第17話 星空の丘

文字数 1,491文字

 夏だというのに、冷たい空気が肌を刺す。そのせいで、ただの小さな丘なのに、標高の高い山にでも登った気分になった。
 満天に広がる星を見上げるようにして、私たちは地面に寝転がった。空は、どこまでも続いている。
 吸い込まれそうな黒い闇をよそに、力強く光っている星々。その周りだけ闇が薄らいで柔らかなグラデーションを描いている。見つめていると、影がぼうっと霞んで、どこまでが星でどこからが空なのか分からなくなってきた。
 はあっと吐いた息が白く濁る。そのまま散り散りになって、空に吸収される。やっぱり、少しだけ寒い。けれども、星空の布団は何だか暖かい。
 くるりと横を向いて、あおいちゃんの横顔を眺めた。あおいちゃんは、随分と熱心に空を見ている。長いまつげが閉じるのが、スローモーションの映画みたいだ。
 私の視線に気づいて、あおいちゃんもくるりと転がった。何だか気恥ずかしくなって、思わず目をそらしてしまう。
「ねえ、京子ちゃん」
「なに?」
「星座でしりとりしようよ」
 あおいちゃんが、唐突に、よくわからない提案をしてきた。
「星座でしりとり?」
「そう。見つけた星座をしりとりでつなげていくの」
 星座って88個しかないから、そうそう続くものではない。しかも、分かる星座に限定されるから、なおさらだ。
「それじゃあ私からいくよ。ネコ座」
 返事も待たずに、あおいちゃんは一方的に始めた。というか、ネコ座なんて星座、聞いたことがない。
「ネコ座ってなに」
「ほら、あそこ。ネコみたいじゃない?」
 そう言って、あおいちゃんは絵を描くみたいに、空中で指を動かした。とがった耳に、長いひげ。なるほど、ネコに見えなくはないけれども。
「それってオリジナルじゃん」
「それでいいの。京子ちゃんもネコに見えたなら、あれはネコ座だよ」
 真面目なのか冗談なのか分からない口調で、あおいちゃんは言い切った。
 とはいえ、星座なんてそんなものかな、とも思う。去年の冬休みの宿題で星空観察をしたけれど、こいぬ座は、どう頑張っても子犬には見えなかった。結局、星座って言ったもの勝ちみたいなところはある。
 それなら、あおいちゃんの提案に乗っかって面白そうだと思った。夜空の星は、見たことないほどたくさんあって、なんでも描けそうだ。どこまでも描くことのできるキャンバスを手に入れたみたいで、気分がいい。
 「ねこ」の続きで「こ」から始まるものを考えていたら、楕円形に並ぶ星たちがコロッケに見えてきた。念のため断っておくと、私は食いしん坊ではない。きっと昨日の晩御飯がお父さんの特製コロッケだったから、引っ張られただけだ。
「コロッケ」
 指を動かして説明すると、あおいちゃんは感心したように「なるほど」と声をあげた。しばらく考えてから、再び空を指さす。
「じゃあ、あれ。ケーキに見えない?」
「確かに」
 ショートケーキが、まるで夜空に浮かぶみたいにくっきり見える気がした。
「じゃあ、『き』だから、キャンディー」
 丸い形に、三角二つ。袋の両端をねじった飴玉を浮かべて言った。
 あおいちゃんも、テンポよく続ける。
「いも」
 私も、続けて返す。
「もち」
「チョコレート」
 なんだか、食べ物ばかりが続いている。もう夜だし、今日はたくさん歩いたし、あおいちゃんも私もお腹が減って、食べたいものを無意識に言っているかもしれない。
 そういえば、今ってもう、夕飯時かなあ。私の家に門限はないけれど、あまり遅いとお父さんとお母さんを心配させてしまう。
「あ、時計」
 時間のことを考えていたら、星空の中に時計が見えてきた。星座の時計じゃ、今が何時かなんて、まったく分からないけれど。
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