第29話 私のお店
文字数 1,534文字
「起きて、ももかちゃん」
耳元で聞こえるささやき声に、寝ぼけ頭でそっと目を開ける。あおいちゃんが枕元にいるらしい。手探りでスイッチを探して、枕元の電気をつけた。急にまぶしくなった視界に、目が少しくらんでしまう。
横からのぞき込むあおいちゃんと目が合った。なんだか、少し大人びた目つきで、私のことをじっと見つめる。
「時間だよ。下に来て」
「……?」
時間って、何の時間? よくわからないまま、言われるがままにあおいちゃんについて部屋を出る。
そういえば、今何時頃だろう。物音一つしない静かな空気。体感的には、四時とか五時とかそれくらいだろうか。
あおいちゃんが階段の電気をつける。薄明かりがぼうっと辺りを照らす。
とんとんと階段を降りる音だけが小さくこだまする。だんだんと視線が下がるごとに、私はなんとも言いがたい違和感を覚えた。なんて、表現したらいいんだろう。薄暗くてよく見えないけれど、まるで、いつもの家とは違うみたいな、そんな感じ……。
あおいちゃんが、一階の明かりをパチンとつけた。まぶしくて、思わずぎゅっと目を閉じてしまう。まぶたの裏に、明らんだ白い光を感じた。
「どうかな、ももかちゃんのお店は」
「私の、店……?」
ゆっくりと目を開ける。二回、三回まばたきをする。
え、なんてこと、どういうこと。
本来あるはずの部屋が、そこにない。頭の整理が追い付かない。
なに、これ。どこ、ここ。
「え、あれ……?」
見たことのない調理台。大きな冷蔵庫。少し離れたところに、クローゼット。
「ほら、こっちこっち」
ぼーっとして突っ立っている私の手を引っ張って、あおいちゃんは先へと進んでいく。
「え……」
奥に広がっていたのは、こぢんまりとした喫茶店みたいな内装の部屋だった。木目の床にタイル張りのかべ。レジカウンターにショーウィンドウ、二人がけの椅子とテーブルが二席。
「素敵でしょ」
「う、うん。でも、なんで……?」
「これが、私の魔法だよ」
そう言って得意げににんまりとする。何が何だか、何が起きているのか、さっぱりわからない。
「これが、あおいちゃんの、魔法」
現実を確かめるようにつぶやく。はっきりと自分の声が聞こえる。夢じゃない。でも、目の前の現実がすっと入ってこない。
外に出る。日はまだ昇る前だった。ひゅうっと冷たい風が吹いて、前髪を揺らした。ヒヤッとした朝の空気に目が覚めたけれど、夢まだ覚めやらぬと言った感じだ。
「ほら、これ、看板」
「お菓子と魔法のお店……?」
「そう、お店の名前だよ。店主兼パティシエールはももかちゃんね」
「ちょっと、まって」
お店? の中へ入って、私は椅子に腰掛けた。
混乱する頭をおさめようと頭をうんうんひねる。あおいちゃんは魔法っていった。これは魔法で作ったお店らしい。なんで作ってくれた? 寝る前にパティシエールになりたいって話をした。そしたら、お店で働いてみないかって提案してくれた。冗談だと思っていたけど、まさか、本当に。あおいちゃんは、本当の魔法使い?
「すぅ」
落ち着こう、落ち着きたいときは深呼吸するに限る。
「はぁ」
考えてもわからないことは、わからない。それより、さっきあおいちゃんが言った言葉。私が店主兼パティシエールって、言ったよね?
