第30話 仕込み

文字数 2,018文字

 店の奥のクローゼットの中から、コック服を取り出す。プロが着ているような、本格的なやつだ。あおいちゃんの服装は、カフェの店員さんっぽい、私よりちょっとラフな感じの格好だ。かわいらしくて、よく似合っている。
「着替え終わったら、仕込みからだね」
「了解だよ」
 と言ったものの、仕込みって何から始めたらいいのやら。
 そう思っていたら、あおいちゃんがメニュー表を渡してくれた。色んなお菓子のイラストが描かれている。
 目を通していたら、あることに気がついた。
「これ、今まで私が作って覚えてきたお菓子だ」
「そうだよ」
 どおりで、見覚えがあるメニューばかりだって思ったら。それにしても、結構な数、練習してきたんだなあ、とちょっとばかり感動する。けど、メニューの種類が多い分、作るのが大変だ。
「そういえば、材料ってどうすればいいんだろう」
「そこは、抜かりないよ」
 ふふん、とあおいちゃんは胸を張って、冷蔵庫の扉を開けた。大きな業務用の冷蔵庫の中には、卵、牛乳、生クリーム、フルーツなどなど、たくさんの材料が詰まっている。
「砂糖とか、薄力粉とかはこっちね」
 倉庫の戸棚の方に、常温保存の材料がそろっていた。確かに、これだけあれば、大丈夫そう、かな?
「じゃあ、時間のかかるものから始めようか。私、お菓子作りはしたことないけど、サポート頑張らせてね」
「うん、わかった」
 夕飯のカレー作りを思い出す。お料理の手際がばっちりだったあおいちゃん。お菓子作りははじめてだっていうけど、とても心強い。いい感じに分担して、協力しよう。
 もう一度メニュー表を眺め、計画を立てる。冷やす時間が必要なものとか、準備に時間がかかるものとかは、早めに作る必要がある。逆に、焼き立てが美味しいものは、できれば開店のぎりぎりに作りたい。
「こんな感じかな」
 メモ紙に作っていく順番を書いて、あおいちゃんに見せる。
「ふむ、ふむ、まずはプリンからか」
「粗熱とったり、冷やしたりするからね」
 私は、卵と牛乳と、生クリームを冷蔵庫から取り出す。それから、砂糖やらグラニュー糖やらも持ってくる。
「カラメルソースから作っていくよ」
 グラニュー糖をお鍋に入れて、中火にかける。ざらざらしたお砂糖が、溶けて水あめみたいになった。
色が変わり始めたら、へらで混ぜる。焦がしすぎないように、色の変化を、慎重に、慎重に、見極める。
 ほんのりと、ビターな香りがただよってくる。そろそろかな。火をとめ、水をちょっとずつ、ちょろちょろと加える。そしたら、プリン型に丁寧にそそいで、カラメル部分の完成だ。
「あおいちゃん、混ぜ合わせるのお願いするね」
「うん」
「卵にこのお砂糖を入れて、とろっとした感じがなくなるまで、混ぜてほしい。そのあとに、お砂糖を入れて、もう一回全体をまぜるの」
「わかった!」
 あおいちゃんに任せている間に、私は牛乳と生クリームを、お鍋で温める。温度が高くなりすぎると、失敗してしまうから、またお鍋を慎重に見守る。隣であおいちゃんが、しゃかしゃかと卵を混ぜる音がする。
 火を止めたのと同じくらいのタイミングで、あおいちゃんも混ぜ終わったみたい。「できたよ!」と元気に報告してくれる。
 卵液と、温めた牛乳、生クリームをまた混ぜ混ぜする。混ぜる作業が、多いよね。でも、一気に混ぜると、卵が熱で固まっちゃうことがあるから、混ぜるのもそっと、丁寧にしないといけない。結構大変だ。
完成したプリンの原液を、こしてからプリン型に注ぎ入れる。後は、蒸して、粗熱をとって、冷やしたら出来上がりだ。でも、蒸す作業が大事だから、まだ油断はできない。
 蒸している間、洗い物をしたり、次の準備に取り掛かり始めたりする。段取りって大事。
 そんなこんなで、私たちは、お菓子をどんどん作っていった。あおいちゃんとの役割分担も段々慣れてきて、テンポよく進んでいく。お料理の基礎がしっかりしているから、私の説明が上手じゃなくても、ちゃんとわかってくれて、ありがたい。
 こうして、誰かとお菓子を作るのって、お母さん以外とはあんまりしたことがない。たくさん作らなくちゃいけないから大変だけど、楽しい。
つい時間をを忘れそうになるけれど、オープンに間に合うために、頑張らなきゃ。私たちは、休む間を惜しんで、お菓子作りにはげんだ。
 お日様も高く昇り始める頃。ようやく、すべてのメニューを作り終えた。
「完成したね」
「うん!」
 なんとか、間に合ってよかった。
 ショーケースに並べたお菓子を見ると、自然ににまっと微笑んでしまう。達成感もだけど、これから、いろんな人に食べてほしいなって、期待感もつのる。
「おつかれさま、ももかちゃん。開店まで、ちょっと休んでいようよ」
「そうだね」
 私たちは、椅子に座って、休憩することにした。
 あおいちゃんが、ピカピカにふいてくれていたおかげで、お店はキラキラと輝いて見える。楽しみだな、どんなお客さんが、来てくれるかな。
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