第35話 魔法使い

文字数 1,248文字

「二人とも元気になって、よかったね」
「よかったよかった」
 テーブルをふきながら、二人のことを話す。表の看板は下げて、クローズドにしてある。めでたくお店じまいだ。
 それにしても。
「あおいちゃんさ、悩み相談にのるの、すごく上手だよね」
フィルやシーナとお話ししていたあおいちゃんの姿を思い出す。私の悩みを聞いてくれたことを思い出す。あおいちゃんって、話し上手だし、聞き上手だ。同い年だけど、たまに表情がおとなっぽく見える瞬間がある。
「ほんと? えへへ、ありがとう」
 そういってぱあっと顔を明るくするあおいちゃんは、今度は無邪気でちょっと幼く見えた。不思議だ。
 閉店の作業を終え、服を着替える。クローゼットの奥に通路があって、そこの扉を出ると、お風呂やらキッチンやらダイニングやら、いつもの一階があった。
 楽しかったけど、疲れた。お風呂に入ってしまうと、私たちは早々に二階へと上がった。
 ベットと、あおいちゃんの布団の準備をする。
ころんと転がると、一日の疲れがひんやりしたお布団に吸い込まれるみたいで、気持ちいい。
「あおいちゃん、今日は楽しかったね」
「うん! 楽しかった!」
「あおいちゃんの魔法って、すごい!」
「ふふん、それほどでも、あるよ」
 あおいちゃんは、おどけたように胸を張った。
 不思議な、不思議な一日だった。だけど、これ以上ないくらい、とっても楽しい一日だった。
「あおいちゃんって、どうして魔法使いになろうと思ったの?」
 そう尋ねると、あおいちゃんは顔をこちらに向けるようにして転がった。ぱっちりした目。目じりが、嬉しそうに、にっと下がる。
「私のお母さんがね、魔法使いだったの。今はもう亡くなっちゃったんだけど、お母さんみたいな魔法使いになることが、私の夢なんだ」
「そっか」
 あおいちゃんのお母さん。どんな素敵な人なんだろう。
「お母さん、どんな人?」
「困った人のお話を聞いて、どんな悩みも魔法で解決してくれるの。私もね、学校なんかで嫌なことがあっても、お母さんに話すと、いつも笑顔になれるんだ。そんな風に、誰かを笑顔にできる魔法使いだよ」
 誰かを笑顔にできる魔法使い、か。フィルのこと、シーナのこと、京子ちゃんのこと。あおいちゃんが笑顔にしてくれた人たちの顔を、思い浮かべる。もちろん、私もだ。私も、あおいちゃんに魔法をかけてもらった一人だ。
「あおいちゃんは、立派な魔法使いだ」
 つぶやくように言うと、あおいちゃんは、「まだまだだよ」っていいながらも、少しうれしそうだった。
 今日一日働いてみて、考えたことがある。私の夢。パティシエールになりたいという夢。
 やっぱり、パティシエールになって働くことは、簡単なことじゃない。一生懸命努力しないと、きっとなれない。
 だけど、私にとってパティシエールとして働けることは、素敵なことだ。嬉しそうに買ってくれるお客さん。おいしいっていってくれるお客さん。それから、ちょびっとかもだけど、フィルとシーナの仲直りに役立てたかもって思うと、とてもうれしかった。
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