私がパティシエールになれる。憧れていたパティシエールになれる。
「落ち着いた?」
ジーと固まっていた私の顔色をうかがうように、あおいちゃんがのぞき込む。
「う、うん」
落ち着いたかは自分でもよくわからないけれど。
「じゃあ、開店準備をはじめよう」
「うん」
わからないけれど。でも、今すごくわくわくしているのはわかる。
「それじゃあ、よろしくお願いします、ももか店長」
「よろしくお願いします、あおいちゃん」
耳元で聞こえるささやき声に、寝ぼけ頭でそっと目を開ける。あおいちゃんが枕元にいるらしい。手探りでスイッチを探して、枕元の電気をつけた。急にまぶしくなった視界に、目が少しくらんでしまう。
横からのぞき込むあおいちゃんと目が合った。なんだか、少し大人びた目つきで、私のことをじっと見つめる。
「時間だよ。下に来て」
「……?」
時間って、何の時間? よくわからないまま、言われるがままにあおいちゃんについて部屋を出る。
そういえば、今何時頃だろう。物音一つしない静かな空気。体感的には、四時とか五時とかそれくらいだろうか。
あおいちゃんが階段の電気をつける。薄明かりがぼうっと辺りを照らす。
とんとんと階段を降りる音だけが小さくこだまする。だんだんと視線が下がるごとに、私はなんとも言いがたい違和感を覚えた。なんて、表現したらいいんだろう。薄暗くてよく見えないけれど、まるで、いつもの家とは違うみたいな、そんな感じ……。
あおいちゃんが、一階の明かりをパチンとつけた。まぶしくて、思わずぎゅっと目を閉じてしまう。まぶたの裏に、明らんだ白い光を感じた。
「どうかな、ももかちゃんのお店は」
「私の、店……?」
ゆっくりと目を開ける。二回、三回まばたきをする。
え、なんてこと、どういうこと。
本来あるはずの部屋が、そこにない。頭の整理が追い付かない。
なに、これ。どこ、ここ。
「え、あれ……?」
見たことのない調理台。大きな冷蔵庫。少し離れたところに、クローゼット。
「ほら、こっちこっち」
ぼーっとして突っ立っている私の手を引っ張って、あおいちゃんは先へと進んでいく。
「え……」
奥に広がっていたのは、こぢんまりとした喫茶店みたいな内装の部屋だった。木目の床にタイル張りのかべ。レジカウンターにショーウィンドウ、二人がけの椅子とテーブルが二席。
「素敵でしょ」
「う、うん。でも、なんで……?」
「これが、私の魔法だよ」
そう言って得意げににんまりとする。何が何だか、何が起きているのか、さっぱりわからない。
「これが、あおいちゃんの、魔法」
現実を確かめるようにつぶやく。はっきりと自分の声が聞こえる。夢じゃない。でも、目の前の現実がすっと入ってこない。
外に出る。日はまだ昇る前だった。ひゅうっと冷たい風が吹いて、前髪を揺らした。ヒヤッとした朝の空気に目が覚めたけれど、夢まだ覚めやらぬと言った感じだ。
「ほら、これ、看板」
「お菓子と魔法のお店……?」
「そう、お店の名前だよ。店主兼パティシエールはももかちゃんね」
「ちょっと、まって」
お店? の中へ入って、私は椅子に腰掛けた。
混乱する頭をおさめようと頭をうんうんひねる。あおいちゃんは魔法っていった。これは魔法で作ったお店らしい。なんで作ってくれた? 寝る前にパティシエールになりたいって話をした。そしたら、お店で働いてみないかって提案してくれた。冗談だと思っていたけど、まさか、本当に。あおいちゃんは、本当の魔法使い?
「すぅ」
落ち着こう、落ち着きたいときは深呼吸するに限る。
「はぁ」
考えてもわからないことは、わからない。それより、さっきあおいちゃんが言った言葉。私が店主兼パティシエールって、言ったよね?
私がパティシエールになれる。憧れていたパティシエールになれる。
「落ち着いた?」
ジーと固まっていた私の顔色をうかがうように、あおいちゃんがのぞき込む。
「う、うん」
落ち着いたかは自分でもよくわからないけれど。
「じゃあ、開店準備をはじめよう」
「うん」
わからないけれど。でも、今すごくわくわくしているのはわかる。
「それじゃあ、よろしくお願いします、ももか店長」
「よろしくお願いします、あおいちゃん」