第28話 悩みごとと魔法
文字数 2,245文字
「そろそろ寝る準備をしよっか」
お風呂から上がった私たちは、二階の私の部屋に入った。ベットの横にもう一枚お布団を並べるスタイル。前もってクーラーをつけておいたので、部屋は涼しくて気持ちいい。
お客さんだから、あおいちゃんにはベットで寝てもらうって言ったのに、あおいちゃんは遠慮してか下にするって言う。
「電気消すね」
「うん」
パチンと、枕元のスイッチを押す。視界が真っ暗になって、急に周囲の静寂がよく聞こえるようになった。
「ももかちゃんのブッセ、ほんとにおいしかった」
ひそっと話すあおいちゃんの声が、天井にこだまする。
「ありがと。うれしい」
「昔から、よく作るの?」
「うん、最近は、特によく作るかな」
「そうなんだね」
まっくらやみの中。あおいちゃんの透き通るようなきれいな声が、やわらかく、しじまに広がった。
「あのね、私、パティシエールになりたいんだ」
自分の声が、はっきりと聞こえた。暗がりの天井にあたって、はね返る。
そう、私は、パティシエールになりたいんだ。だから、自分なりに頑張ってるんだ。だけど。
「だけどね、最近、ちょっと疲れちゃった」
「どうして?」
不思議そうなあおいちゃん。やわらかな調子の声に背中を押されるみたいに、私は一呼吸おいて続けた。
「失敗したり、上手くいかなかったりすると、不安になるんだ。私に、プロになれるほどの力があるのかなって。そんな風に考えたら、お菓子作りが前みたいに楽しめないときがある」
はき出した言葉が、すっと冷たい空気に溶け込んでいった。あおいちゃんは、すぐには返事をしなかった。少しの間、部屋はしーんと静まり返った。
「ももかちゃんは、どんなパティシエールを目指してるの?」
ゆっくりと、静かに、あおいちゃんはそんな質問をした。
「どんな、パティシエール?」
「そうだよ、どんなパティシエール?」
あおいちゃんは、同じ言葉をなぞった。
どんなパティシエール。雑誌で見たコラムが、ふと頭をよぎる。私は、あんな風になりたいのかな? 誰にも負けないくらい、おいしいお菓子が作れるとか? それとも、研究熱心で、新しいお菓子を色々作り出すとか?
「ううん、よくわかんないよ……」
そう答えると、あおいちゃんは意外な返事をした。
「だよね、そんなこと聞かれてもすぐにわかんないよね」
あっけらかんとしてそう言う。
「でもね、具体的なこと、想像してみるのはどうかな?」
「具体的?」
「うん。例えば、ももかちゃんは、パティシエールになって、自分のお店を出してみたいとかは、あるの?」
「ああ、うん。修行して、ゆくゆくは、出したいなあ」
「どんなお店?」
「うーん。大きさは、そんなに大きくなくて、こじんまりした感じかなあ。おしゃれな、かわいらしい感じの」
「うん、うん」
あおいちゃんが楽しそうにあいづちをうつ。
「それと、喫茶店みたいに、お店の中で、お菓子を食べられる場所があるといいなあ。紅茶とか、ハーブティーとかを、お菓子と一緒にメニューとして出すの」
「いいなあ、それ。私も行ってみたい」
妄想、といえばそれまでなんだけど。あおいちゃんが楽しそうに聞いてくれるから、なんだか私も楽しくなってくる。
なにより、漠然とした不安が、かすみがかった視界が、ちょっとクリアになったような気がする。やっぱり、相談してみてよかった。
「ところでさ、ももかちゃん」
「どうしたの」
「こうして話してるだけじゃなくてさ。ほんとに、自分のお店で働いてみたいと思わない?」
いたずらっぽい声で、あおいちゃんが問いかける。
「ほんとに、って、どういうこと?」
「言葉の通りだよ。ももかちゃんのお店で、ももかちゃんはパティシエールとして働くの。まあ、お試しみたいな」
「お試し……。でも、どうやって?」
