第12話 失踪の後

文字数 2,701文字

 リョウの失踪後、すぐに行方不明者届が出されたが、足取りは掴めていない。
 一度タハトのもとにリョウ名義で手紙が届き、「心配不要。探さないでくれ」との旨が書き記されていたが、差出人の所在は記載されていなかった。
 母親のサクにも手紙が届いていたことを担当刑事づてに聞いたが、そちらも同じような内容であった。
 『詳細も告げず、周囲に心配をかけるような奴だったのか。いや、そんなはずはない』
 リョウがある程度の気遣いのできる男であることを、タハトは知っている。それだけに、面倒ごとに巻き込まれたのではないかと心配になった。
 以前の事件と何か関係があるのではとも考え、ワカカに連絡を取ったこともある。しかし、何の情報も得ることは叶わなかった。
 リョウの大学にも何度か足を運び、級友や研究室の仲間にも話を聞いたが、進展はまるでなく、全て徒労に終わってしまった。
 そしてそれ以上、タハトに出来ることなどない。万策尽き、手掛りすら得られぬまま、時は無情に過ぎていった。
 まさか死んではいないだろうが、どこで何をしているのか、気がかりだった。
 最後に言葉を交わした夜、何もかも吐き出しさっぱりした顔で飲んでいたのは、全て演技だったのだろうか。このところ、タハトの頭の中はリョウの事で一杯だった。
 競技飛行の練習にも身が入らず、秋の全国大会では成績が振るわなかった。友人たちからは理由を尋ねられたが、話す気分にはなれなかった。
 そんな中、唯一悲しみを共有し支えになってくれたのは、もう一人の親友であるコトであった。コトは事情を聴き、己を責めるタハトを慰めてくれた。
 しかし、彼女の目にも不安が色濃く表れていたことに、タハトは気付いていた。二人は、リョウがいなくなったことで空いた心の穴を埋めるように、頻繁に会うようになった。二人で話している間は、以前の元気を取り戻せるような気がしたのだ。
 そして、リョウが姿を消してから五ヶ月が経った。季節は廻り、冬の足音が聞こえてくる時期になっていた。

 時刻は昼過ぎだが、商店街を吹き抜ける風は冷たい。道行く人々の多くは厚手の上着を着込み、中には襟巻を巻く人の姿もあった。
 タハトも上着の襟を立て、首をすくめた。立ち止まっていると、一段と寒さが身に染みる。
 商店街の入り口でコトを待ち始めてから十分ほどが経過していた。親友二人と待ち合わせをする時、先に来て待たされるのはいつもタハトであった。
 タハトは腕時計に視線を落として時刻を確認すると、軽くため息をつき腕を組んだ。さらに数分経って、待ち人が姿を現した。
「ごめーん、お待たせ!」
 散々人を待たせた割には何とも軽い謝罪である。
 文句の一つでも言ってやろうかと顔を上げたタハトだったが、パタパタと近づいてくるコトの姿に言葉を飲み込んだ。普段、競技飛行部で顔を合わせる彼女とは全く違う。
 膝下丈のチェックのタイトスカートに白いセーター、その上には黒光りする革風の上着を羽織り、形の良い脚は黒のタイツに包まれている。丈の短いブーツを履いているが、踵が高くいつもより背が高い。
 顔には珍しく化粧が施されており、大きな目がより一層際立っていた。眉も細く整えられている。
 そして、最も印象を変えていたのは髪だった。以前よりも少し伸び、前髪は綺麗に編み込まれている。形の良い額が露になり、艶々とした肌が日の光を反射していた。
いつもの少年のようなコトに、女性的な魅力が絶妙に付加された出で立ちであった。
 「オレもさっき来たばかりだよ」
 つま先から頭のてっぺんまで、優に一往復はコトを眺めてから出てきたのは、全くもって阿呆のような台詞だった。
 「随分気合が入っているな」
 素直に誉め言葉すら言えない自分が情けない。
 「今日はサクさんに会うからね。みっともない格好できないよ」
 分かっていたことだが、コトがめかし込んで来たのはタハトのためではない。今日は二人で、リョウの実家を訪れることになっているからだ。
 息子の蒸発にサクが動揺しているのではと案じたコトが、彼女の働く店を訪れ、約束を取り付けたのだった。加えて、競技飛行の全国大会が終わり、休みを取ることができたタハトも同席することとなった。
 友の失踪以来、あの家には母親のサクが一人で暮らしている。彼女に会うのは久しぶりだった。
 幼少期の事故の後も、タハトはミヤの目を盗んでよく遊びに行っていたが、違う高校に進学してからは、殆ど顔を出していなかった。
 「まずは手土産を買いに行こう!最近できたお菓子屋さんがすっごく美味しいんだよ」
 コトは元気よく言い、商店街をずんずんと突き進んで行った。

