばれていた。暖かくて、やわらかな手。
「大丈夫だからさ。泣き止んで、ね?」
 私を見上げて、京子ちゃんが顔をのぞき込んだ。ちょっと困ったみたいな顔だった。でも、怒ったり、悲しがったりはしていない。それどころか、私のことを、なぐさめてくれてるみたい。
 そう思ったらふつっと、私の緊張の糸が切れた。安心したら、凍り固まっていた感情が溶け出した。めそめそ泣いていた私は、押さえていた涙が止まらなくなってしまう。
「わっ。どうしたの」
 急に大泣きした私を見て、びっくりする京子ちゃん。
「もう、しょうがないなあ」
 あやすみたいに、京子ちゃんが頭をなでる。
「もう遅いから一緒に帰ろ。ね、ももかちゃん」
 私は、うんうんと、大きくうなづいた。






 次の日、昨日のことを先生に話したら、先生は別に私のことは怒らなかった。それどころか、京子ちゃんには謝ったっていったら、偉いねって褒められた。
 おとなしい子だって勝手に思っていたけれど、もっとちゃんと京子ちゃんのことが分かった気がする。優しくて、大人っぽくて、かっこいい子。 
相変わらず一人でいる京子ちゃんだけれど、私は京子ちゃんのいいところを知ってることが、めっちゃうれしかった。だから、うっとうしがられるかも、なんて思っていたけれど、京子ちゃんのことをもっと知りたくて、休み時間に話したり、放課後一緒に帰ったりするようになった。
「ねえ、京子ちゃんの誕生日って、二十五日だよね」
「そうだよ」
 五月二十五日。自己紹介カードで誕生日をチェックしていた私に抜かりはない。好きな食べ物に、マドレーヌって、書いていたこともね。
「そっか。えへへ」
「なに、どうかしたの」
 不思議そうな顔の京子ちゃんをよそに、私は内心でにんまりしていた。
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