疑問を口にすると、あおいちゃんは自信たっぷりな様子で答えた。
「それは、私の魔法で、ちょちょいっとね」
「魔法……」
「そう、私魔法使いだから」
こともなげに、そんなことを言う。
「魔法使い、かあ」
今はパジャマだけど、魔法使いの格好をしている、普段のあおいちゃんの様子を思い浮かべた。確かに見た目は魔法使いそのもの、なんだけどさあ。
「冗談、だよね」
「ほんとだよ」
透き通る声で言い切る。嘘や冗談を言ってるようには、聞こえない。
もしほんとに、あおいちゃんが魔法使いだったら、楽しいだろなあ。なんて妄想の続きをした。
でも、見た目とか、あおいちゃんがたまに見せるミステリアスな雰囲気とか。あおいちゃんって、すごく魔法使いっぽい。もちろん、本当に魔法使いがいるだなんて、思ってはいないけどさ。だけど、あながち全部が妄想って感じもしないから不思議だ。
「もしかして、ほんとに魔法使いだったりする?」
「だから、ほんとだって言ってるじゃん」
あおいちゃんは、そう言ってあはは、と無邪気に笑った。
「じゃあさ、私、パティシエールのお試し、やってみたいな」
どんな反応するかな、なんて考えて、私はあおいちゃんにお願いした。
「任せて」
よどみなく、あおいちゃんは約束をしてくれる。
枕元の時計が、カチッと小さく音を立てた。長針が、十二の数字を指したらしい。布団に入ってから、結構な時間が経ったってことだ。
「そろそろ、寝よっか」
「うん、そうだね。おやすみ」
「おやすみなさい」
今日は、なんだか新鮮な一日だったな。買い物してたら、あおいちゃんと会って。一緒にご飯作って、それから……。
だんだんと頭の中がぽわぽわとしてくる。いい夢見れるかな……。
お風呂から上がった私たちは、二階の私の部屋に入った。ベットの横にもう一枚お布団を並べるスタイル。前もってクーラーをつけておいたので、部屋は涼しくて気持ちいい。
お客さんだから、あおいちゃんにはベットで寝てもらうって言ったのに、あおいちゃんは遠慮してか下にするって言う。
「電気消すね」
「うん」
パチンと、枕元のスイッチを押す。視界が真っ暗になって、急に周囲の静寂がよく聞こえるようになった。
「ももかちゃんのブッセ、ほんとにおいしかった」
ひそっと話すあおいちゃんの声が、天井にこだまする。
「ありがと。うれしい」
「昔から、よく作るの?」
「うん、最近は、特によく作るかな」
「そうなんだね」
まっくらやみの中。あおいちゃんの透き通るようなきれいな声が、やわらかく、しじまに広がった。
「あのね、私、パティシエールになりたいんだ」
自分の声が、はっきりと聞こえた。暗がりの天井にあたって、はね返る。
そう、私は、パティシエールになりたいんだ。だから、自分なりに頑張ってるんだ。だけど。
「だけどね、最近、ちょっと疲れちゃった」
「どうして?」
不思議そうなあおいちゃん。やわらかな調子の声に背中を押されるみたいに、私は一呼吸おいて続けた。
「失敗したり、上手くいかなかったりすると、不安になるんだ。私に、プロになれるほどの力があるのかなって。そんな風に考えたら、お菓子作りが前みたいに楽しめないときがある」
はき出した言葉が、すっと冷たい空気に溶け込んでいった。あおいちゃんは、すぐには返事をしなかった。少しの間、部屋はしーんと静まり返った。
「ももかちゃんは、どんなパティシエールを目指してるの?」
ゆっくりと、静かに、あおいちゃんはそんな質問をした。
「どんな、パティシエール?」
「そうだよ、どんなパティシエール?」
あおいちゃんは、同じ言葉をなぞった。
どんなパティシエール。雑誌で見たコラムが、ふと頭をよぎる。私は、あんな風になりたいのかな? 誰にも負けないくらい、おいしいお菓子が作れるとか? それとも、研究熱心で、新しいお菓子を色々作り出すとか?