 ケイト一番の繁華街は御苑から南に少し下がったところにある。この一帯の通りには商店が所狭しと並び、ここに来れば欲しいものは大抵手に入った。
 今二人が歩いているのはテラ町通りだ。全国的に有名なシンキョウ商店街の隣を並走しており、比較的観光客が少ない。
 目指す菓子屋は通りの南口付近にあり、北口から入った二人は数百メートル歩くことになった。
 「入賞おめでとう」
 「ラジオで聴いたよ。惜しかったね」
 通りを歩くと、すれ違う人や店先に立つ商売人から声をかけられた。先日行われた全国大会の様子が国営ラジオで放送され、タハトは一躍地元の有名人になっていたのだ。翌朝の地元新聞にも写真付きで掲載され、顔もすっかり知れ渡っていた。
 成績は八位入賞。タハトとしては振るわない結果であったが、将来を嘱望される選手であることに変わりはない。タハトは人々の声援に応えるように手を振り、笑顔を返した。
 自分では満足のいかない結果であっただけに、人々の温かい声が心に刺さる。次こそはという気持ちにさせられた。
 「笑顔ひきつってる」
 隣を歩くコトがタハトの顔を覗き込みながら笑った。
 「うるさい。慣れてないんだ」
 男子中学生の三人組に手を振ながら、歯の隙間から答えた。それくらいわかっている。
 「職業飛行士になったらもっと顔を知られるんだよ。笑顔の練習しなきゃね」
 競技飛行を仕事にするならば、疾さだけではなく観衆の人気も重要になる。後援の企業からの支援に大きく影響するからだ。
 コトの言う通り、自分の見せ方も考えていかねばならないのだろうか。
 詮無きことを考えているうちに、商店街の中ほどに差し掛かった。ここだけ開けた構造になっている。
 通りの左側に広場があり、これを挟んで向こう側には隣のシンキョウ商店街が見える。広場の中央には噴水があり、その前に人だかりができていた。
 何事かと首を伸ばす二人の耳に、スピーカーを通して男性の声が届いた。
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登場人物紹介

タハト

本作の主人公。オオハヤブサの変化能を持つ私立大学生。

卓越した飛行能力を持ち、競技飛行猛禽の部では、全国屈指の実力。

リョウ

タハトの友人。強大な力を持つ”特定変化規制種”の一つ、水龍に変化する。

社会から差別を受け貧しい家庭環境の中、持ち前の要領の良さと努力で名門国立大に進学。

専門は応用化学。

コト

タハトとリョウの幼馴染。変化能はツグミ。

タハトと同じ競技飛行部員だが、成績は地区大会止まり。

溌剌とした性格の持ち主で、常にタハトやリョウを気遣う優しい一面も。

ワカカ

謎のカラス集団に襲われているところをタハトとリョウの2人に助けられる。

国会議員、テス女史の秘書。

筋骨隆々でイカつい見た目だが、博識と落ち着きを兼ね備えた大人の男性。

変化種はコノハズク。

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