「ううん、よくわかんないよ……」
そう答えると、あおいちゃんは意外な返事をした。
「だよね、そんなこと聞かれてもすぐにわかんないよね」
あっけらかんとしてそう言う。
「でもね、具体的なこと、想像してみるのはどうかな?」
「具体的?」
「うん。例えば、ももかちゃんは、パティシエールになって、自分のお店を出してみたいとかは、あるの?」
「ああ、うん。修行して、ゆくゆくは、出したいなあ」
「どんなお店?」
「うーん。大きさは、そんなに大きくなくて、こじんまりした感じかなあ。おしゃれな、かわいらしい感じの」
「うん、うん」
あおいちゃんが楽しそうにあいづちをうつ。
「それと、喫茶店みたいに、お店の中で、お菓子を食べられる場所があるといいなあ。紅茶とか、ハーブティーとかを、お菓子と一緒にメニューとして出すの」
「いいなあ、それ。私も行ってみたい」
妄想、といえばそれまでなんだけど。あおいちゃんが楽しそうに聞いてくれるから、なんだか私も楽しくなってくる。
なにより、漠然とした不安が、かすみがかった視界が、ちょっとクリアになったような気がする。やっぱり、相談してみてよかった。
「ところでさ、ももかちゃん」
「どうしたの」
「こうして話してるだけじゃなくてさ。ほんとに、自分のお店で働いてみたいと思わない?」
いたずらっぽい声で、あおいちゃんが問いかける。
「ほんとに、って、どういうこと?」
「言葉の通りだよ。ももかちゃんのお店で、ももかちゃんはパティシエールとして働くの。まあ、お試しみたいな」
「お試し……。でも、どうやって?」
疑問を口にすると、あおいちゃんは自信たっぷりな様子で答えた。
「それは、私の魔法で、ちょちょいっとね」
「魔法……」
「そう、私魔法使いだから」
こともなげに、そんなことを言う。
「魔法使い、かあ」
今はパジャマだけど、魔法使いの格好をしている、普段のあおいちゃんの様子を思い浮かべた。確かに見た目は魔法使いそのもの、なんだけどさあ。
「冗談、だよね」
「ほんとだよ」
透き通る声で言い切る。嘘や冗談を言ってるようには、聞こえない。
もしほんとに、あおいちゃんが魔法使いだったら、楽しいだろなあ。なんて妄想の続きをした。
でも、見た目とか、あおいちゃんがたまに見せるミステリアスな雰囲気とか。あおいちゃんって、すごく魔法使いっぽい。もちろん、本当に魔法使いがいるだなんて、思ってはいないけどさ。だけど、あながち全部が妄想って感じもしないから不思議だ。
「もしかして、ほんとに魔法使いだったりする?」
「だから、ほんとだって言ってるじゃん」
あおいちゃんは、そう言ってあはは、と無邪気に笑った。
「じゃあさ、私、パティシエールのお試し、やってみたいな」
どんな反応するかな、なんて考えて、私はあおいちゃんにお願いした。
「任せて」
よどみなく、あおいちゃんは約束をしてくれる。
枕元の時計が、カチッと小さく音を立てた。長針が、十二の数字を指したらしい。布団に入ってから、結構な時間が経ったってことだ。
「そろそろ、寝よっか」
「うん、そうだね。おやすみ」
「おやすみなさい」
今日は、なんだか新鮮な一日だったな。買い物してたら、あおいちゃんと会って。一緒にご飯作って、それから……。
だんだんと頭の中がぽわぽわとしてくる。いい夢見れるかな……。